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朝の空気が冷たく肌を刺す中。
グランケシュ城の中央広場には多数の兵士がひしめき合っていた。
山から日が顔を出し切らないうちに掛かった招集により、職種問わず雑多な顔ぶれがそこに並んでいた。
簡素な鎧を身に着けた一般兵から重厚な鎧を着こんだ騎士達、そして階位も関係なく集った魔術士などで、いかにも無作為に集められたという様相だった。
彼らを集めた近衛騎士団の団員が一人、見渡すと落ち着かない様子で声高らかに本題を述べた。
「あー、静かに! 静かにせよ! その場でいいから、静かに聞け。今から本国議会より下された緊急指令を申し渡す。昨日我が国を訪れた要人の一人が行方不明になった。公務のために来訪されたわけでは無いが、国交に関わる重要な人物だ。直ちに各部署で人手を割いてでも捜索に回るように。見つけたらすぐさま王立議会に報告を上げよ。ここにいない者にも伝達するように。通達は以上だ」
一斉にざわつく兵士達の元に捜索人の人相書きが無造作に配られる。行き渡らないうちに近衛騎士団の者達はいなくなってしまった。
騒がしい周囲に混じって、魔術士の男――ロゼが、足元に舞い落ちた人相書きを拾い上げた。
自室で寝ていたところを緊急招集がかかって叩き起こされた。それが魔術師士団からの発令ではなかったので変だとは思いつつ足を運んだのだが。
紙には黒いインクで印刷された髪の長い女性の顔が載っていた。
誰が描いたのか、本人が見たら激高しそうな稚拙な絵だ。顔が描いてあるだけで、細かい特徴や名前などはほとんど記述が無い。ただ一つ、金髪とだけ書いてあった。
確かに金髪の人間はこの国ではあまり見かけないが、いないわけでは無い。緊急とはいえあまりにお粗末な代物だ。
絵の下には「見つけた者には報酬あり」と取って付けたように汚い字で書かれていた。
少しの間それを眺めたロゼは、鼻を鳴らすと興味を失ったように紙を手放した。
朝っぱらから騒ぎ立てて何かと思えば人探しだという。
しかもこんな雑な知らせ方で、なおかつ探し人の名前すら公表しないとは。
どうにも胡散臭い任務だと思う。
経験則から言えば、こういうのに関わるとろくなことにならない。
ここマンドリーグ国では誘拐事件が多い。
最近は減ったがそれでも年間に十数件は発生する。
そのため失踪した人を探すことに関してはこの国の兵は手際がいい。
全体に出された命であれば、すぐに誰かが見つけるはずだ。
生あくびを噛み殺しながら雑踏の合間をぬって、ロゼはその場をさっさと後にした。
グランケシュを王都とするマンドリーグ国は、東大陸の中でも広大な領地を有する大国の一つに数えられている。
水と緑も多く気候にも恵まれた地で、穏やかな四季があり、王都を中心にどこまでも広がる農地の実りは豊かだった。
いくつかの属国や姉妹国を持ち軍事国家としても名を馳せているが、特に魔術士団と呼ばれる軍隊は東大陸の中では一、二を争う規模であり魔導国家とも呼ばれていた。
ロゼはこの国の魔術士団に所属する魔術士の一人だった。
階位は中位。
その証として緑色の魔術士の衣装、一般的に魔術儀や術儀と呼ばれる膝丈の上着を羽織っている。
十四歳くらいの時にこの国に来てから丸三年になったところだった。
魔術士の仕事はといえば特別な任務が無い限りは魔術訓練を行うか、城や城下街の警備を行う事が多かった。
一般兵と同じように体力の基礎訓練もするし、儀礼に関する指導などもある。
あとは欠かせない事と言えば、魔術の基となる知識の習得であり、団ごとに決められた日に学術の講義を受ける事を義務付けられていた。
今日はその講義で半日を費やす予定だったロゼは人の少ない回廊を歩いていた。
「おう、ロゼ」
前からやって来た人影が気さくに声を掛けてくる。
汚れた鎧を着て外套に身を包んだその騎士は見知った者だった。
近衛騎士団に所属するテウという名の男で、近衛騎士団長であるディグナという男の血縁者であり、かつ右腕とも言える存在であった。
「人探しの話は聞いたのか?」
長身でがっしりとした男はロゼを見下ろした。
「中庭でそんな話をしていた」
ロゼは素っ気ない口調で返す。
このテウという男、確かディグナよりも年上だったか、外見上は落ち着いているように見えるが、厄介者であるディグナと同等かそれ以上にえげつない事を平気で仕掛けて来るのだ。
本来魔術士と騎士は敷地も分けられていて業務上交わる事はないはずだった。だがテウもディグナも平気でそれを踏み越えてはロゼの元に直接押しかけてくる。そうして度々面倒な任務を持ってくるのだ。
関わりたくない空気をあからさまに出したはずだったが、テウはそれを完全に無視してのけた。
「探しに行かないのか。報酬と聞いて俺の部下はみんないなくなっちまったぞ」
「そんなものは要らない」
「まあ何だか訳ありらしいからな。お前はそういう事ばかり勘がいいからな。関わりたくないんだろ」
それを聞いたロゼは顔に出さずともやはりと思う。
この分だと今日の講義は人が集まらなそうだ。あまり人が来ないと中止になる事もある。特段勉強熱心なわけでは無いが、魔術を使う者にとっては必要不可欠な時間ではあった。
ひとり頭の中で考えるロゼは既にテウとの会話に興味を失っていた。
「どうせ議会の命令とやらも、あんた達近衛が言い出した事だろ。なら騎士団でなんとかすればいい」
目すら合わせず投げ槍な言葉を残してその場を去ろうとしたロゼの背後に、笑い含みの忠告が投げ掛けられた。
「お前さんは避けようとしてもな、意外と面倒を呼び込む体質なんだよ。逃げられるといいな。まあ、気をつけろよ」
ロゼは足を止めた。
含みがあるような無いような。そんな物言いだった。
意味を掴みかねて振り返ったロゼの目には、手を振って去って行く騎士の背中が映った。