04 催眠なんて使えるんだね…
100年前、初代勇者ネルスソルフィが発見し数々の先人が発展させてきた人類魔法は、殺傷や破壊を目的としたものであった。つまり完全に戦いの道具として使用されてきたのだ。これが人類魔法史の表の歴史である。
魔法は魔族を殺すためだけの道具、というのが人類統一国家の見解であり、それ以外の用途は固く禁じられている。
しかし想いの力により世界の理すら凌駕する魔法は蠱惑的な果実だ。研究者をはじめ商人や貴族、盗人や劇作家などの芸術家に至るまで、あらゆる人間が陰ながら独自の魔法を開発させている。
これが人類魔法史の裏の歴史だ。
ハルの父親は、そんな裏の歴史を紡ぐ人間だった。表向きはとある都の町医者として、小さいながらも繁盛していた。
彼の商売は精神科のようなもので、主に犯罪や魔族などによりトラウマを負った人間の治療をしていた。
いつも穏やかで優しいハルの父親は、街のみんなの人気者だった。しかしその本性はクソ野郎だった。
彼は独自に開発、発展させた催眠魔法を使い婦女子に暴行し、その罪を気に入らない男になすりつける真人間の皮を被った変態人非人だったのだ。
ハルは物心ついた時からそんな父親に嫌悪感を感じ続けていた。ある日、ハルは父親の催眠魔法を完璧にマスターした。そしてまず父親に催眠をかけてみた。
彼の父親は、街の中心で三日三晩自分の犯した罪を叫びながら衰弱死した。
「…ハル?なんだこれ?」
気絶から目覚めたフェイグは、現在の状況に戸惑った。
「なんで私は縛られているんだ?なんで私は下着姿なんだ?なんでこの男が隣にいるんだ?おい、ハル!」
興奮に狂った醜いガマガエル男が、フェイグに手を伸ばし太腿を掴もうとした。
「ひっ!」
間一髪、彼女は身をよじってなんとかかわし、地面を這いながらガマガエルから逃れようとした。
彼女の手足は着ていた衣服によって後ろに縛られていた。彼女は左右に身を捩りながら、さながら芋虫のように土の上を這いずっていた。
「ハルっ!たすけて、助けてくれ!」
ハルはただ座りながら成り行きを眺めていた。
壮絶な追いかけっこが始まった。恐怖で泣きながら、ハルの元まで這いずろうとするフェイグ。興奮に息を荒げ追うガマガエル。彼の脚の腱はハルに切断されていたので、両者地面を這う形となり、その速度は拮抗していた。ガマガエルのような醜男に追いかけられる、芋虫のように這う美少女の構図は、嫌でも最悪な結末を連想させた。
いや、ガマガエルが瀕死な分、フェイグの方が幾分速かった。彼女はその白い素肌を、黄金に輝く髪を、綺麗な顔を、涙と泥で汚しながら泣き叫んでいた。
「ハル?どうして?どうして助けてくれないの?どうして見てるだけなの?」
普段のフェイグは男勝りと言っていいほど強気でプライドの高い少女である。口調も尊大だ。それが今や、汚泥に身体を沈めながら、無様にくねくねと這うことしか出来なかった。
一馬身ほど両者の距離が開いたあたりで、ハルは立ち上がりフェイグに歩み寄った。
彼女は歓喜と安堵の表情を浮かべた。当然、ハルが助けてくれると思ったからだ。そしてこの度の超えたイタズラをなんと言って怒ってやろうか、とすら考えていた。
それもそうだ。フェイグにとってのハルは、ぐうたらでいつもやる気が無いがどこか頼れる、そんな幼馴染なのだ。
しかし彼は、フェイグの身体を軽く踏み、そこから動かなかった。
「…ハル?なにをやって…」
フェイグは彼の顔を見てぞっとした。彼は、普通に困った顔をしていたのだ。まるで面倒な課題を出された時のように、日常的に悩んだ顔をしていた。状況の異様さとどうあっても調和しない表情だった。ハルはイタズラでやっていない、と彼女は悟った。
(というか、もしかして、ハルは私が逃げられないようにしているんじゃ無いか…?)
その最悪な想像は当たっていた。ハルはフェイグを踏んだまましゃがみ込み、彼女の髪を掴んでその顔をガマガエルの方へ向けさせた。
「いいか?フェイグ。お前はこれから、あのキモい化け物じみた男に犯されるんだ。絶対に助けは来ない。万一きたとしてもソイツは俺が殺す。可哀想なことだが、お前が陵辱されるのは決定事項なんだ」
「なんで!?意味が分からない!助けてよハル!私がなにかやったなら謝るから!なんでもするから!」
「なんで?か。それはな、全部、お前がアリムの正体を知ったからだ」
ガマガエルは這いずりながら少し、また少しとフェイグに近寄っていた。死にかけてなお醜い性欲によって突き動かされるその姿はこの世のものとは思えないほど醜悪だった。
「もしお前がアリムの正体を知らないままだったらこんな事にはならなかった。今頃、城に帰ってシャワーを浴びて、2人でレポートのことに悩みながら夕飯でも食ってた筈だ。当然俺もぐうたらだがどこか頼れるハルのままだった。全部お前がアリムの正体を知ったからなんだぞ」
「私が…アリムちゃんの正体を…知ったから…?」
フェイグは大粒の涙をぽろぽろ流した。
「知りたくなかったのに…私、そんなこと…知りたくなかったのに…」
(ちょっと可哀想だが、まぁ催眠魔法が成功すれば全部忘れるからいいか。
…催眠と一口に言っても、「オラ!催眠!」みたいなノリで相手を思い通りに操ることなどはできない。当然そんなことを言う必要も無い。催眠魔法は技術としての催眠術の発展系だ!
想いの力により世界に想い通りの影響を与えるという魔法の基本原理!それは自らの内面にすら行使できる!
今回の場合、フェイグに「アリムの正体を忘れたい」と想わせる!
そして極度の緊張!本当は極度のリラックスの方がいいんだが…まぁトランス状態にできればなんでもいい。
催眠魔法は被術者による力で完成する!「アリムの正体を忘れたい」という意識の深層まで根ざした想いをフェイグによる無意識の魔法で実現してもらう!催眠魔法とはいわばそれの補助!)
このしょうもない独白の間も、ハルは「お前がアリムの正体を知ったから」とフェイグに言い聞かせ続けていた。
ガマガエルはもう目の前まで迫っていた。フェイグは極度の恐怖と緊張で吐いた。そしてその吐瀉物の上に力無く顔を落とした。綺麗好きの彼女なら本来あり得ないことだ。
「私が悪いの…?アリムちゃんの正体を知ったから…?」
「そう!その通り!」
ガマガエルが遂に、フェイグの細く白い太腿を掴んだ。そして乱暴に股を開かせた。フェイグはただ啜り泣き顔を逸らすばかりで無抵抗だった。
ここだ!とハルは思った。
「オラ!催眠!」
彼が叫びながら手をかざすと、途端にフェイグはストンと身体の力を失った。その目は焦点があっておらず、ただ空を眺めていた。
「そ、そっそれでは、いただきまぁ〜す!」
念願叶い、いきりたった男性器を取り出したガマガエル。その顔にハルは渾身の右ストレートを放った。
「なに俺の同級生を襲おうとしてるんだ!このクズ野郎め!」
「な…!約束が違う…」
「なんで自分を殺そうとしたやつと約束守んなきゃいけねぇんだよバーカ!面倒かけやがって…!テメェはさっさと野垂れ死んどけ!」
ハルはガマガエル男をサッカー・ボールのように蹴り飛ばしながらフェイグから遠ざけた。
命がエンジンとするなら欲望はガソリンだ。最後の欲求すら叶わないと悟った中年のガマガエル男は、ハルを憎みながら絶命した。
「ハァ…」
一仕事終えた肉体労働者のようにハルはため息をつきながら地べたに座った。
「フェイグがトランス状態になってたかはかなり微妙なところだ…もし失敗していたら…」
ハルは眠り始めたフェイグをチラリと見た。
「まぁそん時はそん時でまた考えるか…どれ、フェイグが覚醒する前にガマガエルの死体を処分しないとな。あと、フェイグについた泥とかゲロも洗っておかないと…そのあとは縄の代用に使った服の皺を伸ばして、違和感のないようもう一度着せて…あー面倒くせぇ」
彼は立ち上がり、ガマガエルの服を掴んで死体を運び始めた。
「にしても、全部コイツのせいでこんなことに…やっぱり悪いやつは嫌いだ」