4話 ユリィと敗北
稽古場に始めてきてから数時間で稽古場最強になったユリィは態度が大きくなり、堀田百合時代の勢いを取り戻しつつあった。ただ問題は堀田百合がユリィになったことで、思った事、感じた事を歯に衣着せず言うようになったことだった。
「ユリィ様って強くて尊敬できるけど性格がなぁ」
「もうちょっと態度が可愛らしかったら、完璧なのにねぇ…」
そんな事を陰で言われ始めるのに、そこまで時間はかからなかった。しかし、誰もユリィのその態度を咎められなかった。それは、ユリィが圧倒的実力と、類を見ない美貌の持ち主だったからだ。
「その強さと美しさに惚れました。付き合って下さい。」
そう言って最初にユリィにアプローチしたのは、あのザクだった。
ユリィはザクを一瞥だけしてこう言い放った。
「私に散々ボコボコにされといて、よくプロポーズなんて出来るわね。あんたみたいな奴とだれが付き合うっていうの!身の程を知れ!」
ザクはその後も10分ほど続けて絶え間なく罵詈雑言を浴びさせられ、解放された時は涙目になっていたそうだった。
その後ユリィにプロポーズする者は現れなかった。ザクの敗北が、いろんな人につたわったのだろう。
ユリィは異世界生活にも慣れてきて、何も気にせずベッドで眠れるほどには安心していた。
朝起きて、カーテンを開けて陽光を部屋に取り入れる。顔を水で洗い、歯を磨く。生前にやっていた朝のルーティンをこなす余裕が生まれてきた。
もう日本に帰れない事、親や友達に会えないなどの事実を受け止めるには時間を要した。モデル業もかなり頑張っていたので、ショックは大きかった。しかし、ユリィは残念がっていても仕方がないとすぐ前を向くことができた。これは元々持っていた百合の強い性格のおかげと言って良いだろう。
「今日はレヒラー様の座学が御座います。重要な話ですのでよく聞かれるよう…」
ある日の朝、ヘルルクがこんな事を言ってきた。
「分かってるわっ!」
ユリィはそうてきとうに返して部屋を出た。
ーー私に座学なんて必要ないっての!
そう、たかを括ってユリィはいつものように稽古場に向かった。実際、ユリィは生前、勉強がめっぽう苦手だった。モデルなどをして芸能界で生きていけると思っていたのでまともに授業は受けず、いつも寝ていたのだ。異世界に来たからといって、その癖が治るはずもなく…
「ユリィ様!ユリイ様!起きてください!大丈夫ですか?こんな寝てしまって…」
「んあ?だぁいじょうぶよ!」
ユリィは寝ぼけながら答えた。その後は実践訓練でいつも通り全員ボコボコにし、気持ちよくなってからあくびをしながら帰ったのであった。
翌日、いつも通り稽古場に向かう。この日は一日実践訓練だ。とことん気持ちよくなろうと意気揚々に歩いた。
「最初は僕からだ。よろしく」
稽古場三番目の実力者と呼ばれているパルトがその日、最初の相手だった。
剣を構え、向かい合う。
「よーい、始めっ!」
その声と同時にユリィはいつも通り全速力で駆け出していた。パルトは戦ってる最中も冷静に物事を判断してくるタイプなので、ユリィの速度について行こうとせず、その場に立って構え、カウンターを狙おうとする。
いつもはユリィはパルトに近づいた所で加速し、見事に腹を突いてみせる…のだが、この日は違った。
ユリィの突きが、パルトの木刀に触れたでもなくいなされた。体勢を崩されたユリィの腹にパルトの攻撃が直撃する。
ーー何が起こった…?
そう思ったのも束の間、パルトが畳み掛ける。
「乱風!!」
攻撃を当てられ少し浮いていたユリィにパルトが剣を突き出す。
ーー届いてない
パルトの剣はユリィの体の前で止まっていた。ユリィはすぐに体勢を立て直し、パルトに剣を打ち込んだ…はずだった。
次の瞬間、ユリィの体は壁に打ち付けられていた。そこで理解した。パルトの剣から風が出て飛ばされたのだ。
ユリィは初めて負けを喫した。噂を聞き付けたのだろう、気づけば周りはギャラリーでいっぱいになっていた。
「ユリィ様…」
ヘルルクが何か言おうと近づいて来たのを察して、ユリィは走り出していた。何も言わず、無言で。
「ユリィさんっ」
ザクが呼び止めようとするのも無視して走った。
全員の視線がとにかく痛かった。それは、今まで浴びてきた羨望の眼差しとは違う。
ああ、悔しい。それは、ユリィは味わったことのない、ましてや百合としても味わったことのない感情だった。
ーー認めたくない、認めたくない。私が負けたなんて!
部屋に戻って、ベッドに体を投げ出す。拳を握り締め、歯を食いしばる。泣くことだけは我慢しようとすればするほど悔しさが込み上げてくる。
周りからすればそれは、ただの練習試合での一敗だ。だが、ユリィにとってその負けは人生初の、大きな大きな、それでいて為になる負けなのだった。
ドアの開く音がして、ヘルルクが入ってきた。
「ユリィ様…」
ヘルルクが口を開いたところで、間髪入れずにユリィは言った。
「ヘルルク!魔法を…教えて頂戴…」