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9 カグヤ姫の護衛

翌朝、ブリターニ王国使節団は、ゲッショウ国王都を出発し、帰国の途に着いた。

見送りにはカグヤ姫も姿を見せ、しばらく離れることになるアーサー王子と別れの挨拶を交わしていた、様に離れている者達には見えた。

「何怒ってるんだよ。昨日、途中で切れたのは、どうしてだ?」

「あなたと話すことは無いわ。」

「はあ!?巫山戯るな、ここまで来て、俺の体を持ち逃げかぁ?」

「そんなはずないでしょ。あなたがびっくりする程、立派にして返すわよ!」


「まあまあ、お二人とも、これでしばらく会えないのですから、もっと建設的な話をしましょう。まずは、カグヤ様、昨夜も話した通り、アーサー様は頭が脳筋のお子様です。繊細な乙女心など、分かりようもありません。ここは、カグヤ様が広いお心で、許して差し上げてください。そして、アーサー様、カグヤ様は長い間引きこもっていた対人スキルのゼロの、恋に恋する砂糖菓子のような甘々少女です。生々しい話は御法度です。どうか、遠くから見守るぐらいの距離感でお願いします」

満面の笑みで仲裁に入りつつ、毒舌をはくモーガン・フェイ。あんまりな評価に傷つく二人をさらっと無視して、

「二人が喧嘩しちゃうから、僕の予定がぐちゃぐちゃですよ。プンプン。」

と可愛らしい侍女を装うモーガンであった。


「連絡手段は、満月の夜に、鏡に満月を映すこと。道が開きます。周囲に他の人がいないことを確認してくださいね。他人に知られると呪われますよ。」

「「どうなるの?」」ゴクリ。

「鏡の中に閉じ込められます。」

いつもおちゃらけたモーガンのまじめな様子に、アーサーもカグヤもブルリと震えて背筋が伸びた。

「こわっ。」「え、何、それ、使いたくないんだけど。」

「なーんてね。次に会えるのは、いつか分かりませんからね。元に戻るためにも、お互いが出来る事は、出来るだけやってくださいね。カグヤ様の貞操は僕が守りますけど、アーサー様も油断大敵ですよ。世の中にはデブ専、と言う性癖の人もいますし。」

「・・・・恐ろしい事を言うなよ。」

アーサー(体カグヤ)は心底震えた。カグヤ(体アーサー)の目も恐怖に見開かれる。


「わかった。女性の護衛もつけてもらう。モーガン、アーサー王子の(身体の)こと頼むぞ。」

綺麗なカーテシーの陰で、親指を立てて‘了解‘の合図を送った、モーガンことフェイは、カグヤ姫に抱っこされている白猫のキャスの頭に手を伸ばし、アーサーにだけ聞こえるようにつぶやいた。

「あの遺跡の魔力の渦の中にいたので、キャスもただの子猫ではなくなっている事をお忘れなく。」



ブリターニ王国使節団の馬車が王宮正門の外に出たのを確認して、カグヤ姫は車椅子を回し、王女宮に戻ろうとした。右肩は皮の肩当てで固定し、腕を軽く三角巾で吊っている。その三角巾の中に白猫のキャスを乗せ、左腕のみで車椅子を自走させる。なかなかに筋力も必要で、良いトレーニングになる、とこっそり、アーサーは喜んでいた。付き従うのは、先日、トキオ宰相が推薦した騎士達を直接面接して選んだ、30代後半のオキナと言う名の元騎士。元、と言うのは、オキナは昨年、護衛任務中の事件の責任をとって、近衛騎士を辞職していたからだ。今の身分は、王国騎士団の武器庫番だ。

アーサーがトキオ宰相に依頼した護衛騎士の条件は武力以外はただ一つ、”第二王妃派に厭われている者”だった。少なくとも、そんな人物なら、‘カグヤ姫‘を裏切る確率は低いだろうと考えたからだ。そして、面接でトキオ宰相の子飼いの騎士を除外する。確かに後ろ盾を望みはしたが、だからと言ってひも付きになる訳ではないのだ。


そうして、宰相が推薦した騎士達の面接の際、アーサーは二つ質問をした。

・自分がカグヤ姫の護衛騎士に選ばれた場合、相方に誰を希望するか?その理由は?

・自分がかぐや姫の護衛騎士として、一番戦いたくない相手は誰か?その理由は?


その結果、相方に希望されたのも、一番戦いたくないのも、断トツで元近衛騎士オキナだった。

つまり、己の腕が立つだけでなく、味方にすればこの上なく頼もしく、敵にすればこの上なくやりにく戦い方をする人物、と考えられる。

アーサーことカグヤ姫が、会ったことも無いオキナを護衛騎士に決めた時、トキオ宰相はかなり抵抗した。理由は、オキナが近衛騎士を辞めざるを得なかった原因にある。その時の任務が、カグヤ姫の妹姫の護衛任務中に起きた毒殺未遂事件。妹姫の元取り巻きの母親の男爵夫人が毒入りのジュースを差し入れ、当人がそれを呷って死亡した事件だ。容疑者が死亡した為、世間的には元取り巻きの娘を亡くした事による心神喪失、謂れのない逆恨みによる犯行、とされた。


しかし、真実は、美しい声を妬まれた元取り巻きの男爵令嬢が、妹姫を慮った第二王妃の手の者により、毒で声を潰され、その後、池に落ちた時に助けを呼べず、溺れ死んだ、その敵討ちだった。男爵夫人は、事件当日、その事を声高に叫んで、毒を煽った。聞いていたのは、二人の妹姫と護衛騎士二人、侍女四人。全員に緘口令が敷かれ、万が一、この話が漏れた時の見せしめとして、誰か一人が少女に飲ませたのと同じ声を潰す毒を飲むよう第二王妃が命じた。集められた六人の中で一番身分の低い侍女がガタガタ震えだす。恐らく、彼女が毒杯を与えられることになるだろう、当事者を含め誰もがそう思った。長年研鑽を積み、鍛え上げた実力を持つ護衛騎士と違い、平の侍女は替えがきくからだ。

しかし、毒杯を前にして、「お許しください、お許しください」と泣いて頭を下げる自分の侍女に、妹姫は「早くしてよ、この後、ドレスのデザイナーが来るのよ。」と言い捨てたのだ。

次の瞬間、横から伸びた手が毒盃を奪い取り、誰もが驚くうちに、オキナが一気にそれを飲み干していた。焼け付く喉の痛みに、反射的に吐き出しそうになるのを、ぐっと抑え、頭を下げるオキナを見下ろした第二王妃の目は、これまでに無かった、憎しみの光を湛えていた。


オキナは毒による熱で二日寝込み、三日目に目が覚めたとき、その喉から声は失われていた。そして、救ったはずの侍女が、自分が伏せっている間に転落事故で死亡した事を知り、近衛騎士を辞した。

「声を失うだけで済んだものを、命まで失う事になったのは、誰のせいであろうかのぅ?」

辞任の挨拶に伺った後宮で、第二王妃は最後に、そう言った。


トキオ宰相がその事件を知ったのは、オキナが武器庫番に配属になった理由を調べたからだ。彼ほど優秀でなければ、一人の近衛騎士の左遷など、多忙な宰相が気に留める筈もない。しかし、知った時には既にすべての証拠が失われており、宰相が真実を知るまでに数か月を要した。当然、第二王妃たちを罪に問う事は出来ない。だからそんな曰く付きの元騎士を護衛騎士としてそばに置くメリットは無い、とトキオ宰相はカグヤ姫の意見に反対した。しかし、アーサーはその話を聞いてますます、気に入ってしまった。そして、実際に会ってみて、オキナ以外に自分の護衛騎士はいない、と確信した。


彼は言葉を発せない。だから、何かあった時でも、声を出して助けを呼ぶことは出来ない。それでは、護衛として十分に働けないだろうと言う。しかし、彼が助けを呼ばないといけない状況なら、誰が来ても同じだとアーサーは思う。暗殺なら護衛に声を出させた段階で失敗だし、襲撃なら、何人護衛がいたとしてもそれを上回る人数で来られては勝ち目はない。


その点、最初から、助けを呼べない元騎士の護衛、と軽んじられている方が裏をかける、と言うものだ。オキナは、声が出せないだけで、剣の腕も、素手での格闘も、集団戦での指揮も、そのいずれもで、トキオ宰相の推薦する護衛騎士候補達から、共に戦いたい相手、敵にしたくない相手、と認識されているのだから。

そして、オキナはアーサーの期待に見事に答え、声が出せないからと言って、護衛として役立たずでは無い事をすぐに証明してみせた。


ブリターニの使節団を見送ったアーサーが王女宮に戻ろうとしていた時、周囲に貴族たちが居なくなった頃合いを見計らって、声をかけて来た者達がいる。第二王妃と二人の娘たち、カグヤ姫の誕生パーティで、主役のカグヤ姫より人気者だった二人だ。


「ごきげんよう、カグヤさん。」

行く手を阻むように廊下に立ちふさがれては、車椅子のアーサーは停まざるを得ない。

「お加減は如何?」





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