表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/105

8 カグヤ、アーサーを習う

「いいですかー、今回の事故の責任を痛感し、反省して心を入れ替えた、で,、多少は誤魔化しは効きますが、アーサー王子の、人を食った言動や、乱暴な行動、など、持って生まれたものはそう簡単には変わらないはずなのでーす。ですから、カグヤ様もその点を重々踏まえて、頑張ってください!はい、国王様に向かっては何と呼びかけますか?」

カグヤは、自称大魔法使いフェイことアーサー王子付き侍女モーガンから、王子の日常生活や食事の好き嫌い、彼の人間関係等のレクチャーを受けていた。

「・・・オヤジ殿。って、これは絶対改めるべきでしょ。」

「では、朝起きて一番にする事は?」

「はぁ?ちょっと、わたくしの言った事、聞いてる?絶対、そんな風に呼ばないわよ。」

「では、朝起きて一番にする事は?」

「・・・・・・・・・走り込みと素振り。」

こちらの話を一つも聞かない侍女魔法使いにげんなりして、カグヤは教わった事を思い出し、ちらりと脇に置かれた剣を見ながら答えた。

これまでは、パーティや謁見など、武器を携帯できない場面ばかりで、カグヤはアーサーが剣を使えるとは思っていなかったのだ。それはつまり、自分も使えるようにならないといけない?


『たまに、騎士達に混じって模擬戦闘もしてたぜ。』

自慢げなカグヤ姫の声が聞こえてくる。

しかし、本人の姿はここには無い。

明日、出立するブリターニ王国一行の送別会とは言え、成人前のカグヤ姫とアーサー王子は、早々に退出してきた。その後は、打ち合わせ通り、各自の部屋でこの入れ替わりを如何に周りに知られず、元に戻り、早々に婚約を解消できるかの対策を立てていた。

引きこもりのカグヤ姫は、王女宮の人事を一新した事で、彼女の為人を知る人物は、家族のみとなっている。それも、溺愛するわりに放置な父王は滅多な事では会う事も無く、第二王妃やその子供達とも顔見知り程度なので、今更、多少、行動に不思議があっても問題視はされないだろう。入れ替わってわずか数日で、侍女たちを遠ざける事に成功したアーサーの手腕には目を見張るものがある。

他方、カグヤの場合はそう簡単ではない事も事実。アーサー王子らしく振舞うべく、人間関係や個人情報など、これから国に帰るまでの旅路中に、身に付けてもらう必要がある。


「ちょっと!何やってるのよ、カグヤの体で。」

送別会ではアーサー王子としてふるまわなければならず、思う様に食べられなかった不満と、覚えたくもないアーサーの個人情報を詰め込まれる苛立ちに、元々、我慢する事を知らないカグヤが爆発する。アーサー王子にに用意された貴賓室の姿見に映るのは、正面に置かれたテーブルに向かうカグヤではなく、車椅子に乗って、何か運動をしているアーサーの姿だった。”アーサー辞典(笑)”と書かれた手元のノートとにらめっこをしているカグヤの目の端にチラチラ映る不細工な自分の姿に我慢がならなかった。ほんの数日、外から見ただけで、あの姿に嫌悪感を覚えるようになってしまった。


『何って、筋トレ。他にする事ないし。右足首はすね当てとサバトンで固定してるけど、まだ体重は乗せられないから、代わりに太もも鍛えてる。この身体じゃ横になっての腹筋は無理だし、左腕だけで腕立ても厳しかった。仕方ないから、バーベル代わりに杖と鎧使って、上半身鍛えてる。って、また、自分の事、カグヤって言ってっぞ。』

鏡の向こうで、鎧の一部を杖の両端にぶら下げて、それを左腕一本で掴んでゆっくり肘の曲げ伸ばしをしたり、車椅子の上で膝を抱えたり下ろしたり、と、息を切らしながら運動をするアーサー(体カグヤ)がいる。


鏡同士を繋いで連絡を取る、と言う、高度な魔法を使って、離れたカグヤ姫の王女宮と、アーサー王子の迎賓館を結んでいる。明日、離れてしまう二人の連絡方法として、この魔法の維持に必要なフェイの魔力量や映像の解像度、盗聴の可能性や魔法に影響を及ぼす因子の有無などを検討しているのだ。が、そんな素晴らしい魔法よりも、映っている映像の残念さの印象が強い。


「う、名前は気をつけるわよ!でも、そんな、筋トレだなんて、無茶よ!怪我するわっ!」

『そんなドジ踏まねぇよ。ちゃんと、考えてるって。』

「ムキムキ。」

『は?』

「カグヤがムキムキになってしまうわー!」

この世の終わりとでも言うように、青い顔でカグヤは顔を覆って身悶える。生意気盛りであっても12歳の紅顔の美少年のその様子は、庇護欲をそそらせるものがあった。

が、鏡の向こうのアーサーは、目を丸くしてケラケラ笑った。

『女の体ってのは、この程度、筋トレした所で、男みたいにムキムキにはならねーよ。イジーだって、俺たちと一緒に筋トレするけど、出るとこ出て、締まるとこは締まった良い体してるけど、ムキムキじゃないぜ。』


「出る所・・・、締まる所・・・、良い身体・・・。破廉恥!」

今度は真っ赤になったカグヤだった。

『は?』

「はっ!?まさか、あなた、カグヤの体でいやらしい事を・・・」

『はぁ!?馬鹿言うんじゃねぇよ。誰が、胸より腹の出てる体に欲情するんだよ!』

「欲情!ひ、酷いっ!」

『何が酷い、だ。お前こそ、城に着いたら、油断するなよ、隙を見せたら最後、夜這いなんて、って、おい!』

「・・・。」

鏡は無言を貫き、ポカンと口を開けて、アホ顔を晒すカグヤ姫の姿を映していた。


にゃあぉ、と大きくあくびをした白猫キャスが、鏡台の上から飛び降りて、寝床に向かう。

「失敗か?勝手に消えたよな?・・・俺も寝よ。」

全くこれだから女は、と、ボリボリお腹を掻いて、そのまま腹部の肉をつまみ、「この程度の筋トレじゃ、筋肉付けるどころか脂肪すら落とせないな。」とアーサーは大きくため息をついた。



「何なのよ、もう、本当に何なのよ。何で、カグヤがこんな目に合うのよ。」

一方、貴賓室の鏡に思い切り、”アーサー辞典(笑)”をぶつけて、鏡に掛けられた魔法を消したカグヤは、涙目でテーブルに突っ伏していた。

「カグヤ様は何が悲しいのかな?今のあなたは金髪碧眼の美少年、すっきりほっそりした体付きになったじゃないですかー。もうこれで、誰にも容姿の事で馬鹿にされることは無いですよー。」

悔しさで唇を噛み締め、顔を上げると、正面の姿見にはアーサー王子の涙に濡れた美少年の顔。それは紛れもなく今の自分で。それが余計に悔しい。

「あなた、フェイ!自分の事、偉大な魔法使い、なんて言っておきながら、この入れ替わりを戻せないの?」

”アーサー辞典((笑)”を拾い上げ、鏡越しに侍女モーガンがにっこり笑う。

「わたくし、今、現在は、侍女でございます。」

「ふざけないで!」

バン!とテーブルを叩いてカグヤが立ち上がる。


「どうかさないましたか?アーサー王子?」

直ぐに護衛騎士のトリスタンがノックも無しに部屋に入って来た。

「どうもしないわよ!勝手に部屋に入ってこないで!」

トリスタンはその言葉に軽く驚きの表情を浮かべ、それでも、静かに頭を下げた。けれどもその目は油断なく室内を検分し、異常の原因を探っている。

「申し訳ございません、護衛騎士様。わたくしが、アーサー王子殿下の大切な御本を落としてしまったのです。」

そう言って深々と頭を下げ、手に持っていた本を胸に抱えて見せた。

『たかがそれしきの事で。』

とトリスタンは思ったが、虫の居所の悪い時のアーサー王子がこれまでも物に八つ当たりする事はよくあったので、またか、と言う感情を飲み込んで、トリスタンはそうでしたか、と了解して、再び、部屋の外、ドアの前の警護に戻った。


「お見事です。まさにアーサー王子の対応でしたね。」

一瞬で防音の魔法を室内に再度かけ、モーガンが満足そうに笑う。

カグヤが激高する直前に、それまで張っていた防音魔法を解いて、部屋の外にいるトリスタンにわざわざ、室内の音を聞かせたのだ。

やる事がいちいち癇に障る。が、やっている事は、確かにカグヤの役に立っている。

いらいらしながらもカグヤはもう一度問う。

「ねえ、あなたの魔法でどうにかならないの?」

「なればとっくにやっていますよ、お姫さま。さあ、もうひと勉強致しましょうか?」

そう言って、モーガン・フェイは”アーサー辞典(笑)”を、カグヤの前に広げるのだった。

「覚えた後は、実践ですからね。」

アーサー王子の夜は長い。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ