72 新王都入港
その後、アーサーは宣言通りユーサー王子の婚約者候補として振舞った。夜間にこっそり乗り込んできた上、ブリターニの騎士二人が従者として付き従っている。しかも、シャハア神国ビルギース女王とも親しそうだ。これまで隠されて来た最有力候補?の登場に集まっていた令嬢たちは戦々恐々だ。お陰で、アーサーは大きなトラブルも無く船上生活を満喫した。乗船した翌日に飛ばしたフギンが戻ってきて、カグヤ達が無事にポートマスに着いている事も確認できた。ただし、一緒に齎された情報は微妙だ。
カグヤたちの乗った船に、何故かユーサー王子とパーシィが同乗しており、彼らの行っていた高速船の試験航行が失敗した、と言うものだ。
「あの男が、ユーサー第一王子殿下の護衛?しかも、国王直属の騎士、ですか?」
信じられない、とトリスタンとイゾルテが眉を寄せる。一方、アーサーは、別件で首を傾げた。
「国王直属って事は、”アーサー王子”を狙っていた黒幕が父上?」
その言葉にぎょっとする二人。
それの意味するものは、父が息子を襲撃させた、と言う事だ。
「アーティ、それは。」
「あー、違う違う。パーシィが父上の勅命を受けていたのなら、あいつの何て言うか、手を抜いた?微妙に致命傷を避けた?みたいな煮え切れない感じに説明がつく。だろ?」
そうですか?とトリスタンは懐疑的だが、きっとオキナとテイなら納得してくれる、とアーサーは思っている。それでも、拘束して、厳重に監視しているのだから、あの二人も思う所はあるのだろう。アーサー自身、何故、父王が自分とカグヤを試すような真似をするのかわからない。
「って言うか、国王直属騎士って、近衛と違うのか?」
「申し訳ございません、そのような存在自身を知りませんでした。」
アーサーはパーシィがオキナに渡したメダルを取り出す。表面に交差する二枚の羽、裏にはⅡと刻印されている。これが、彼の身分の証明になる、と言うのだ。少し考えて、アーサーは銀牙傭兵団団長であるローエングリンを訪れた。
のらりくらりとはぐらかそうとしていた銀牙傭兵団団長だったが、メダルを見せた途端、大げさに天を仰いだ。
「いくらユーサー王子殿下付きの騎士とはいえ、今のトリスタン卿はカグヤ王女殿下の護衛。教えられる事と教えられない事がある。この件は、儂の判断には余る。しかし、このメダルは本物だ。それは保障しよう。」
それはつまり、パーシィがブリターニ国王直属騎士と言う事だ。
「ま、今は、それが分かれば十分。」
アーサーは礼を言うと引き下がった。納得しないトリスタンとイゾルテに肩を竦めて、アーサーは言う。
「取り敢えず、パーシィの狙いは”アーサー王子”なんだから、ユーサー兄上とカグヤに直接危険は無いでしょ。せいぜいが人質だけど、このブリターニ国内で世継ぎの王子と元とは言えゲッショウ王国第一王女にそんな事は出来ないよね。だから、安心していい、ってこと。後は直接、話を聞くだけ。」
しかし、そんなアーサーの希望的観測はあっさり履替えされた。
アーサー達を乗せた銀牙傭兵団の船は、カグヤ達が待つポートマスの港に立ち寄らず、まっすぐ、新王都に向けて航海を続けた。婚約者候補の令嬢の強い希望で、新王都見学に向かう事になったと言うのだ。その連絡を受けた時、アーサーは慌ててトリスタンに言付けを持たせ、船を下ろした。合流先と日時の変更が必要になる。土地勘のないオキナとテイが、カグヤを連れて王都まで移動しなければならない。
護衛が減る事を心配したトリスタンだったが、人の出入りの無い船上で、今以上の危険はない、と説得されると、渋々、了解した。
「アルティナ、其方の騎士が下船したようじゃが、何かあったのか?」
シャハア神国ビルギース元女王が甲板で見送るアーサーの横に立つ。
「陛下。」
礼をとるアーサーを呆れたように見て、ビルギースは訂正する。
「ビルギースじゃ。其方には妾を名前で呼ぶように言うたであろう?」
そう言われた所で、出来るはずも無く、アーサーの困った顔を見て、ビルギース元女王は笑った。
「そんな顔をするな、アルティナ。それにもう、退位しておる。妾は其方と対等に話をしたいだけじゃ。」
「はい。」
と答えて、アーサーはポートマスの港で待ち合わせをしていた事を告げる。
「それは、悪い事をした。新王都を見たいと言いだしたのは、妾じゃ。」
ビルギースは、アーサーが”ブリターニ王子の婚約者候補”では無い事を知っている数少ない人物の一人だ。アルティナと教わった偽名で呼んでいても、その正体がカグヤ姫と勘づいていると思われる。
「詫びに、其方の身の安全は妾が保障しよう。」
そう言って差し出されたのは、ラピスラズリの腕輪。
「この石は幸運の石とも試練の石とも言われておる。身に着けている者に試練を引き寄せ、与えられた試練によって鍛えられた精神は、魂のレベルを高めてくれる。其方の願いが叶うと良いの。」
「それは、どういう意味でしょう?」
思わず身構えたアーサーだったが、百戦錬磨の元女王は笑うだけだ。まさか、入れ替わりが知られているとは思わないが、やはり、油断の出来ない女性だと、アーサーは再認識した。
目の前に、建設中の王城が見える。
船は新王都の後背、三日月形の入り江の外側で停泊している。入り江の内海は何艘もの小舟が行きかい、とても、入港できる隙間は無い。
と言う理由で、留められていた。
新しい王城は、小高い山の上に建設されており、山の海側を切り崩して、土地を均し、そこに傭兵団の本陣が計画されている。つまり、この入り江は王城の後背を守る最重要拠点の軍港となるのだ。普通に考えて、他国の人間が自由に出入りを許される区画では無い。
ただ、今は、新王都自体が建設中の為、資材の搬入にこの入り江を使っている。王城もまだ基礎が作られ始めた所だ。外海から眺める分には制限をかけていない。今回は、ビルギース女王と婚約者候補たちと訪問者が身分のしっかりした女性ばかりであることから上陸が許可された。
しかし、そこからは徒歩になると聞いた令嬢たちは下船を拒否。実際に上陸したのは、アーサーとビルギース女王の二人とその従者のみとなった。その他の令嬢たちは、船で再度南下し、現在の王都にもっと近い港から移動することになった。
追いついたシャハア神国の船は、そのまま、新王都の外海に停泊している。銀牙傭兵団の船の倍以上の大きさのガレー船で、櫂が3段3本のトライレーム、しかも1列25人の漕ぎ手からなり、大砲も積載していた。そこにいるだけで、武力で圧力をかける事が出来る。女王の座を降りたとは言え、流石に南の暗黒大陸の覇者と言えよう。
『ある意味ありがたいな。』
その威圧を背後に感じながら、アーサーは独り言ちる。
この新王都の構想を聞いた時に、海からの攻撃に対する防衛はどうするのか、と思った。カグヤを通して、ラヴィン老師とケインの考えは理解したが、実際、それは、甘いと言える。
軍人が見れば一目瞭然だ。
入り江の地形を生かして、敵船の入港を防ぐ。万が一、入り込まれた時も、山頂にある王城にたどり着くには、急勾配の狭い道しかなく、迎撃が容易。
実際の戦船を見ていなければ、それで良い、と思えるだろう。
けれど、具体的に敵船(仮)がそこにいる事で、脅威を実感する事が出来た。船に積まれた大砲の射程は?あの船に乗せられる戦闘員の数は?ガレー船の漕ぎ手は兵士になり得るのか?小型船で入り江内に入り込まれたら?上陸された時の迎撃ポイントは?
傭兵団に憧れていた騎士ですらない王子ですら、いくつもの危険を思い付くのだ。金角・銀牙傭兵団の団長がこの状態に気が付かない筈が無い。どう対応するのか、とても興味がある。
ワクワクとドキドキ。そんな気持ちを抱えるアーサーをどう思ったのか、気づかわし気に見て、ビルギース元女王は、謝罪する。
「国の者達は、どうにも過保護での。妾にあれもこれもと、何でも付けてよこす。あの船もそれでの。攻撃の意志は無いのじゃ。」
「無論、存じておりますよ、ビルギース様。御身がこうやって私と共にこの足場の悪い建設現場を歩いてくださっている、その事実が何よりの証です。」
新しく整地された浜辺に上陸したアーサー達を、連絡を受けた騎士が迎えた。金角傭兵団の団章をつけたマントが海風にはためく。
開発中の港はまだ桟橋も無く、小舟が直接、浜に乗り上げて荷下ろしをしている。それは、建築資材であったり、人足であったり。ずっと見ていても飽きない、活気に満ちた空間だった。傭兵団の詰所となる場所に、石組が作られていく。練兵場予定地は今は、様々なサイズの木材が積まれ、その横で、用途に応じて切り出しが行われていた。
人足たちの住む小屋が、入り江の三日月の弧に沿って立ち並び、食事の用意なのか、煙が上がって女たちの笑い声がする。
四人の従者の担ぐ、どう見ても場違いな輿に乗る妖艶な美女と巨大な黒馬に跨る美少女は、現場の注目を一身に集めながら、垂直に削られた王城の後背に向かって進む。目線が同じ高さの二人だが、注目している場所は異なる。
断崖絶壁に目を細め、ビルギースは頷いた。
「妾はこの新王都の構想を聞いた時から、とても気になっておってのぅ。今回、渡りに船と、年甲斐もなくはしゃいでしまった。」
「私も、一度、じっくり見て見たかったのです。ビルギース様に同行させて頂き、色々、面白い経験をさせて頂いております。」
アーサーは周囲を見回した。
それは、三年ぶりの故郷だった。




