62 宣言
「わたくしは、カグヤ。かつてのゲッショウ王国第一王女にして、現ネデル国次期女王。あなた達を導く者です。」
そのカグヤの宣言は、固唾を飲んで見守る民衆、アーサー、そしてネデル国王らに衝撃を持って届けられた。
「他国の王女であったわたくしの資質を疑う者も多いでしょう。それは、これからのわたくしをみて頂くしかありません。ですが、国、と言うものはたった一人の王によって成り立つものではありません。国は、人です。
ですから、あなた達がわたくしに、わたくしの治める国に、何を望むのか。それを、あなた達はわたくしに示す必要があります。」
この王女は何を言い出すのだ、と民衆がざわめく。
「ブリターニ王国は。」
そんな人々に向かって、カグヤは声を張り上げた。母国に言及され、アーサーの肩がびくりと震える。
「わたくしの婚約者となったアーサー王子の故国ブリターニ王国は、このネデル国に劣らぬ程、国土も狭く、豊かとは言い難い国でした。
ですが、その国は今、豊かさへの道を突き進んでいます。
それは、何故か?
新王都建設で多くの人が集まり、特需が起きているから?スコット織やこのベールの様な繊細な紡績業など新しい産業が起きたから?」
カグヤは一息、息をついて、民衆を見回す。
「では、誰が首都を新しく作ろう、などと言い出したのでしょう?
誰が、鄙びた漁村で代々編まれていた漁師の防寒着を、その模様を、貴族の正装に耐えうる織物に仕上げたのでしょう?
それは、勿論、ただ一人の王ではありません。
これらのアイデアを出し、議論し、実行に移したのは、他ならぬ、ブリターニの民、一人一人です。
三年前、ブリターニ王国では、広く国民から、国を良くするための施策を募集しました。
色々なアイデアが集まりました。その中から選ばれたのが、今、ブリターニ王国で行われている各種の施策であり、保留にしてあるアイデアの中にも、素晴らしいものが数多くあります。
どれもが、わたくしたち貴族では思いつかないような物ばかり。
わたくしは思いました。
国を良くするには、貴族の力だけでは、不足なのだと。
貴族は貴族の事しか知らず、平民は平民の事しか知らない。
それでは、今以上の発展は望めない。そんな時代に来ているのです。」
今や、バルコニーの上に同席する国王やアーサー王子も口を閉ざして、カグヤ姫に注目している。
「これからも、ブリターニ王国は、これまでの世界史に見たことも無い程の発展を遂げるでしょう。あの国にはその活力が、国を良くしようと言う意識を持った国民が溢れているのです。
あなた達は、どうですか?
ネデル国はこのまま、ゲッショウ王国の属国になり下がるのでしょうか?それとも、グラード帝国の支配下に膝を屈しますか?」
「それとも!
これまでの様に大国の圧力を躱し、独立不羈の道を歩みますか?
さあ、わたくしに、あなた達の覚悟を示して下さい。」
「む、無責任だ!王様は俺たちを守ってくれるんじゃないのか!」
「いきなり、国の政策を考えろ、とか言われても、出来る訳ないだろう!」
広場から罵声が上がる。けれど、カグヤは一切引かなかった。
「ブリターニの国民に出来て、ネデルの国民は出来ないと言うのですか?
虫たちが樹液に集まるのを見ていた子供のアイデアから、サトウカエデの甘味・メープルシロップは生まれました。
そして今、ブリターニ王国では、泥炭地を農地に作り変える事業に取り組んでいます。ブリターニは島国です。国土の面積には限りがあります。これまで農地として使われる事の無かった土地を新たに活用する方法を探す、その努力をあなた達はどう思いますか?」
「荒唐無稽なアイデアで良いのです。いえ、むしろ、世間一般の常識に縛られない方が良いのかもしれません。ブリターニで最初にアイデアを公募した時は、”税金を失くす”や”みんなで海賊になる”、”街を花でいっぱいにする”など、本当に様々なアイデアが集まりました。
下らないと思いますか?わたくしは、素晴らしいと思います。今すぐは無理でも、国が豊かになれば、いずれ、一部の税金を免除する事が可能になるかもしれません。海賊はダメでも、世界の海を自由に渡って貿易を行えるようになるかもしれません。街が花で溢れれば、スラムの様な荒れた裏路地が無くなるかもしれません。
その全てが、ブリターニの国民が国が良くなるようにと考えたアイデアから派生しているのです。」
夢物語が形を持って、現実となる。
その実例を、今、ネデル国の広場に集まった人々は、聞かされている。
出来るのかもしれない。
対岸の島国の発展を、この、自分たちの国で。
「お、俺、農家を継ぐんじゃなくて、商人になって旅がしたかった。だから、誰でも、好きな仕事が選べる国になれば良い、と思う。」
「折角、街道が整備されたのに、今までの馬車じゃ、運べる荷物が限られるんだ。もっと大きな馬車が欲しい。」
「それなら、もっと早い馬車の方が良いぞ。」
「火事で燃えない家を作りたい。」
「好きなだけお菓子を食べても怒られない日が欲しい。」
一人が思い切ってアイデアを叫ぶと、広場のあちこちで、叫び声が上がった。
それは、カグヤが言ったように、本当にただの自分の希望だったり、技術的に無理そうな事だったりしたが、なにやら、話をする人々の顔は楽しそうに見えた。
緊迫していた広場の空気は、完全に変わっていた。
「ありがとう、あなた達のネデル国を想う気持ちが良く分かったわ。そのアイデアを早速、提出して頂戴。みんなでこの国を良くしていきましょう。」
「万歳!」「カグヤ姫様、万歳!」「ネデル国に繁栄を!」
最後に、それまでの王女然とした言葉遣いを少し崩して、カグヤは広場に向けて手を軽く上げた。観衆の歓呼の声を聞きながら、バルコニーを去る。
「おまえ、凄いな。」
アーサーにエスコートされて、奥の部屋に戻ったカグヤだったが、突然のシナリオ変更に緊張でバクバクしていた心臓が、痛い。倒れそうになるが、倒れたら二度と起き上がれない気がする。精神的にも肉体的にも。
ソファーが軋むほどの勢いで、座り込んだカグヤに、テイが、冷たいお茶を手渡す。あっという間に三杯飲み干して、やっと、息が整った。
白豚状態のカグヤが民衆の前に姿を見せたとして、それは、ごく短時間で済ませる予定だった。遠目で見る分には、体格などわからないと思っていた。けれど、アーサー王子襲撃犯のあぶり出しには必要と考えて立てた計画だ。
それが、長々と演説までしてしまったから、カグヤ姫はふっくらした体型、で民衆に記憶された可能性が高い。
「民衆に紛れて扇動する連中がいたみたいだな。上手く捕まえられていればよいけど。それにしても、凄い演説だった。一瞬で、民衆を味方につけたな。」
正装を着崩しながら、アーサーが感心する。
お披露目の最初の雰囲気はお世辞にも良い、とは言えなかった。むしろ、白豚王女のカグヤを断罪するかの様な圧を感じた。正直、叫び出しそうだった。何が悪いのか、と。わたくしだって、好きでこんな所にいるんじゃない。ネデル国国王が、もう国を治める気力がなくて、我が国に助けを求めて来たのに、いまさら何を言っているのだ。養子縁組が決まってから、この国には随分恩恵が与えられたと言うのに、それを忘れたのか、と。
「民衆が味方になるかはまだわからないわ。わたくしはただ、ブリターニ王国での経験を話しただけですもの。
実際に計画を立て、事業の中心になっているのもケインですし、資金はあなたがカグヤ姫として出して下さったでしょう?アイデアを見極め、必要な人材・資材をそろえ、と動いてくださったのは、ロマーニャ連合国ヴァニス商会のシャイロと彼が口説き落として連れて来てくれた万能の天才ラヴィン。まさにこの二人がいなければ、ブリターニの発展は望めなかったでしょう。わたくしは何もしていませんわ。それに・・・。」
カグヤは思い起こす。
眼下の広場は自分を見上げる民衆で埋め尽くされていた。一人一人の顔など、この距離では見分けがつかない。
けれど、ふと思った。
アーサー王子として、ブリターニ王国で、国民の前で、公共事業の公募を行った日の事を。
演説したのは兄のユーサー王子だった。自分と弟のケイン王子は、設けられた舞台の横に座っていた。
ここより遥かに民衆との距離が近かった。それこそ、一人一人の表情がはっきりとわかる程。
大国の第一王女と婚約したアーサー王子の行動が、どんな結果を生むのか期待と不安を抱いて、この場に集まっていた。
『似ている。』
そんな状況は、カグヤが置かれていた状況とよく似ていた。
眼下の民衆が、ブリターニの民と重なった。
ならば、言う事は一つだ。ブリターニの幼さを残した弟が教えてくれた。
「そっか!そうだね、アーサー兄上。貴族だけじゃなく、国民みんなに聞いたら良いんだよ。この国を良くするにはどうしたら良いか、って。」
あの時は、それで上手くいった。けれど、
「そんなに簡単な事では無いよ、ケイン。」
ユーサー王子のその言葉を、カグヤは直ぐに実感する事となる。




