51 オーベロンの呪い
遥か昔。それこそコケルト神話の時代よりも昔。
水の精霊である湖の貴婦人ヴィヴィアンには妹モルガナがいた。二人は仲の良い姉妹だった。ある時、森へ遊びに行き、大地の精霊であるオーベロンに出会う。
三人は意気投合し、世界各地を旅してまわった。やがて、モルガナとオーベロンは恋人となり、ヴィヴィアンはそれを心から祝福した。
そんな時、訪れたある場所で、神殺しの獣に遭遇する。何とか、退ける事が出来たが、モルガナを庇ったオーベロンは呪いを受けてしまった。
「呪い・・・。」
そう呟くカグヤに、カレドヴルフから光の粒子が舞う。
『妖精王オーベロンがあんな幼児の姿なのは、僕を庇って神殺しの獣の呪いを受けたからだ。』
「でも、”神殺し”なのでしょう?よく、生きていられたわね。」
「彼が死ななかったのは、そして今なお、その命を繋いでいるのは、かけられた呪いをモルガナが一部引き受け、妾が今も浄化しているからよ。」
『オーベロン様に掛けられた呪いは時間を遡る呪い。徐々に若返って、最後は消え去ってしまう。これまでに得た知識、能力の全てが少しずつ失われていく、恐ろしい呪いだよ。姉さまは、その呪いの進行を遅らせる聖水を産むために、オーベロン様の傍を離れるわけにはいかず、僕が呪いを解く方法を探す旅に出た。』
「モルガナの呪いは、一か所に留まる事を許されない彷徨う魂の呪いでした。世界を彷徨い、答えを見つけるには、ある意味、最適な呪いです。」
捜し続けて300年以上。
古の神の如き存在であっても、同格のものから受けた呪いは、そう簡単に解くことは出来なかった。
オーベロンは次第に若返って行く。自分たちだけでは、限界がある。
そう考えたモルガナは伝説のドルイドと言われるマーリンズ三姉妹に協力を乞うた。
「あぁ、その結果、呪詛返しにあって封印されたのか?」
アーサーは納得する。
『む、何か勘違いしてないかい、アーサー様。あれは、別に、』
「?でも、それなら、遺跡に150年封印されていた、って言うのはおかしくない?」
モーガン・フェイの言い訳の途中に、カグヤが首を傾げた。
「フェイに掛けられている呪いは一か所に留まる事を許されない彷徨う魂の呪い、なんでしょう。でしたら、封印、石柱に封じる事は出来ないのでは?何故なら、石柱に封じられては自らの意志では動けない。」
「あれは、一つの実験の結果ね。」
そこに届いた三番目の人ならざる者の声に、アーサー達の緊張が跳ねあがった。
「「マリ・ベルザンディ」様!」
「はあぃ。」
艶やかなウインク一つ。
その場に妖艶な美女、伝説のドルイド、マーリンズ三姉妹の次女、マリ・ベルザンディが現れた。
『げ、師匠。』「あら、ベル。」
「久しぶりね、ヴィヴィアン。これお土産。」
そう言ってマリ・ベルザンディが差し出したのは、ぐつぐつと煮立っている鍋。
「魔力回復薬よ。熱いうちにどうぞ。」
「ありがとう、頂くわ。」
湖の貴婦人は煮えたぎる鍋を受け取ると、そのまま、じぶんの胸に埋め込んだ。
じゅわっと、ヴィヴィアンの体を構成する水が、一瞬で沸騰する。彼女の体がボコボコと歪に変わるのを目にして、アーサー達は恐怖に駆られる。
やがて、沸騰は収まり、気のせいかつやつやした湖の貴婦人が空になった鍋を胸から取り出してマリ・ベルザンディに返した。
「美味しかったわ。これで後100年は大丈夫。」
『ありがとうございます、師匠。』
「うむ、モルガナもあまり焦らない事だ。」
何だろう、理解不能だ。
唐突に現れた伝説のドルイド。煮えたぎる鍋を取り込んだ湖の貴婦人。キラキラ輝く魔剣。アーサーでなくとも、見る者の頭を混乱させる。
「マーリンズは、フェイの敵では無かったの?」
場の雰囲気を読まない事にかけて、カグヤは最強では無いだろうか。思わず、まじまじと成長した自分の顔を覗き込む。無邪気、にも見える純粋な疑問を戸惑う事無く口にするアーサー王子は、絶対に本来のアーサーならあり得ない行動をしている。
「どうしてそう思ったのかしら?この子は私たちの弟子、と言ったわよね。」
「え?でも、呪詛返し、とか、封印、とか、返り討ち、とか。」とカグヤ。
「だって、この子の弟子入りの目的が、オーベロンと自分に掛けられた呪いを解くためだもの。色々、実験が必要でしょう?」
当たり前の事、必要な事、と逆に不思議そうに首を傾げられ、カグヤは、目を細めて魔剣を睨む。
「フェーイー。」
『嘘は言ってないもーん。それに多重結界に封じられるとは思ってなかったし、おかげで150年も拘束されちゃったじゃないですか。そのせいで彼らを巻き込んだんですよ。だから、僕は悪くない、はず。』
全く悪びれぬ態度。何だろう。凄く疲れた。
「”神殺しの獣”に掛けられた呪いですもの、そう簡単には解けないわ。私たちがやっていたのは、呪いの重ね掛けによる干渉の実験なの。あなた達が現れた時は、その結果を解析していたのよ。勝手にモルガナを連れて行ってしまうのだもの、困ってしまったわ。」
魔力回復薬の入っていた鍋を手の一振りで消し去って、マリ・ベルザンディは言う。
「「え?」」
ひょっとして、自分たちはモーガン・フェイを助けたつもりで、何か致命的なミスを犯してしまったのだろうか。真っ青になったアーサー達を見て、カレドヴルフがピカピカ光った。
『質が悪いですよ、師匠。どうせもう解析は終わっていて、僕をあの場に磔ていたのは、ついで、でしょ。』
「あらあら、違うわよ、モルガナ。この世界を支える世界樹に磔た場合はどうか、の検証よ。だから、もともと、そう長く磔る気は無かったのだけれど。ヒトと関わっているとは思わなかったものだから、心配させてしまったのね。」
クスクスと笑うマリ・ベルザンディだったが、不意に表情を引き締める。
「解析が終わったわ。」
その一言で、場の空気が一変した。
「結論から言うわね。モルガナの呪いに変化は無かった。多重結界での150年もユグドラシルでの2年も、モルガナの呪いを打ち消す事は出来なかった。」
誰からともなく溜息が漏れる。
「気を落とすことは無いわ、モルガナ。こんな事、何度もあったもの。また、別な方法を考えましょう。」
湖の貴婦人がそっとカレドヴルフを抱き上げて、体の中に包み込んだ。
「ベルザンディから魔力回復薬をもらったから、妾はまだまだ、大丈夫。」
『でも、オーベロン様は限界だよ。さっきの話、聞いたでしょ。』
魔剣カレドヴルフの光が消えた。
「何か、あったの?」
そう尋ねるマリ・ベルザンディに、気落ちするフェイの対応をヴィヴィアンに任せて、アーサーが代わりに妖精王オーベロンの様子を説明する事になった。
「全く、あのヘタレめ。しかし、昔の様に、また、三人で旅に出よう、か・・・。」
マリ・ベルザンディはふと何か気になる事があるのか、しばらく黙り込んだ。
「ちょっと待って。少し、確かめたい事があるわ。オーベロン!聞こえているのでしょう、貴方、この真宵の森から外に出る事が出来るの?」
いきなり森に向かって叫ぶマリ・ベルザンディのいつにない様子に、その場の全員が息を呑んだ。
「いや、出た事は無いぞ。」
唐突に現れた幼児は、そう言うと、ヴィヴィアンの抱く魔剣を愛し気に、けれど悲し気に見つめた。
「逢いたかったぞ、モルガナ。」
『オーベロン様!どうして?』
「この森で我の知らぬ事など無いぞ。其方が、そこのヒト族と共にこの森に入った時からずっと見ていた。だが、其方は、我に会いたくないようだったから・・・。」
『だって、結局、僕は役に立ってないから・・・。』
「えーい、鬱陶しい!それよりも、オーベロン!この森から出たの?出なかったの?」
マリ・ベルザンディの飛びかかるような勢いに妖精王はのけぞった。
「いや、さっきも言ったが、出た事は無いぞ。・・・あぁ、だが、しかし、そう、だな。これまで、森を出る、など、考えた事も無かった。我は、ずっとこの真宵の森から離れられないと、思っていた。・・・何故だ?」
「それも、呪いよ!」
バンバンとマリ・ベルザンディはテーブルを叩く。
「ああ、何てこと!そうなの?ちょっと、二人とも、無視してないで、こっちに来て、オーベロンを診て!」
空に向かって叫び、大きく手を振る。突然、扉が現れた。
「えー、面倒くさいー。」「年寄りを労わると言う事を知らんのかぇ。」
そんな言葉と共に、マリ・スクルドとマリ・ウルズがその扉から現れた。
テイを除くアーサー達4人の警戒が最大限に高まる。
「あー、アーサー・ペンドラゴンと自称カグラだー。」
マリ・スクルドがトネリコの枝でこちらを指差し、オキナ・テイ・トリスタンがアーサーとカグヤを庇って立ちふさがる。既に、各自が武器に手をかけており、キャスは巨大化し、草を食んでいたはずのサンダーアローまで駆け付けた。
「スクルド、人を指差すものでは無いぞ。」
マリ・ウルズがトネリコの枝に触れると、それは、シュルシュルと枝葉を伸ばし、あっという間に、マリ・ウルズが支えきれない程の大木となった。
「えー、別に何もしないのにー。」
どさりと地面に落とされた元トネリコの小枝は、その場にそのまま根を伸ばす。マリ・スクルドはえいっとジャンプすると、丁度良い太さの枝を手折って、また、それを振り回した。
「もう、そんな事より、二人とも、オーベロンを診てくれる?私の考えが正しければ、呪いが薄まっているはずなの。」
ぐいぐいと姉妹の両手を掴み、マリ・ベルザンディはぎょっとした表情のまま固まるオーベロンの前に三人で顔を寄せた。
アーサー達は放置である。
「ね」「うむ」「へー」
「「「オーベロンの呪いは間違いなく薄まっている。」」」
伝説のドルイド三姉妹はそう、断言した。




