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5 宰相

「その為のアーサー第二王子との婚約ですな。」

こくり、とカグヤ姫は頷いた。

「国王はきっと反対する。だけど、もう、ここには居たくない。穏便に城を出るためには妬まれない理由が必要だ。アーサーは世継ぎの王子じゃないし、いずれ傭兵団に入る事も明言している。」

自分で言うのもなんだが、アーサーには王位に対する執着がない。勉強も好きではないから、兄の国政を助けるのも無理だ。そう言うのは弟のケインが向いている。逆に体を動かすのは好きだから、傭兵団に入って、国の為に外貨を稼ぐ。そう言う国への貢献の仕方を選んだのだ。


カグヤ姫(体アーサー)が部屋を飛び出した後、アーサーはぎゃあぎゃあ言う妖精王の大魔法使いフェイを脅して、カグヤ姫を虐げるこの国の第二王妃と敵対する人物、もしくは抑えることのできる人物を探らせた。そうして、目をつけたのが、トキオ宰相だった。前ゲッショウ国王の治世後半から宰相を務めているトキオ宰相は、カグヤ姫の母、亡き王妃と現国王の結婚に尽力した人物であり、政治的中立の立場から、姫の後見にはならなかったが、心情的にはカグヤ姫派らしい。

現状を知れば、行動を起こしてくれることは期待できそうだ、と賭けてみたのだが、どうやら、この賭けには勝てそうだ。


「カグヤ姫も、この国には不要だろう?」


しばらく、無言の時間が続いた後、宰相は大きく頷いた。

「お任せください、姫様。このトキオ、最後のご奉公に、姫様に最高のプレゼントをご用意致しましょう。・・・それと、この状況も直ちに改善いたします。」

「よろしく頼む。」「お任せを。」

そう言うと深々と腰を折って、宰相はカグヤ姫の部屋を辞した。


その日の午後、王女宮の人事が一新された。


トキオ宰相は、今回のゲッショウ王国第一王女カグヤの婚約者を決めるための誕生会の招待客には、非常に気を使っていた。カグヤ姫は現国王が溺愛する第一王女であり、王位継承権一位だ。彼女が王位を継いだ時に、サポートとなる優秀な王配候補や、彼女を支える友人となりうる若い女性との出会いの場として、高位貴族を中心に厳選した。筈だった。その計画は第二王妃の子供達のご学友選びも()()()()、と横やりが入ったために、招待客のみならず、誕生会自体の規模も想定を超えてしまった。結果、主役のカグヤ姫が途中退席する羽目になってしまった訳で。そう言った意味では、パーティは完全な失敗だった。

ところが、不幸中の幸い、と言うべきなのか。

カグヤ姫はブリターニ王国のアーサー王子と出会い、婚約者にしたい、と言い出した。

カグヤ姫の相手は、誰であっても周辺諸国の王位継承に微妙な問題を引き起こす可能性を含んでいる。現状の王位継承者の立場を危うくするほどの強力なライバルになるからだ。それは、共に、王族から抜けたとしても、同じ事。彼女の実家の後ろ盾を持ってすれば、クーデターの旗頭には十分なのだ。ただ、ブリターニ王国は、クーデターを起こしてまで乗っ取る程のうまみが無いのだ。結果、国家間の平安を保つためには、望みうる縁組の中で、最良と言えよう。

更に、今の話で、カグヤ姫はこの国を出たい、と言う。

だからと言って、大国ゲッショウの第一王女を貧乏王国に嫁がせる訳にも行かない。国と国との婚姻は政治を含む。国の格、と言うものがあるのだ。必然、適当な属国の王位をアーサー王子に継がせることになる。


大国であるゲッショウ王国と国境を接している国の一つに、国土の大半を森林が占め、林業で成り立つ小国がある。先年、世継ぎの王子が若くして病没し、長年に渡り大国との間で微妙な綱渡りをしてきた国王は、重荷を下ろす先がなくなり、もう、気力が果ててしまった。亡くなった世継ぎの王子の他に子供は無く、今更、自分の跡を継ぐ者を育てることを投げ出したくなった国王は、ゲッショウ王国に、養子縁組を打診した。別に喉から手が出る程欲しい国ではない。が、海を挟んでブリターニ王国に相対する地理的な都合のよさも含め、約束された空位の玉座は、幼い王子と王女が権力争いに巻き込まれない唯一の解決策に見えた。


カグヤ姫とアーサー王子を結婚させ、あの国の王とする。


そうすれば、どちらの国も火種を手放せ、姫と王子の立場も守られる。


相談した翌日に早速届けられたトキオ宰相の提案に一番喜んだのは、フェイだった。

「サイコー!それなら、僕も妖精王様に褒められること間違いなし!」

考え込むアーサーにフェイはばっさばっさと羽を大きく動かして熱弁した。

「宰相さんが持ってきた国は、本当はすごい所なんだよ。あの国の大部分は森が占めているけど、あそこは妖精の住む森なの。ヒト族は‘迷いの森‘なんて呼ぶけど、本当の名は‘真宵の森‘と言ってね。妖精達が一番活発に行動できる時間、ヒト族は‘逢魔が時‘とも言うけど、常にその状態の森なんだよ。昔からヒト族はその時間帯に魅かれるから、妖精の森にも随分、遠慮なく進入してくるから、迷惑してたんだ。その都度、迷わせて追い出していたから、ついた名前が、‘迷いの森‘、ね。アーサーとカグヤがその国の王になってくれたら、そんな人間排除してくれるよね。あー、面倒事が減って良かったー。」

この入れ替わりの解決にとって、自称大魔法使いフェイの協力は不可欠だ。その彼がこんなに大喜びするとなれば、その国、一択しかないだろう。



そうして臨んだ今日のブリターニ王国使節団との謁見。国王にはカグヤとアーサーの婚約を納得させたものの、最後の最後で抵抗された。じっとりと見遣れば、誤魔化すように視線を逸らされる。その横でトキオ宰相が、この婚約についての詳細を説明する。

ブリターニ王国使節団の面々の表情が次第に驚愕、納得、喜色と変わっていくのを、壇上の車椅子の上からカグヤ姫(中身アーサー)はやや苦々しげに眺めた。勿論、アーサー王子(中身カグヤ)はどんどん追い詰められ青ざめていく。

『逃すかよ、ばーか。』


ブリターニ王国のロンド侯爵は、良く言えば、言質を取らせない交渉上手、悪く言えば決断できない人間だ。そんな彼も、今回の第二王子アーサーの引き起こした事件?は、一人で責を負うには重すぎる問題だった。しかし、今、目の前に差し出された提案は、自国にとっても願ってもないもののように思われた。何しろ、この提案を受ければ、大国との縁組が叶うのだ。

アーサー王子とカグヤ姫の婚約は例えブリターニ国王であっても覆すことは不可能だろう。これを拒否すれば、本当に戦争になりかねない。それぐらい、ゲッショウ国王が怒っていることは明白だ。ならば、アーサー王子には犠牲になってもらう他ない。


ロンド侯爵は青ざめたアーサー王子を見て、にっこりと笑い、正面に向き直ると深々と頭を下げた。

「ゲッショウ国王陛下に申し上げます。ブリターニ王国はこの婚約のお申し出、前向きに検討させて頂きます。」

「ええーっ!」

反対しようとしたアーサー王子の口は後ろから塞がれ、左右の腕をやんわりと押さえられる。

「つきましては、婚約の準備の為、すぐに帰国の途につく許可を頂きたく、伏してお願い致します。」

「うむ、あいわかった。明朝、出立されるが宜しかろう。今晩は、送別の宴を開く故、楽しまれよ。」

「アーサー様、よろしければ、それまでわたくしの部屋でお話いたしませんか?」

扇の影からにっこり微笑んだカグヤ姫の笑っていない目をアーサー王子は、もごもごと叫びながら、怒りを込めて睨みつけた。


「殿下、私もご一緒します。」

そそくさと使節団が退場する中、怒り心頭のカグヤの元には、たった一人の騎士が残った。車椅子のカグヤ姫の後を、引き立てられるように歩くアーサー王子の背後を守る位置に付き従うのは、あの日、アーサー王子から目を離してしまった護衛騎士だった。なんの感情も伺わせないその表情と整った容姿から、血の通わない人形のような印象を与える。


連れてこられたカグヤ姫の部屋には、侍女が一人待っていた。車椅子を押していた衛兵を下げると、カグヤ姫はアーサー王子に椅子を勧める。護衛騎士は王子の斜め後ろに立つ。

「一体、どういうつもり!?」

アーサー王子(中身カグヤ)は、一声叫んだものの、護衛騎士と侍女の存在に、口をつぐんだ。


()()()()様、これはモーガン・()()()、結婚まであなたのお世話をする侍女です。」

「!?」

「アーサー王子殿下には、既に私を始め、優秀な騎士がついています。ご配慮は無用に願います。」

平坦な声で騎士が反論するが、それが聞こえないかの様に王子は、傍でお茶の用意をする侍女を見つめた。

()()()?」

「はい、()()()()様。()()()()とお呼びください。」

()()()()?」

王子は今度はカグヤ姫を見た。ニヤリ、と唇の端を軽く上げる王女にふさわしいとは言い難い笑いを浮かべたカグヤ姫に、カグヤは嫌そうに顔を歪めた。




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