44 語られた真実は”嘘”
「大体、どうしてマーリンズ様に喧嘩を売りに行くかなあ。」
「そんな事するつもりだと知っていたら、行かせなかったわよ。」
昼近くまでしっかり眠って、気力・体力共に回復したアーサーとカグヤはモーガン・フェイを問い詰める。
『えー、だって、僕を封じた張本人だよ。自由になったらお礼参りに行くの当然じゃない。』
「いやいやいや。大体、最初に呪ったのフェイだろう。謝りに行くならともなく、殴り込みは無いわー。」
『あ、覚えてたんだ、てへっ。』
「本当に傷つかないか、試してみよう。」
徐に、剣に手をかけるアーサーに、何事かとイゾルテが目を見開いた。
「もう、時間が無いんだから、ふざけるのは止めて。」
カグヤが止める。
「いや、ふざけてない、って。どのみち、フェイがこの剣から解放されないと、俺とカグヤの入れ替わりは解消されないんだろう。もう、マーリンズ様に謝りに行って、封印解いてもらうのが一番なのに、昨日の様子じゃ、そう言う訳にもいかないんだろうなあ。」
「わたくしたちも敵と思われたかしら。」
カグヤの問いかけに、トリスタンたちは難しい顔をして考え込む。
「そう言えば、カグヤ姫様、あ、アーサー様は、あの時何故、髪をお切りになったのですか?」
イゾルテの敬語が乱れている。
いつもは緩く首の後ろでくくっていた美しい黒髪を、今日のカグヤ姫は、一般的にはファシネーターと呼ばれるリボンや羽飾りで飾っている。短くなってしまった髪を誤魔化すためのテイの工夫だ。
このままで良い、と言い出しかけた、アーサーの口を視線のみで塞いで、仕上げた、テイの会心作だ。
中身を知らない時なら、素直に美しいと絶賛できたトリスタンとイゾルテだった。
「マリ・ベルザンディ様は、夏のソルスティスに時々、ブリターニ王城を訪れる事がある。」
アーサーの返事に、イゾルテは首を傾げる。「はい、知っています。」
「初めてご挨拶した時、簡単に不審者に名前を教えてはいけない、と言われた。」
マリ・ベルザンディ。あの妖艶な美女が、視線を合わせるように腰をかがめ、アーサーの顎を軽く指先で持ち上げて、笑う様にけれど優しく、そう、耳元に囁いた。
当然、真っ赤になったアーサーは、名乗る事が出来ず、父王が代わりに紹介してくれた。
「あの時、アーサー・ペンドラゴン、と名前を強く呼ばれて、体が反応しそうになった。
だから、この体の名を問われた時、カグラと、咄嗟に嘘をついた。本当の名を言うと、カグヤが操られそうな気がしたんだ。そして、カグラの名で命じられた事に従わなければ、疑われると思った。」
敵対しない証拠を示せ、とマリ・スクルドに言われて、証拠に髪を差し出した。
だから、マーリンズは油断して、モーガン・フェイを連れて逃げる事が出来た。
『良い判断だね。アーサーとカグヤは魂と体が切り離されているから、名前は、魂の方に強く作用する。だから、マーリンズ程の力のあるドルイドが、あんな閉じた空間でアーサー・ペンドラゴンの名で、命じ続けたら、カグヤ姫の体であっても、アーサーは命令に従うようになっていた可能性は高いよ。危なかったね。』
偉そうに解説された。
「とにかく、婚約式を前に、色々バタバタしすぎだ。昨日?一昨日?次から次と事件が起こってばかりだ。テイ、今日の予定は?」
「本日はお衣装の最終確認がございましたが、御髪の事がありますので、明日に延期いたしました。夜には、宰相閣下がお見えになる予定です。」
「アーサー王子の方は?」
「長旅で体調を崩されたとして、しばらく、お休み頂く、と通達がなされています。」
元に戻った時の評判が心配になるが、今は仕方が無いと、諦めた。多分、それで言うなら、酷くお転婆になってしまったカグヤ姫の評判に頭を下げるしかない。
アーサーは、現状を分析する。
この呪いに一番詳しい、モーガン・フェイが合流した事は、進歩、と言えるだろう。剣だけど。
魔剣カレドヴルフ。
剣にしては短めの細身の剣だ。
刀身はやや黒味を帯びている。モーガン・フェイが封じられているせいか、フェイが話すと、金色の光が刃の上に踊る。
過分にして知らなかったが、フェイの言う通りなら、自ら持ち主となる王を選ぶ伝説級の武器らしい。
自分は王に相応しいとも思わないし、王位を狙うつもりもサラサラないが、この剣にまつわる噂が公になれば、カレドヴルフをひいてはモーガン・フェイを狙う者が出て来てもおかしくは無い。
『どうしたもんかなあ。』
剣の謂れを考えれば、この体の父親であるゲッショウ国王に献上するのが、最も、無難だ。
だが、それでは、折角取り戻したモーガン・フェイが、また、手元から離れていく事になる。宝物殿に入れられるのか、父王が持ち歩くのか、はたまた、誰かに下賜されるのか。
カグヤ姫の手元に確実に置いておくことは出来ない。でも、王になる者が持つ、と、伝説のドルイドマーリンズが所持していた、との由来を知っていて、それを手放さないのは、王位に野心がある、と受け取られかねない。
「あ、そうか!カレドヴルフってバレなきゃ良いんだ。」
「何の事?」
突然、叫んだアーサーに、カグヤはびっくりして尋ねる。
「カレドヴルフをどうするか、って話。王が持つ剣、って知られたら、色々面倒だろ?だから、普通の剣に偽装するんだ。」
「偽装?」
「先ずは、鞘が必要だな。流石のカグヤ姫も王宮内を抜き身の剣を持って歩く訳にはいかない。」
アーサーの言葉に皆、頷いた。
試しに、オキナのもつ近衛騎士の支給品の鞘で試そうとしたが、試す間もなく、モーガン・フェイに拒否された。
神話武器をその辺の鞘に入れるのはプライドが許さない、そうである。
結局、フェイは、テイが、丁寧に箱に入れてくれていた鳶の体を使って、スケルトンな鞘を作った。モーガン・フェイの仮の体であったそれには、魔力が宿っている、と言うのが理由だが、抜き身のままより、目立つような気がした。
鞘が出来上がるまでは、誰が持つかで、奪い合いになりかけていたカレドヴルフを、身に付けたい、と願い出る者は、アーサーの他に誰もいなかった。
「かっこいいじゃん。」
一人、納得できないアーサーだったが、嬉しそうに、剣を腰に下げた。
「そう言えば、俺たちの新しい家族になるネデル国の国王陛下が、明日、お着きになる予定だ。」
婚約式本番は5日後に迫っている。今日の衣装合わせに加え、式次第の確認や、その後の誕生会の準備など、当人たちは元より、カグヤ姫の専属侍女と護衛騎士には、かなりの相談事が持ち込まれている。
婚約式と誕生日を終えたカグヤ姫とアーサー王子は、16歳の成人を迎えた後、ネデル国に養子に入り、次期、王妃と王配になる予定だが、その新しい父親・現ネデル国国王が、明日、ゲッショウ王国王都に到着する。流石に、カグヤ姫とアーサー王子共に挨拶に伺う予定になっている。
「ネデル国って、フェイが前に妖精の森があるって言っていたわよね。マーリンズ様が無理なら、妖精王様に、お願いすると言うのはどう?」
婚約式後にはネデル国の訪問予定が組まれている。ならば、妖精の森に立ち寄る事は出来ないのだろうか。
このカグヤの提案に、モーガン・フェイは、心底嫌そうな声を出した。
『無理無理。だって、あの話、嘘だから。』
・・・。
・・・。
・・・。・・・。
「ふ、ふざけないで!嘘?嘘だったって?それこそ嘘よね、フェイ!わたくしを騙したの?」
カグヤは叫んだ。それこそ、三年ぶりの心からの叫びだ。ずっとアーサー王子のふりをして、自分を抑えて来た。その箍がはじけ飛んだ。
「何のために、わたくしが、男の子の真似までして頑張って来たと思っているのよ!戻しなさいよ!わたくしを元に戻しなさい!」
突然のアーサー王子の激高に、トリスタン達は訳も分からぬまま、何かが起きた時の為に臨戦態勢をとる。
そんなカグヤとは対照的に、何も言わず黙り込んでいたアーサーが、徐に立ち上がった。アーサーは、そのまま、母屋の外に出る。
「姫様?」
慌てて追いかけたトリスタン達は、カレドヴルフを庭の大岩に叩きつけるアーサーを発見する。
明らかに破壊する目的で、剣の側面を力一杯、叩きつけたにも拘わらず、カレドヴルフは無傷であった。逆に大岩の方が欠けたぐらいだ。
「ふーん。」
刀身を確認したアーサーは、次の瞬間、思い切りカレドヴルフを振りかぶった。
『ぎゃーあ、やめてやめて!』
池に投げ込もうとするアーサーを必死で引き留めるトリスタンであった。




