43 魔剣カレドヴルフ
「戻った?」
アーサー達はガゼボに立っていた。呆然と周囲を見回す。近くに人の気配はなく、留守番に残ったテイの姿は見えない。空にかかる月の位置から、自分たちが、地下の遺跡に降りてからそう時間は経っていないようだった。
いや、日付もしくは年月が経っている可能性もある。
そう思いついて、アーサーは冷や汗を流す。
マーリンズはあの場所を、何処にでもあり、何処でも無い所、と言った。夜の住人の世界と自分たちの住む昼の世界は時間の流れが異なる、とコケルト神話にある。
「殿下、先程のは、」
「ちょっと、あなた、その髪は、」
「しっ、静かに!」
トリスタンとカグヤの問いを、アーサーは唇に指を当てる事で封じた。アーサーより早く気配に対応したオキナの緊張が緩むのを見て、アーサーも大きく息を吐いた。
「・・・テイか?」
いきなり現れた一行に、物陰から様子を窺っていたテイが現れる。
「どの位経った?」
「一刻程でございましょうか?カグヤ姫様、御髪が・・・。」
「あー、ちょっと、な。」
「ちょっとじゃ無いわよ!どうするの、それ。」
勢いを取り戻してカグヤが詰め寄る。
「大丈夫だ。全部燃やして来た。テイのアイテムのおかげだ」
「何を!?」
「伝説のドルイドの元に自らの体の一部(髪)を残しておくなんて、後で何をされるかわからないからな。テイのアイテムのおかげで助かった。」
何でもない事の様にそう答えるアーサーの手には抜き身の剣が、この世の終わりの様な顔をしたカグヤの腕の中にはぐったりとした鳥が抱かれている。
「どういう状況ですか、これ?」
思わず素で尋ねたテイにオキナは説明すべき手段を持たない。呆然と気を失った妹を抱えるトリスタンも答えてはくれない。
「とにかく、一度、戻りましょうか。」
主人の安全上、夜半にこんな場所に長くとどまるのは許容できない。
テイとオキナに促され、カグヤ姫一行は、シラユキ王妃の離宮に戻った。
「この鳥が、モーガン・フェイ?」
トリスタンとイゾルテは、侍女姿の彼女を見知っていたので、なかなか、納得がいかなかった。
「正確には、地下遺跡の石柱に封じられていたモーガン・フェイの魂?が入った鳥。」
布団の上に寝かせた鳥の胸には、ぽっかりと剣が刺さっていた穴が残っている。
「只の死体ですね。」
冷静にテイが断ずる。
「でも、あの時はまだ、生きていたのよ。暖かかったもの。」
「では、その後に死んだのでしょう。」
がーん、とショックを受けるアーサー王子をガン無視して、テイは、ざっくりと断ち切られたカグヤ姫の短くなった髪を切り揃えている。
「テイ。髪は自分で切ったんだ。カグヤのせいじゃない。別に短くても問題は無いだろう?」
「「「「大ありよ。」です。」」」
女性陣のみかトリスタンにまで非難された。
「どうするんですか、婚約式。準備した髪飾り、一つも使えませんよ。それに、こんな事、国王陛下に知られたら、絶対、泣きますって。」
「めんどくさ。」
ポツリ、とアーサーは呟き、更に非難の目で見られた。
「あー、えーと、そうだ!母上から贈られた黄金の絹のベールがあるじゃないか。あれをかぶるんだから、見えないって。後は、ちょちょっと、テイの腕の見せ所だな。」
「ホントにもう・・・。それしかないのでしょうけれど・・・。」
ぶつぶつ言う、テイを宥め、本題に戻る。
「さて、この鳶がモーガン・フェイだったのは、マーリンズのセリフから、間違いない。だが、今は只の死体だ。では、モーガン・フェイの魂は、何処だ?」
「やはり、マーリンズ様たちの所にある、と考えるのが一番妥当では?」
「剣を抜いて壁から剥がした時に、どこかへ移動した?」
「確かに、返り討ちにしてやった、と、マリ・スクルド様は言っていたから、再封印されていた、とすると、カグヤが封印を解いた時点で、何かに憑りついている可能性は高いな。」
『憑りついている、とは失礼な。』
アーサーの言葉に、どこかから返事が返った。
「「モーガン・フェイ?」」
アーサーとカグヤが周囲を見回し、キャスがぶわっと巨大化した。
オキナとテイが臨戦態勢をとり、少し遅れて、トリスタンも剣に手をかける。
『やあ、久しぶり!元気だった?僕はさぁ、ちょっとドジっちゃって、また、閉じ込められちゃった。今度は、ちょっとやそっとじゃ抜け出せそうにないんだ。困った、困った。』
そんな暢気な話じゃ無いだろうに、相変わらずのモーガン・フェイに、アーサーは脱力する。
「お前なぁ、今度は何処に封印されたんだ?」
『ここで~す。』
いきなり、鳶の死体の横に置かれた剣がぽぅと光った。
一瞬にして、アーサーの前にオキナとテイが立つ。アーサーはカグヤの腕を引き、自らの後に隠した。左右をトリスタンとイゾルテが囲む。キャスの低いうなり声がしんとした室内に響く。
『おぉ~、素晴らしい反応。これで、僕の声が聞こえていないなんて信じられないね。』
剣の光は主張する様にチカチカと瞬き、アーサーは確認する様にカグヤを振り返る。
「お前には聞こえるか?」「聞こえるわ。」
「オキナは?」
無言で首を振る護衛騎士、隣でテイも首を振っている。振り返ると緊張を湛えながら、トリスタンとイゾルテも聞こえていない、と言う。
「モーガン・フェイの魂はあの剣に憑りついたようだ。」
アーサーの言葉に、フェイが抗議する。
『だーかーらー、違うって。憑りついたんじゃないの、宿ったの。
僕は今、魔剣カレトヴルフの守護精霊になってるのさ。えっへん。』
それが、威張るような状態なのか、アーサーにもカグヤにも判断は出来なかった。
「魔剣カレドヴルフ?」
その名前にアーサーは首を傾げた。控えめに言って、かなり夢想家のアーサーは、二つ名を持つ物が大好きだ。武具となると、聖槍ロンギヌス、神剣グラム、妖刀ティルフィング、伝令神の魔法の杖ケリュケイオン等々。そんなアーサーが知らない聖剣。状況を忘れて彼は飛びついた。
「何々、魔剣カレドヴルフって、何?」
魔法の力を持ち、正当な王の象徴。伝説のドルイドマーリンズが所持し、持ち主を自ら選ぶ、あらゆるものを両断する、決して折れない、刃こぼれしない剣。伝説と言うより、もはや神話レベルの武器だと、モーガン・フェイは得意げに話した。
「本物?」
『失礼な!本物に決まってるでしょ。マーリンズの所にあったんだから。』
「おおーっ!」
本物の魔剣と言われて、アーサーの興奮は最高潮だ。
「触って良い?ねえ、触って良い?」
嬉々として手を伸ばすアーサーを、オキナはそっと抑える。
モーガン・フェイの言葉は、アーサーとカグヤにしか聞こえていない。アーサーの言葉から、どういう
状況かの想像はある程度つくが、護衛の立場から言うなら、怪しげな光る剣に主人を近づける訳にはいかない。
そう考えるのは、テイも勿論、トリスタンとイゾルテも同様だ。
「だけど、その話が本当なら。」
何がアーサーをそんなに興奮させているのか全く理解できないカグヤが、考え込みながら、呟いた。
「とても困った状況よね?」
『そうなんだよ、わかってくれる、カグヤ様。』
「何が?すごいじゃん、神話武器だよ。」
「カレドヴルフは、”決して折れない、刃こぼれしない”剣、なのよね。」
「??それのどこが困るんだ?」
「封じられた石柱からモーガン・フェイの魂が解放されたきっかけを思い出してみれば、わかるでしょう。封じた物が壊れた、から、モーガン・フェイは解き放たれた。”決して折れず、欠けない剣”が、物理的に壊れる事は、無いわ。」
「つまり、フェイは」
「「魔剣カレドヴルフから、解放される事は・・・無い。」?」
『何とかしてー。』
アーサーとカグヤは顔を見合わせ、途方に暮れた。
もう、深夜をとうに過ぎ、興奮していたアーサーも流石にこれ以上は眠気に勝てそうになくなった為、この場は一旦、解散となった。
但し、この場には、オキナとトリスタン、そして、巨大化したままのキャスが残っていた。
仔馬程の大きさの魔描は、その両前足をカレドヴルフにがっしりと乗せて、眠っている。
その姿は、間違いなくカグヤ姫の愛猫白猫キャスで、スピスピ眠っている様子はとても愛らしいのだが、如何せんそのサイズは、異様だ。
カグヤ姫とアーサー王子の入れ替わりの際に、巻き込まれてこうなった、と説明はうけたが、納得するかは別物だ。
納得、と言うのなら、ある意味、カグヤ姫とアーサー王子の入れ替わりの方が納得がいく。
オキナはそれほどかつての白豚と陰口をたたかれたカグヤ第一王女を見知っている訳では無かったが、それでも、事故に合う前の彼女とその後の彼女が、別人では無いか、と噂されるほど、変わったのは知っている。
まさか、本当に別人だったとは。
オキナは自分の忠誠の向かう先をぼんやりと思う。
三年前、ゲッショウ王国第一王女カグヤの護衛騎士として、トキオ宰相から任命を受けた。口のきけない、第二王妃の不興を買った騎士など、いつ首になってもおかしくなかった状況から、救ってもらったと言えば、聞こえは良い。けれど、任命当初、オキナは彼女に、第一王女に期待をしてはいなかった。白豚王女の噂も当然知っていたから、体よく王宮を追い出すために仕組まれた、とすら思っていた。が、実際のカグヤ姫は噂とは全く異なった人物で、オキナは真摯に彼女に仕えた。アーサー王子と結婚して、ネデル国に養子に入り、女王として統治するカグヤ姫の力になりたい、と思い、その旨を宰相にも伝え、内諾を得ていた。
しかし、もし、カグヤ姫がアーサー王子に戻ってしまったら。
婚約が継続される保証は無い。
これまでの二人の様子から、16歳の成人までに、二人は入れ替わりを解消し、円満な婚約破棄を望んでいるようだ。
今、仕えているカグヤ姫が、本当のカグヤ姫に戻った時、同じような忠誠を誓う自信は、オキナには無かった。
だから、カグヤ様、どうか、証明して下さい。
俺の忠誠が、貴女を選べるように。
そう、願った。




