4 婚約
「婚約、でございますか?」
国を代表してブリターニ王国大使が、ゲッショウ王国国王に尋ねた。
「左様。我が娘、カグヤは、貴国のアーサー第二王子殿をひどく気に入ったらしい。遺跡に落ちて動けなくなった娘によく声をかけ励まし続けてくれたそうでは無いか。狭く暗い中、子供二人きりでさぞ恐ろしかったろうに。姫が無事なのも、全てアーサー第二王子殿のお陰。姫が惹かれるのも無理はない。」
顔は笑っているが、目は全く笑っておらず、声も低くゲッショウ国王は言う。
アーサーの傍若無人ぶりが身にしみている一行は、第二王子が姫を気遣って優しい声をかけるような性格では無いことは重々承知している。
“未婚の男女が二人きりで暗い所に長時間いた、などと公になってしまっては、女の方にもう良縁を結ぶ術はない。しかも、お前の国の王子のせいで怪我をしたんだ、責任とって嫁にしろ“
と、はっきり言ってくれた方が、納得すると言うものだ。しかも、どさくさに紛れて、白豚王女を第二王子に押し付けようとしているのが、丸わかりだ。
しかし、そこは高度な国際政治の世界、そんな身もふたもない事は言えるはずも無い。
「それはそれは、我らが第二王子殿下は、常に立派な騎士たらんと努力を怠らないお方。危急の場でその努力が花開き、貴国の第一王女殿下をお救いできたこと、臣として喜ばしい限りでございます。しかし、いかに第二王子とは言え、婚約を我が王の御意向を確認することなく、お受けすることは出来かねます。何卒、一度国元に持ち帰り、我が王より、改めまして親書にてお返事させていただきたいと存じます。」
流石、貧乏弱小王国と言えど、大国に派遣される大使。卒ない言葉がスルスルと答える。
「ふむ、では、お返事いただけるまで、皆様、ごゆるりと我が王都を楽しまれよ。」
そう言うと、王は玉座から立ち上がった。ゲッショウ王国の臣下達は国王の退出に一斉に頭を垂れたが、慌てたのはブリターニ王国の使節団だ。国元に持ち帰る、と婉曲に帰国を願い出たにも関わらず、王都滞在の許可が返って来たのだから。
「お、お待ちを。それでは、我らは、」
「お控えなされ、ロンド侯爵。ゲッショウ国王陛下からの返事あるまでの滞在を許すという、ご厚情を無碍にされるおつもりですかな?」
玉座のすぐ横に立つ白髪のトキオ宰相が厳しい声で咎めたが、ロンド侯爵とて大使を務める身、一方的に要求を飲むなどあってはならない。戦争をチラつかされた後の婚約の提案に、更なる無理難題を押し付けらた形だ。断れば、それこそ、戦争か?と内心ため息をつきながら、最悪でも即時の婚約は避けたい、と、口を開きかけた時、それまで、呆然とことの成り行きを見ていた、第二王子が前に転がり出た。
「待って、パパ。」
!?
「あ、パパ、パパっと決めてしまうには大きな問題だと思うのです。姫の一時の気の迷い、とか・・・。」
段々、声が小さくなっていくアーサー王子を、ゲッショウ国王はぎろりと見下ろした。
「確かに、気の迷いだろうが、我が姫が、何時間もの間、其方と二人きりであった事実は、既に誕生会に来ていた他国の知るところ。今回のパーティは姫の婚約者探しのために開いておる。その対象者に醜聞が知られてしまったのだ。誰がそのような姫を妃にと申し出る。」
「醜聞!カグヤたちは何もやましい事はしておりません。」
「我が娘を呼び捨てにするな!した、していない、ではない。周りがどう思うかが、大事なのだ!」
「そんな・・・。」
「父上。」
その時、玉座の後、王族のみ出入りが許される扉から声がして、衛兵二人に車椅子を押されたカグヤ姫が現れた。
でっぷりとした体を窮屈そうに車椅子に乗せた姫に、国王は駆け寄ると
「あぁ、姫、起きてはいけないと、何度も言ったではないか。傷が悪化したら如何する。お前達も何故、姫を連れ出したのだ!」
カグヤに向けるデロデロに溶けそうな表情を一変させて、衛兵を睨みつけ声を荒げた。
「父上、パパ、この人達はおれ、わたしの命令に従っただけだ、から、怒らないで、くれ、下さい。」
扇で口元を隠しているが、その向こうでアーサーは思いっきり顔を顰めている。カグヤ姫の話し方や言葉遣いがわからないなりに、母や周囲の女性たちのそれを思い出し、らしくしようと努めてはいるのだが、元々、あまり敬語・丁寧語を使っていないアーサーには荷が重い。
国王を促して玉座に戻すと、自分の車椅子をその隣に並べさせた。
「皆、心配をかけた。ご機嫌よう、ブリターニの皆様。」
最初は、居住まいを正し頭を下げる自国の家臣たちに、後半は広間に集められた隣国の客人に向かって、カグヤ姫(中身アーサー)はにっこりと微笑んだ。
その様子にゲッショウ王国の家臣たちは激しい違和感を覚えた。この第一王女は実母が亡くなってから王女宮に引きこもってばかりで、公の場に出て来たことは殆ど無い。噂に聞く白豚度合いも、今、初めて目にする者もいた。しかし、同じく噂に聞いた我儘、高慢、浪費家と評される性格は、どうだろう?
「突然の婚約の申込みに戸惑っていると思います。ですが、この婚約はゲッショウ、ブリターニ両国にとっても、利益のあるものとわたくしは考えています。宰相。」
「は。」
説明を宰相に任せながら、やはり、自分が出て来て正解だった、とアーサーは一人息を吐いた。『あのままだったら、王様、出ていっちまうところだったぜ。』
時は、ニ日前に遡る。アーサー王子(中身カグヤ)が王女宮のカグヤ姫の部屋から逃げ出した翌日、痛みがひどくなった、と医師を呼んだカグヤ姫(中身アーサー)は、医師に父王と宰相を呼んでくるよう命じた。何事かと駆けつけた国王と、接点など殆ど無く呼ばれる理由が思い当たらないトキオ宰相は、ベッドに体を起こしたカグヤ姫に、アーサー王子と婚約したい旨を伝えられ、唖然とした。
一目惚れだ、と言う彼女に国王はオロオロするばかりだったが、そんな父を用事は済んだと部屋から追い出した姫は、大きくため息をついた後、宰相に向き直り、侍女にお茶を用意するように申し付けて部屋から出した。
「さて、ここからが本題だ。言葉遣いについては、見逃して欲しい。」
ガラリと態度を変えたカグヤ姫にも、百戦錬磨の宰相は白くなった片眉を上げただけだ。
「まずは、隣の衣装部屋を見てくれ。」
視線で促す。
無言で移動した宰相は、隣室の扉を開けて息を呑んだ。
「これは・・・。」
彼の目に映ったのは、わずか十数着のドレス。引き出しに並べられているアクセサリーに至っては、国王自らが贈った事が明らかな、数点のみ。
コンコンとしたノックの音で侍女が戻って来たことを知った宰相は、衣装部屋のドアを静かに閉めると、お茶を受け取りに自らが向かった。
「しばらく、姫様と込み入った話をする。立ち入らぬように。」
そうして、お茶セットをベッド脇のテーブルに置くと、椅子を寄せて、カグヤ姫をじっと見つめた。
「カグヤ姫様には十分な予算が組まれている筈。あれはどういうことでしょうか?」
「宰相殿にはお分かりだと思うが?姫の予算を管理してる侍従は第二王妃の子飼いだ。つまりは、そう言う事だ。」
「なんと言う事。いつからこの様な横領が?」
「さあてね、でも、ここ一、二年の話じゃないだろう。金だけの話じゃない。人材もだ。王女宮にはろくなのがいない。皆、第二王妃の息がかかっている。」
「こんな大怪我をしているのに、目が覚めても、側に誰も控えていない。呼び鈴は手が届かない。入浴は無理でも、体すら拭いてもらっていなかった。いくら、白豚王女と蔑まれていたとしても、自国の王女にとって良い態度じゃない。ましてや、国王は姫を溺愛しているのに。」
淡々と自分の事を他人事のように話すカグヤ姫だったが、その手はずっと膝に抱いた白猫を撫でており、目は片時もそこから離れなかった。
「王宮を出たい。国を出たい。」
そのまま、続いた言葉に宰相は、今度こそ自分が呼ばれた理由を理解した。