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白豚王女と乱暴王子の婚約事情  作者: ゆうき けい


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37 第一王妃の離宮

一筋縄でいかない事に、捕らえた侍女たちは、ジャスミン王女の離宮の所属では無かった。それどころか、何処の所属でもなかったのだ。そんな怪しげな者達がどのようにして、王宮内に潜り込んだのかは、今の所、全く不明だが、わかった事が一つある。彼女らは、何年もの間、カグヤ姫の王女宮に勤めて横領の罪を犯し、トキオ宰相によって解雇された者たちだった。そして、全員が、喉を潰されていた。更に、明らかに許容量以上の力を無理に使った為に、彼女たちの体は、限界を超え、ズタズタになっていた。普通なら持ち上げる事さえ不可能な重さの武器=鉄の塊を持って走り、振り回したのだ。拘束された後の彼女たちは両腕とも筋肉が裂け、骨が砕けていた。砕けた体の痛みに泣き叫ぶことも出来ない侍女たちは、苦痛のあまり気を失い、未だ目が覚めない。     

つまり、どれ程問い詰めようと、これらの者達は、黒幕の正体を話すことも書くことも出来ないのだ。八方ふさがり、かと思われたが、彼女たちの喉を潰した毒物が特定できた。

カグヤ姫の筆頭護衛騎士をしているオキナの喉を焼いたのと同じ毒だ。

それは、つまり、第二王妃の毒だ。

ただ、これだけをもって、第二王妃、ジャスミン王女、マクシミリアン皇子の今回の事件への関与を問う事は出来ない。決定的な確たる証拠がほしかった。


離宮のガーデンパーティーで何があったのか?

同伴はしたものの、会場には入れなかったトリスタンからは、詳細な内容は聞き取れなかった。彼にしても、パーティーが始まってしばらく後に、真っ青な顔でアーサー王子が戻って来た、と言う事実しか知らない。ただ、その後を追って来たであろうマクシミリアン皇子に怯えていたようだ、と言う印象は、伝える。

アーサーはガーデンパーティーの参加者リストを見て、首を傾げた。特に、不信を感じる客はいない。ジャスミン王女は、少し遅れて会場入りしたが、そのエスコートが、グラード正教の司教、と言う点は少し引っかかる所ではある。が、このところ、体調不良を理由に離宮に引きこもっているジャスミン王女の噂を考えると、薬師としても有名なグラード帝国の国教の司教が付いているのに、納得はいく。


「トリスタン卿は、ジャスミンに会ったのか?」

「いいえ、私の控えていたところは、かなり遠かったので、お姿は拝見しておりません。」

それが全ての元凶のように後悔を滲ませるトリスタンに、カグヤ姫は、まあまあ、と軽く手を振った。

「あのパーティーには、何人か他の伝手が無い訳じゃ無いんだ。ただ、トリスタン卿の印象も知りたくてね。」

アーサーはヤパーナ国の庭園を模した小石の並ぶ不思議な庭を見る。


気を失ったアーサー王子を不特定多数の目に晒す訳にはいかない、と、カグヤ姫は、故シラユキ王妃の好んだこの庭園に隣接するヤパーナ国独特の屋敷に、アーサー王子を運び、池に入ったトリスタンにも着替えを用意させた。勿論、周囲は近衛で囲み、警備は完璧だ。

目覚めた後もアーサー王子の顔色は優れず、そちらにはテイとイゾルテが付いている。


「この国の王位は継がない、と言っても、信じない者も多くてね。」

(ゲッショウ王国の王位なんて、冗談じゃない。)

建前と本音を使い分けて、カグヤ姫はつらつらと心に浮かぶ思いを誰にともなく言う。

「この婚約式が節目になる、と考えていたんだ。」

(ここで決着をつける必要があった。)

「正式な婚約者がいて、ネデル国の養子になれば、もう、そんな事を言われる事も無いのだろう、と。」

(正式に婚約して、ネデルの養子になってしまったら、もし元に戻れても、動きが取れないだろう。)

「だから、あと少しの我慢だ、と。そう、思っていたのだけれど。」

(タイムリミットは目の前だ。)

「違うのかな。」

(時間が無い。)

「ゲッショウ王国第一王女カグヤの名は、ずっと、この体について回るのだろうか?」

(これからもずっと、カグヤ姫でいなくちゃならないのか?)

「だとすれば、それは、この体にとって呪い?」

(この入れ替わりも呪いの一部なのか?)


「!!」「殿下!」

カグヤ姫の独白を黙って聞いていたオキナとトリスタンだったが、”呪い”と言う言葉に反応した。

「ああ、すまない。別に、それはカグヤ姫に限った事では無いのは承知している。」

アーサーは、ははっと、笑って、心配そうな二人の騎士を振り返った。

「貴族には貴族の、王族には王族の、果たすべき役割と義務がある。富と権力には義務を伴い、恩恵だけ受け取って、逃げ出すなど、恥知らずにも程があるだろう。そんな中でカグヤ姫がとても恵まれている事は十分承知している。ただ、アーサー王子は・・・。婚約の約束は強引に結ばれた物だからと・・・。あ、今の話は聞き流して。ちょっと弱気になっただけ。」

建前の話を終わらせて、ふっと、息を吐く。


痩せて絶世の美少女となったカグヤ姫の憂い顔は、半端ない破壊力で騎士達の心を打った。

カグヤ姫のせいで、アーサー王子が狙われた。

それは紛れも無い事実だ。

だから、アーサー王子が、その立場を拒絶するなら、婚約式を欠席すれば良い。そうすれば、婚約は成り立たず、王子はゲッショウ王国を取り巻く陰謀から、逃れる事が出来る。そうなった場合でも、愛娘を溺愛するゲッショウ王国国王は、嬉々としてカグヤ姫を手元に留め、ブリターニ王国に報復する事は無いだろう、とアーサーは思っている。


一方、本音の話はアーサーの頭の中で続いて行く。

(だからと言って、カグヤがびびってこのまま婚約破棄、何て事に成ったら、一生俺はカグヤ姫のふりをして、いつ正体がバレるかと怯えて暮らさなきゃならない。なんかもう色々やらかしてるような気はするけど、それは置いといて。最悪、カグヤ姫のままだとしても、この国にいたんじゃ、逃げ出す事も出来やしない。知らない男と結婚なんてさせられたら、それこそ、舌噛み切ってでも、死んでやる。もう、これ、絶対、この入れ替わりは呪いの一部だ。なら、やはり、もう一度、あの遺跡に入るべきだ。本当なら、俺とカグヤだけじゃなく、モーガン・フェイも必要だし、ひょっとして、キャスも連れて行った方が良いかもしれない。出来るだけ、あの時の状況に近づけて・・・。婚約式の前には行かないと、正式に書類にサインしてしまったら、破棄は出来ない。問題はどうやって二人だけで、遺跡に入るか、だ。カグヤ姫の権力でごり押し、ってのも出来なくは無いが・・・。こんな事があった後では、護衛騎士達が張り付くに決まっている。それに、確かに二人きりになるのは、自ら敵に襲ってくれ、と言っている様な物だし・・・。)


「アーサー王子殿下がお見えになりました。」

そんなアーサーのぐちゃぐちゃになりそうな思考のループを断ち切ったのは、テイの言葉だった。左右に開くヤパーナ国特有の引き戸を開けて、イゾルテを連れたアーサー王子が立っていた。

「カ、体は大丈夫?」

カグヤと呼びかけそうになり、アーサーは慌てて問い直す。

トリスタンがカグヤ姫に軽く一礼して、主人の傍に寄り添った。

「ありがとう、大丈夫。・・・ここは?」

「シラユキ第一王妃の離宮。今は、誰も使っていない。」

「そう・・・。」


主がいなくなっても、国王の手で護られていたこの離宮には、故シラユキ王妃の為人を彷彿させる品々で溢れている。絵姿さえ無かった王女宮とは、大違いだ。幼い姫が母を恋しがって泣いては大変、などと、もっともらしい理屈をつけて、シラユキ王妃由来の品々は皆、カグヤの元から持ち出された。その多くがここに運び込まれる前に何故か忽然と消えていたのだが、それはトキオ宰相の調査の手が入るまで、国王ですら知らなかった。ガランとした王女宮で一人、心にもない誉め言葉を嵐の様に浴びせる人々に囲まれ、いつしか幼いカグヤは、逃げるように母親の事を忘れてしまった。だから、カグヤは母親と言う存在の暖かさをブリターニ王国のグィネス王妃から教わるまで、知らなかった。


必死に正体不明の恐怖から逃れようともがいていた悪夢から目が覚めた時、カグヤの目に映ったのは、四角く区切られた一画一画に、艶やかな花が描かれた天井。横を見ると、部屋に注ぐ日差しは柔らかく、カーテンの代わりに不思議な白い紙の窓に外の庭木の影が柔らかく映っていた。部屋全体が、穏やかで時間がゆっくり流れているようだ。気を失う前にはあれ程苦しかった呼吸が、今はまるで当たり前の様に出来ている。空気には微かな香りが混じっていて、その香りが、記憶を刺激する。

さらりとした黒髪と穏やかな黒い瞳、襟元の白磁の肌にほのかに薫る香り。

シラユキ王妃の離宮と言われて、その香りと佳人の纏っていた香りが重なる。


「あれは、母上?・・・かあさま?」


ぼんやりと瞼に浮かぶその人は、幼い自分に微笑み、抱き上げ、頬ずりしてくれた。彼女と同じ黒髪・黒目が、その頃は大好きだった。自分もいつかこんな風になるのだ、と信じていた。どうして忘れることが出来たのだろう。あんなに自分を愛してくれた人を。十年近く昔に儚くなった母の名残が、こんなに色濃く残っている場所が、直ぐ近くにあったなんて。

ひょっとして、

『かあさまはどこ?』ととうさまに聞けば、とうさまはカグヤをここに連れて来てくれたの?


今更意味のない事なのに、そんなあり得もしない過去が浮かぶ。

もし、そう尋ねていれば、カグヤはきっと、無知で我儘で傲慢な白豚王女にはならなかった。

何故なら、カグヤの理想は、

「かあさま・・・。」

ぎゅっと目をきつく閉じて、ずっと昔に、自分を抱き締めてくれていた女性を思う。そして目を開き、自分の目の前に座る女性を見る。

さらりとした黒髪をキリリと括り、黒い瞳には意志の強さを秘め、白磁の肌は健康的に内側から輝いている。今のカグヤ姫は、シラユキ王妃に瓜二つの外見をしながら、それでいて、若さと生命力に溢れたカグヤの理想そのものだ。


『アーサーが取り戻してくれた。』

甘言のみを囁かれ、大切と称して放置された事に気付かず、楽に逃げた過去の愚かしい自分はもうここにはいない。

カグヤは、アーサーが取り戻してくれた理想の自分の姿に相応しい自分になるべく、ようやく、覚悟を決めた。




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