30 ブリターニ王国の希望
「ふふ、中々。」
満足そうに織地の手触りを楽しむカグヤことアーサー王子に、ロマーニャ連合ヴァニス商会のシャイロは、内心、ほっと安堵の息をついた。
何度もダメ出しを食らい、やっと王子を納得させる物が出来たのだ。
今、アーサー王子が手にしている織物は、元々、ブリターニ王国東部の漁村で漁師たちの衣服に編み込まれたスコット模様を織り込んでいる。海の安全と豊漁を祈る願いが込められ、そのひとつひとつに意味があるとされている模様をたまたま目にしたアーサー王子が気に入った事が発端だ。
シャイロたちが呼ばれたブリターニ王国公共事業の最終選考に残っていた案の一つに、この模様が編み込まれた服がかっこいいので、もっとみんなに知って欲しい、と言うものがあった。
作り手に限りがあると言うだけで、既に技術として確立している織物は、その複雑な編み模様とそこに込められた意味もあって、十分にシャイロの興味を引いた。最後まで、クランの格子模様の布地とどちらを選ぶかで悩んだが、結局、アーサー王子の「どちらも捨てがたい」の一言で、同時開発となった経緯がある。
クランの格子模様には、コケルト文字を組み合わせて、デザイン性を高めるだけで、OKが出たが、スコット模様の織物については、元々が、生成りのごわごわした質感の毛糸を使っていたこともあり、素材の見直しから始める必要があった。その後、染色の色も増やし、複雑な模様を編むために手先の器用な人材を集めて、試作を繰り返し。
そうして、完成した織物は女性用のケープコートで、カグヤはそれをグィネス王妃に贈った。
「まぁ!嬉しいわ!ありがとう、アーサー。」
満面の笑みで抱き締められ、カグヤは硬直する。本当の母親どころか、乳母にさえ抱き締められた記憶の無いカグヤは、こんな時、どう反応するのが正解かわからない。おずおずと伸ばした腕が、王妃の背にそっと触れ、「喜んで、頂けて、嬉しい、です。」そう言うのが精一杯だった。
多少重くなるため、短めのケープコートに仕立てたが、毛皮よりも暖かく、色鮮やかで、何より普段使い出来るのが、売りだ。
「でも、わたくしがもらっても良かったの?カグヤ王女殿下には贈らなくって良くって?」
嬉しそうにケープコートを持ち上げ、けれど、遠慮がちに尋ねる王妃にカグヤは首を振った。
「母上に、一番初めの品をお贈りしたかった。それに彼女用にはセーブルの毛皮を付けようと思って、る。シャイロが手配してて。あ、その、母上がセーブルが良いなら、その・・・。」
言い淀むアーサー王子に、クスクスとグィネス王妃が笑う。
「良いのよ、アーサー。わたくしは、毎日でも羽織りたいのですから。毛皮がついては、気後れしてしまうわ。それに、確かにゲッショウ王国の姫君にただの毛織物を贈るわけにはいきませんからね。セーブル、手に入ると良いわね。」
「はい。」
もじもじと小さくカグヤは頷いた。
スコット織の織物は今年の冬には間に合わなかったが、来年には製品化出来そうだ。その時には王妃にも毛皮の縁取りのケープコートを贈ろう、そうカグヤは誓った。
AKプロジェクト、と陰で呼ばれているカグヤ姫の宝石等を元手にしたブリターニ王国の新規公共事業は、第一弾の格子模様の布地が順調な滑り出しを見せ、第二弾のスコット織の織物も目途がついた。最大プロジェクトである新王都建設は、土地の選定も終わり、春になれば区画整備に着手する。
ゲッショウ王国との伝書鳥事業も順調に進み、その技術料が思わぬ収入となって、ブリターニ王国民はこの冬をこれまでになく暖かく過ごすことが出来ている。
「冬のソルスティス?」
夜が一年で一番長くなる、その日の朝、朝食の席で、陽が沈む前に必ずサロンに集まるように言われたカグヤは首を傾げる。心なしか、王と王妃の顔色が悪い。よくわからないが、何か特別な理由があるのだろうか?
「アーサー兄上は一人でお部屋に引きこもる事が多いので、心配です。」
むーと、ケイン王子が唇を尖らせる。「冬のソルスティスは、家族みんなで過ごすんですよ!約束です。」
カグヤが引きこもるのは、正体がバレないよう、人と距離を置いているせいもあるが、基本、ゲッショウ王国第一王女は引きこもりだ。
冬になり、屋外での活動が制限されると、それは益々、顕著となった。
彼女が進めていた樹液から採取する甘味も、既に彼女一人が楽しむ分は、十分手に入れていた。それ以上を望まないカグヤは、すっかりその事業から手を引き、中断を余儀なくされている。
カグヤ姫の個人資産を使っての事業だっただけに、流石に、途中放棄は拙いだろう、とシャイロもラヴィンも国王夫妻も説得を試みたが、ダメだった。
「やりたい人がやれば?採取・製糖方法は確立できたのだから。」
あっけらかんとそう告げたカグヤの言葉に、シャイロが慌てて後継者を連れて来たのだった。
そんなトラブルがあったものの、樹液の甘味は、無事、メープルシロップとして製品化された。
朝食後、早速、自室に引きこもり、モーガン・フェイの入れた紅茶にそのメープルシロップをたっぷり注ぎ、カグヤは冬のソルスティスについて、彼女から教わっていた。
「ゲッショウ王国では、そんなお祭りは無かったわ。」
「うーん、ソルスティスはお祭りではありませんよー。まあ、その夜一人になると夜の住人に連れ攫われる、と言うのにかこつけて、何人も集まって飲み明かす、っていうのが、最近の流れになってますけど、ここの王家の人たちは家族で過ごす様ですねー。」
モーガンは解説する。
昼と夜の長さが等しい日や昼が一番長い日(夏のソルスティス)、夜が一番長い日(冬のソルスティス)は妖精たちにとって重要な日だ。特に夜の住人と総称される妖精達にとっては、自分たちの力が一番強くなる冬のソルスティスは、こちらの世界に干渉できるチャンスだ。
「と、言う訳で。」
モーガン・フェイは、くるり、と宙に舞うと、鳶に姿を変えた。
「僕はちょーっと、夜の住人さん達と交流してくるねっ♡」
「は?え?フェイ?」
カグヤの伸ばした手は空を切る。
「朝には戻るよー。」
『わたくし一人で、どうしろって言うのよ・・・。』
飛び去る姿を呆然と見送るカグヤだった。
まだ陽の残る時間に、王家のサロンに家族全員が集まった。いつもにも増して質素な食事が供される。この後、翌日の陽が昇るまでの間、ソルスティスの夜を起きて過ごす為に、夕食は軽めにし、けれど、その分を夜食として用意するのが、ここ数年の王家の習慣だ。
暖炉の中でトネリコの枝が赤々と燃えている。この冬のソルスティスでは、トネリコの枝だけを薪にして一晩中火を絶やさない。暖炉を囲むように家族が床に座る。昨年までは、底冷えのする寒さに自ずと皆が体を寄せ合って、座していたが、今年は、カグヤ姫から贈られたふわふわの白クマの敷物が、寒気を遮っていた。暖炉の上に飾り彫りのされた大きな蜜蠟の蝋燭が置かれ、甘い香りが仄かに室内を満たしている。
グィネス王妃は、カグヤの贈ったケープコートを纏っている。アーサー王子の右隣に座るケイン王子もだ。グィネス王妃が襟元から裾にかけて淡い紫が次第に濃くなっていくグラデーションの色合いなのに対し、織り上げた模様は同じながら、ケインが着用していものは、鮮やかな原色を散りばめた、楽し気な、それこそケープコートの上をキャンパスに見立てて色をぶちまけた様なデザインだ。
「アーサー兄上、これ、とても暖かいです。ありがとうございます。」
満面の笑みで言われ、カグヤは視線を逸らして頷く。「良かった。」
「アーサー、この兄にはくれないのかい?」
左隣から兄のユーサー王子がからかい交じりの声をかける。
「無い、です。成人男性向けには作っていないので。」
「ふむ、それは残念。しかし、染色でこんなにも印象が異なるとは驚きだ。王妃のは気品が、ケインのは生命力が溢れている。」
肩を竦めるユーサー王子の向こうで、ブリターニ国王が、しみじみと感想を述べた。
無言で頭を下げるアーサー王子に「アーサーにこんな才能があったとはな。」と王は目を細めた。
褒められているのだろうか?
疑問が頭をかすめ、無意識に眉間に皺がよる。
そんなカグヤを見て、ユーサー王子が吹き出した。
「父上は褒めているのだよ。婚約後のアーサーは、傲慢は傲慢だが、攻撃的な乱暴さは無くなった。飽きっぽいのは相変わらずだが、それでも、興味のある事には、勉強熱心だ。」
「褒められている気がしない。」
「私は褒めていないからね。」
更に、ユーサー王子の笑みが深まる。「小国とは言え、君主となるのだから、もっと、幅広く学ぶべきだと思うね。」
厳しい兄の言葉にカグヤは肩を竦めた。




