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白豚王女と乱暴王子の婚約事情  作者: ゆうき けい


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29 冬のソルスティス

「フギン! ムニン!」

カグヤ姫の呼びかけに答え、二羽の梟が音もなく舞い降りる。

まだ、幼い梟の子供は、体は共に真っ白だが、コノルド語で”思考”を意味するフギンは青、”記憶”を意味するムニンは緑、の瞳をしている。元々、カグヤ姫が世話をしていた卵から孵ったのは、フギンで、万一に備えてガウェインが育てていたのがムニン、だ。二羽とも同じ親から生まれた兄弟で、ブリターニ王国ではガウェインの姉フローレンスが、最後の片割れの一羽ヘドウィーを育てている。


ゲッショウ王国王女宮の庭に積もった雪は、二羽にとって完璧な保護色となっていた。カグヤ姫が声をかけなければ、フギンとムニンを見つけ出すのは困難だっただろう。

二羽に向かって、伸ばしたカグヤ姫の両腕には分厚い毛皮がかけられている。右腕にフギンが左腕にムニンが止まる。

「う、重くなったなぁ、二人とも。もう、狩りも出来そうだな。」

「「ホーホー」」

目を細めて笑ったように見える二羽に、アーサーの顔もほころぶ。

この頃には、カグヤ姫のダイエットも効果が表れており、入れ替わり初期には肉に埋もれ、糸の様に細く見えていた目もぱっちりと開き、不気味だった笑顔も可愛らしく見える。身長も伸びた。まだまだ、ぽっちゃり、の域を出ないが、白豚は卒業だ。


「雪が解けたら、お前にも久しぶりに乗れるな、サンダー。」

傍らの黒馬を振り返ると、アーサー王子の愛馬は大きく頷いた。サンダー、真の名は大地の覇者漆黒の風サンダーアローは、この雪の中、王女宮の周囲を駆けて、今、汗を拭いてもらった所だ。サンダーアローから外された一人乗りの戦車チャリオットが、カグヤ姫の護衛騎士たちの手によって馬小屋に曳かれていく。


痩せたとは言え、馬に乗るのは流石にまだ無理があった。それでも、サンダーアローで駆け回った記憶は、アーサーに古代イージプの馬に曳かせる一人乗りの戦車・チャリオットを思い出させた。誇り高い戦馬のサンダーアローが荷馬の様に車を曳いて自分を乗せてくれるだろうか?そんな不安を浮かべ、作ってもらった一人乗り戦車を前に躊躇したアーサーに、サンダーアローは静かに背を向けて頸木を受けた。

チャリオットの乗り心地は馬上とは比べ物にならなかったが、それでも、久しぶりにサンダーアローと共に駆ける気持ちは最高だった。

カグヤ姫の日課に新たなルーチンが加わった瞬間だ。雪が積もってからは、車輪をそりに変えて、それは続いている。


「にゃ、にゃっ。」

黒馬の突然の動きに、頭の上に載っていた白猫キャスが鬣にしがみついて抗議の声をあげた。フギンとムニンをサンダーアローの背に乗せて、アーサーは周囲を見渡した。

「そろそろ、陽が沈む。ソルスティスの夜の始まりだ。夜の住人に見つかる前に部屋に入ろう。」

そう言って、アーサーは動物たちを引き連れて、王女宮のサンルームに戻ったのだった。


そこはサンルームと言うよりも、巨大な温室で、本物のカグヤ姫が南国の果物を食べるためだけに作らせた植物園だった。そこをアーサーが引き継いで、果物だけでなく、様々な薬用植物を育てると同時に、孵化したフギンとムニン、そして愛馬サンダーアローが放し飼いされている。サンルームの中央、ユーカリの木を背に最高級の手触りのクッションを並べて、そこでくつろぐのが、今のアーサーのお気に入りだ。


結局、カグヤ姫の妹姫ジャスミン王女とグラード帝国第5皇子の婚約は、未だ正式な書面が交わされるに至っていない。かの人のゲッショウ王国への留学も、街道が雪に埋もれてしまい、果たされないままだ。この結末には色々な思惑が絡んでいるのだろうが、アーサーの興味をひくものでは無かった。


それよりも。


カグヤ姫の膝には、複雑に織り込まれた毛織物のひざ掛けがある。

ブリターニ王国のアーサー王子からの贈り物だ。

カグヤ姫のドレスや宝石を資本に、ブリターニ王国で新たに作られたものの一つだ。元々、優れた技術を持っていた毛織物産業に染色技術を導入し、デザイン性を高め、外国向けの輸出品としている。

今、アーサーの膝を覆っているのは、グィネス王妃が手づから織り上げた、息子の婚約者カグヤ姫に贈られた一品だ。鮮やかな格子模様に、コケルト文字で、健康や幸福の祈りが刺繍されている。知らない者には、ただのデザインにしか見えないが、アーサーの目には、それらの言葉を選んだ母の願いが、心にしみる。


今日は一年で一番昼の時間の短い日、冬のソルスティスだ。

アーサーの母国、ブリターニでは、この日は家族が揃って、小さな蠟燭の灯り一つで夕食を囲み、家族の平穏と健康を祈る日だった。


「冬のソルスティスの夜は、夜の住人がこちらの世界に渡って来る、と言われている。」

周りを大好きな動物たちに囲まれ、暖房のよく効いたサンルームで、ホットチョコレートのカップを両手に、夜の庭園を臨む。所々に灯された松明の灯りが、雪景色に反射して幻想的だ。

雪がちらつく季節になり、テイの準備するお茶が、紅茶から、体を温める効果のあるハーブティーに代わり、時々、このチョコレートドリンクが登場してきた。

貧乏王国の王子であるアーサーはこれまで、チョコレートを口にした事は無かった。最初は、そのどす黒い液体に恐怖すら覚えていたが、覚悟を決めて一口口に入れた途端、その魅力の虜になった。流石に甘いので、ダイエット中のアーサーは、そうそう、飲む訳にはいかなかったが。


「夜の住人?ですか?」

「そう。」

ブリターニ王国にはクランと呼ばれる部族がある。それは貴族とはまた別で、王政よりはるか以前の土着の地縁で結ばれた血族を意味する。クラン毎に独特の紋様があり、カグヤ姫に贈られた膝掛けの格子模様も、その一つだ。そのクランと深く結びついているのがコケルト神話であり、古の時代から続く習慣に、冬のソルスティスの夜は一人にならない、と言うものがある。

昼の時間が一番短い冬のソルスティスは、つまり、夜が一番長い日でもある。夜の住人の力が一番強くなる日で、そんな日に一人でいる者は夜の住人に連れ去られる、と言われる。その為、家族や近しい友人たちを共に過ごすのだ。共に過ごす人が誰もいない者達は、酒場などに集まって一晩中飲み明かす。後世、それが冬のソルスティスの過ごし方が二極化した理由になっていたりする。不幸にしてほんのわずかな瞬間に一人になった子供を、夜の住人が連れ去る事がある。その際、夜の住人は発見を遅らせるためか、連れ去った子供にそっくりの欠片を残す。それが取り替え子と呼ばれる器だ。連れ去られた子供は、取り替え子の正体がバレれば、その翌日には戻って来る。けれど、夜の住人たちと過ごした時間が長ければ長い程、取り替え子には、この世界が詰まり、連れ去られた子供は、夜に染まる。

そう、言われている。


そんな神話やおとぎ話を、アーサーはテイとオキナに話して聞かせた。ゲッショウ王国には、ソルスティスを祝う習慣はないからと、二人はアーサーの夜更かしに付き合ってくれようとしている。

「二人とも悪いね。特別手当を出すよ。」

「ありがとうございます!ですが、カグヤ姫様は、ブリターニ王国の昔話まで、よくご存じですねぇ。」

テイが感心して言う。

「ははっ、まあ、ね。」

乾いた笑いで誤魔化すアーサーの膝掛けの上で、白い子猫がコロコロと転がった。





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