27 火事の後始末
「え?ガレス達が運んだんじゃないの?」
今度はアーサーが驚く番だった。「だって。じゃあ、誰が?」
「まさか?犯人?」
「いや、流石にそれはおかしいでしょ。」
ピヨピヨ。ピヨピヨ。首を傾げる人間達に雛たちは空腹を訴えて大きく口を開けた。
「取り敢えず、この子達のご飯を何とかしましょう。」
復活したガレスの指揮の元、雛たちを一旦、恒温室外に移動する。孵化後の殻を掃除し、まだ孵化していない卵の置き場所を整える。生まれたての雛はまだ、体温調節が上手くできないから、再び恒温室内に戻す。火事にあった飼育舎に変わる鳥舎は、まだ決まっていない為、その後は、取り敢えず、カグヤ姫の王女宮の一室を使う事として、恒温室の隣にケージを運び込む手筈を整えた。
「雛はここで良いとして、鳥たちはどうするんだ?」
アーサーの問いに、ガウェインの答えは明確だ。
「成鳥たちは緊急避難先に飛ばしました。飼育舎が落ち着いた頃、呼び戻せば問題ありません。ただ、帰還率は100%とは言えないかもしれませんね。何せ、この国は人が多い。避難期間が長くなれば、それだけ不慮の事故が起こる可能性が高まります。」
「?鳥たちは森に避難したんじゃないのか?」
「ふふっ、王女殿下、木を隠すなら森にと言うでしょう?鳥を隠すなら鳥の中に、ですよ。」
そう言ってガウェインは片目をつぶってみせた。
「今日はやけに、広場の鳩が多いねえ。」
ある晴れた日の午後、王都の南の端にあるノート・ルーダ神殿前広場で、焼き栗を売っている屋台の親父が零れた栗の実に群がる鳥たちを見て、首を傾げていた。
勿論、増えた鳥たちが、王宮の飼育舎から焼け出された伝書鳥たちである事は、この場にいる誰も知らない。彼らのねぐらが、ノート・ルーダ神殿の鐘楼である事も。
カグヤ姫に嫉妬したアリエル王女が意趣返しにと、”ちょっとした悪戯”をそそのかされ、招き入れたのは、グラード帝国の息のかかった上級貴族。視察に行った先の資材置き場で荷崩れを起こす、程度の嫌がらせの筈だった。それが、何故か、交通・交易省に隣接する伝書鳥の飼育舎に火を放っていた。アリエルには、全く訳が分からない。
わあわあと泣きながら、母親である第二王妃に抱き着く娘を、彼女は覚めた目で見降ろした。
「陛下からは、この度の其方の婚約は白紙に戻す、とお話がありました。また、暫く、モンサンシエルで礼儀作法をみっちり学ぶように、とのご命令です。」
「モンサンシエル?」
その名前に、当のアリエルではなく、姉のジャスミン王女が青くなった。
「お母さま!モンサンシエルって、あの、孤島の修道院じゃないの?そんな所にアリエルをやるだなんて。」
「お姉さま!そこって怖い所なの?」
更に顔を青くする下の娘と憤慨する上の娘を見やり、第二王妃は心の中で溜息をつく。
上のジャスミン王女はカグヤ姫の一つ下、アリエル王女は二つ下だ。二人とも何不自由なく育て、最高の教育を受けさせてきた。先日までは、ゲッショウ王国の二輪の花、と国の内外を問わず、娘たちとの縁談を望む貴族は絶えなかった。
それが、どうだろう。
ほんの数か月前。これまで引きこもりで食べる事にしか興味の無かった継子が、突然、表舞台に出て来たのだ。
まともな教師を付けず、何をしてもとにかく、褒めるように、と命じた。その一方で、王女宮の外には悪い噂を流し、他者との交流は妨害し、無知で我儘に育てた。その過程で、カグヤ姫に割り振られた予算を横流しする家臣たちを黙認した。彼らから、金品が贈られて来たのは、思わぬ副産物だ。
そうして自分の産んだ子供達を王位継承者に相応しく育てた、つもりだった。
一体、どこで掛け違えたのだろう。
だが、別に、娘の一人が修道院送りになったからと言って、それで、全てが終わるわけでは無い。彼女にはまだ、一人の娘と二人の息子がいるのだ。カグヤ姫が他家に嫁ぐと言うのなら、息子たちがこのゲッショウ王国の王位を継ぐのだ。ジャスミンにはその為に、何としても、北の覇者・グラード帝国で権力を握ってもらわねば。
「お母さま、ねぇ、お母さまったら。」
自分を呼ぶ娘たちの声に、己の物思いから第二王妃は意識を戻す。ここで、国王の機嫌を損ねては、それこそ、カグヤ第一王女が王位継承権を持ったまま結婚、と言う事に成りかねない。
「アリエルは、すぐ出発なさい。身の回りの物は、モンサンシエルで、全て用意されます。何一つここから持ち出すことは許されません。帰城は、国王陛下の御心次第で叶いましょう。」
第二王妃はそう言うと、自分の侍女たちに、アリエル王女を連れ出すよう、命じた。
「グラード帝国の方々へのご挨拶は、ジャスミン、貴女がなさい。妹の不始末を、如何に上手く捌き、使節の方々に、不信を抱かせないか、これまで貴女にかけてきた教育の成果が、試される時よ。」
「「お母さま!」」
王女たちの声が重なった。一人は期待に応えようと張り切り、もう一人は絶望に打ちひしがれて。
「大事な証人の生死を人任せにしちゃ駄目だよね。まあ、身分からいっても証拠能力が無いと思ってるんだろうけど。」
ちゃぷちゃぷと波がボートに当たる音がしている。
頭から布袋を被せられ、後ろ手に縛られた男が、船底に転がっている。
「お預かりします。」
「んー、返さなくて良いよ。」
ここはゲッショウ王国の北西の海上。真っ暗な海の上、灯りもともさず二艘の小舟が隣り合って並んでいた。双方のボートには背の高いフードの男が一人乗っている。フードの男たちはそれぞれ軽くジャンプするとその立ち位置を変えた。陸から来たボートははるか沖に停泊する船に向かい、船から来たボートは陸に向かった。
「あーあ、姫さんの驚く顔、見たかったなぁ。」
陸に向かって、ボートを漕ぎながら、パーシヴァルは残念そうに溜息をつく。けれど、その顔は楽し気だ。
アリエル王女を伴いグラード帝国の息のかかった上級貴族たちが、視察と称して伝書鳥たちの家である飼育舎で騒ぎを起こす。正しく、伝書鳥事業にケチをつけ、妨害する為だ。それが、思わぬカグヤ姫の登場で不発に終わり、功を焦ったある貴族が交通・交易省に勤める傘下の下級貴族に火を放つよう命じた。勿論、下級と雖も貴族が直接手を汚すはずは無く、命じられた下級貴族は、飼育舎の掃除など雑用を請け負う下男を脅して実行を命じた。借金に首の回らない下男が、一も二も無く頷き、塔の横に山積みにされた資材に火を放ったところで、下級貴族は下男を切り捨てた。
交通・交易省に勤めている以上、下級貴族も伝書鳥事業の有益性とそれにかける王国の熱意も十分理解している。にも拘わらず、放火を請け負ったのは、命じた上級貴族が、彼が代々仕える寄り親だったからだ。火が燃え広がらないうちに鎮火すれば、事業は遅れることはあっても、撤退はない。そう読んだから、この理不尽な命を受けた。自分はたまたま、忘れた書類を取りに戻り、放火現場に居合わせた。犯人は抵抗したので仕方なく、切った。その為、消火が遅れ、気が付いた時には、火が燃え広がっていた、と。そう言うシナリオだった。
けれど、火事だと叫ぼうとする下級貴族を即座に拘束し、鎮火したのはパーシヴァルだ。驚く下級貴族の横で、切られた下男に応急手当を施す。そして、一連の計画を聞き出したパーシヴァルは、恒温室を軽く炙ると、卵を割れないように気を使いながら回収した。下級貴族には、自分は彼に放火を命じた上級貴族から送られたお目付け役だと説明し、計画通りに行動するよう指示をした。
「恐らく拘束されるだろうが、必ず、救出する。」
そう囁くと、パーシヴァルは、立ち去る。その頃には、周囲が騒がしくなっており、どう動こうと下級貴族が逃げられないのは明らかだった。
パーシヴァルとて、ブリターニ王国黒羽傭兵団の副団長だ。自分たちの手足として行動する鳥たちの世話はガレス親子程ではないが、当然出来る。寒さが忍び寄るこの時期、あまり長い間、卵を放置する訳にはいかない。パーシヴァルは、卵の預け先をカグヤ姫の恒温室に決めた。
カグヤ姫の住む王女宮は、子猫の毒殺未遂事件以降、ゲッショウ王国の中でも最もセキュリティの厳しい宮となった。そこに忍び込むのは至難の業。一つのミスが卵の生死を分ける。この緊張感がたまらない。
スピード重視で多少乱雑になったものの、火事騒動のおかげで、見とがめられることなく王女宮の恒温室にたどり着いた。卵がまだ冷え切っていない事を確認し、彼らが無事に孵る事を願う。
ふと、このままカグヤ姫の寝顔を覗いてやろう、と悪戯心がわいた。
昼間の使節団を追い払った手腕の見事さ。
あの一件で、ブリターニ王国から派遣された職人たちは、すっかりカグヤ姫贔屓になった。
アーサー王子を金で買った白豚王女。そんな噂も本国にはまだ根強くある。
彼らが国に帰れば、そんな噂を全力で否定して回るだろう。
それに。
あの黒馬。
漆黒の?何だっけ?
とにかく、サンダーアローは、アーサー王子の愛馬だ。気難しいあの馬が、カグヤ姫には懐いていた。
正直、目を疑った。頭に鳩を乗せ、背中に子猫がしがみついていた。鞍や鐙を付けるのさえ、慣れた馬丁でないと大変な思いをするのに。
しかし、流石に第一王女の寝室はガードが堅かった。逆に、恒温室に侵入できたのは王女宮の警備を王女の寝室周囲に集約したためだったからだと、パーシヴァルは、悟った。
「カグヤ姫ってアーサー王子の同類っぽい。楽しみだね。」
朝が来るのが待ち遠しい。クスクスと忍び笑いを漏らして、黒羽傭兵団副団長は、囚われているだろう放火犯たちの回収に向かったのだった。




