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白豚王女と乱暴王子の婚約事情  作者: ゆうき けい


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22 カグヤの日常

「はぁ、全く。どうしてわたくしが馬になど乗らなくてはならないの。馬車があるでしょ。」

『は?馬車?』

ゲッショウ王国では王城内の移動にも馬車を使う。とにかく敷地が広大なのだ。更に言えば、カグヤ姫の身分(と体格)では徒歩はありえない。

だが、ここブリターニ王国では騎馬での移動は当たり前だ。道も狭く、整備も手が回っていないので、馬車はガタガタと揺れ、非常に乗り心地が悪い。ゲッショウ王国の特別製の馬車をもってしても、海を渡ってからの旅路、カグヤは揺れのせいで吐き気と腰痛に悩まされた。


「ですから、わたくし、馬には乗らない、と宣言いたしました。」

『いや、まて。この話は一体、何処へ行くんだ?と言うか、俺の愛馬・大地の覇者漆黒の風サンダーアローは?』

「何その恥ずかしい名前。」

カグヤはドン引いた。

『大地の覇者漆黒の風サンダーアロー。俺が生まれた時からずっと世話をしている美しく速い自慢の馬だ。俺たちの絆は何物も断つことが出来ない!』

そう力説するアーサーに鏡のこちら側では、モーガン・フェイが床を転がって大笑いしていた。どうやら、これ以上、まともな会話は成り立ちそうにない。

「その何とかって言う馬、そちらに送るわ。」

溜息をついて、カグヤは通信を切った。



アーサー王子の朝は、侍女のモーガンに布団を剥ぎ取られることから始まる。これまで、大国の姫として、着替え一つ自分でした事の無いカグヤだ。専用の侍女のいない生活など成り立つはずもなく、アーサーがフェイを同行させたのはその為、と言っても過言ではない。

入れ替わり前のアーサー王子は、日の出と共に起き、騎士達の鍛錬に混じって、ランニング、素振り、模擬戦、とこなした後、朝食を摂るのが当たり前だった。その後は、城下の見回りに同行し、時には森に入り、時には港に行く。とにかく、動いていないと死んでしまう魚の様に、せわしない一日を送っていた。


カグヤも最初の頃は、目覚めてさえいないのに、練兵場に連れてこられた。

アーサーの日常はどれもカグヤの経験のない事ばかり。体が覚えている、何て事は無く。何にも出来ないカグヤに騎士達は呆然とした。

それでも、アーサー王子の肉体は子供であってもそれなりに鍛えた騎士のものであるから、カグヤの心さえ折れなければ、筋トレメニューは難無くこなせた。が、技術面は、全滅だった。


先ず、剣の持ち方がわからない。渡された模擬剣を棒の様に握って立ち竦むアーサー王子に、トリスタンも呆然とする。

「え?」「え!?」

横から、侍女役のモーガンがそっと、声をかける。

「トリスタン卿、アーサー王子殿下は、もう剣術は十分だ、と。カグヤ姫様とご婚約された今、傭兵団に入る事はありません。むしろ、小さくともゲッショウ王国の友好国の国王と成られる身。剣術より、優先すべき事があり、その身を守るのは、トリスタン卿らの御役目です。ね、殿下。」

「え?あ、あぁ。そう。もう、自らが剣を取る必要は無いでしょう?」

「・・・左様ですか、まあ、殿下が傭兵団に参加しないのであれば、それに越したことはございません。では、今後は基礎訓練のみといたしましょう。」

綺麗な一礼をして去って行くトリスタンの後ろ姿に、カグヤとモーガンはほっと息をついた。


「ふー、何とか誤魔化せましたかね。」とモーガン・フェイ。

「わたくし、剣なんて触った事は無いわ。」

「でも、まあ、アーサー君は、それなりに使えるようだから、こっそり後で、基礎的な事は教えてあげるよ。」

僕も剣はあんまり得意じゃないんだよねー、と自称大魔法使いは呟いた。魔法使いで剣士、とか、まあ、普通はありえない、とカグヤも思う。


次に問題になったのは乗馬だった。冒頭のアーサーの叫びの通り、アーサーには、ちょっと困った名前の愛馬がおり、乗馬も毎週遠乗りに出かけるほど大好きだった。

カグヤが初めて厩舎を訪れた時、アーサーの愛馬は最初、嬉しそうに寄ってきたものの、その大きさにドン引いたカグヤの恐怖した顔を見、一度、匂いを嗅いだ後、ふい、と顔を背けた。その後は無視を貫いている。つまり、天翔ける漆黒の風サンダーアローは、カグヤを拒否した。

暫くは、アーサー王子がゲッショウ王国に行っている間を放置されたと勘違いしているのでしょう、などと、他の騎士達もサンダーアロー号を慰めたり、一向に言う事を聞かない馬を不思議がったり、しまいには、怒ったりしたのだが、大地の覇者漆黒の風サンダーアローは、とうとう、カグヤに歯を見せて威嚇するまでになってしまった。

白豚王女のカグヤは、大国の第一王女である点を差し引いても、あの体格である。乗馬は経験がない。おまけに愛馬に嫌われてしまった。カグヤとしても、馬に興味など無い。

結果、馬には乗らない宣言になった。

騎士達の衝撃は推して知るべし、である。


この国に来て最初の頃は、慣れない鍛錬に疲れ果てて、朝食が食べられない日が続き、体中が痛くて、泣いた。それでも、午後には、例の公共事業関連の会議に参加しなければならない。理不尽だと叫んで、物に当たって、モーガン・フェイに呆れられ、慰めてももらえず。けれど、壊した物は魔法で直される。

「大暴れしてアーサー王子の評判をこれ以上落とす訳にはいかないからね。」

そう笑って、ウィンクをする訳知り顔に益々、腹が立つ。けれど、モーガン・フェイが壊した物をなかったことにしてくれなければ、カグヤの奇行は、ブリターニ国王の耳に入っただろう。

ゲッショウ王国第一王女との婚約で、人が変わったように乱暴に歯止めが利かなくなった、と思われ、婚約取り消し→ゲッショウ王国を怒らせる→戦争、ルートに入るわけにはいかない。


カグヤとしては、人生最大の努力をしている。少し動いただけで息が上がり、汗だくになる、そんな体から解放されて、鍛錬で走ったり、跳んだりするのは、確かに苦しい反面、ある意味楽しい。文句は言うし、物にも当たるが、それでも逃げ出さないのが、その証だ。だが、それは、あくまでカグヤレベルでの話で。これまでどんなに引き留めても無駄だったアーサー王子が、突然、傭兵団には入らない、剣術もしない、馬にも乗らない、と言い出し、これまで見向きもしなかった国策に弟のケイン王子と共に難しい顔をして向き合っている。自然、外に出る機会は減り、逆に王城で見かける事が多くなった。乱暴な行動が減ったアーサー王子を、意に添わない婚約に気落ちしている、と解釈する人間も多い。一方で、国際政治面でのカグヤ姫との関係は良好に見えており、それが、更に、アーサー王子は国の為に耐えている、と言う評判を作っていた。


カグヤ本人にとっては迷惑な話である。体が軽くなって、確かに、昔の様な嘲笑の籠った視線が無い分、自由に動ける。だからと言って、引きこもるのが好きな性分は変わらないのだ。同情されるのはアーサー王子(カグヤの心)で批判されるのはカグヤ姫(カグヤの肉体)。どちらもカグヤだ。


ゲッショウ王国第一王女のカグヤは、家族との関係が希薄であった。母親とは幼くして死別し、父親は失った最愛の妻の代わりとばかりに彼女を溺愛するばかりで、彼女自身を見てはくれず。第二王妃とその子供達とカグヤが直接顔を合わせる機会は殆ど無かった。母である第一王妃が無くなってから彼女の世話をしたのは、第二王妃の息のかかった者たちばかりで。ネグレクトに近い扱いではあったが、幼い時からそんな扱いを受けていれば、それが、カグヤにとっての当たり前になる。

逆に。

必ず、朝と夕の食卓を家族全員で囲み、お茶の時間もなるべく一緒に取ろうとするアーサーの家族は、王族と言うには、仲が良すぎる、とカグヤは思う。家臣たちとの距離も近い。更に言うなら国民たちとの距離が信じられない程近い。王城の厨房に食材を運び込んでいた農民が、カグヤに挨拶をして来た時には、心底驚いた。

王位継承権1位と2位の違い、大国と小国の違い、継子と実子の違い、女と男の違い。カグヤとアーサーの差異は幾つもある。が、そんなはっきりと言葉に出来るものでは無いような気がする。


質素な夕食を分け合って食べる。その日にあった様々な出来事、それこそ、庭の胡桃の木が実を落とし始めた、とか、ネシュ湖に今年最初の渡り鳥が来たようだ、とか、そんなどうでも良い話を、国王も王妃も楽し気に聞いている。ボロが出ては困るので、カグヤはアーサー王子として、ほとんど発言はしない。そんなカグヤに思う所はあるのだろうが、それでも、両親や兄弟たちは距離を置くでもなく、カグヤに同意を求めて視線を向けたり、声をかけて来る。


「おやすみなさい、兄上。」「おやすみ、アーサー。」

自室の前で兄弟と分かれる。自然と強張っていた肩から力が抜ける。モーガンが完璧な侍女として衣装の片付けから、就寝の支度を整える。

王族の寝具と言うには、固い布団に横になり、目を閉じる。一日の疲れが心地良いと感じる。

ユーラリナ大陸で一二を争う大国の世継ぎの第一王女として、何不自由なく暮らしてきたカグヤは、大陸の西の端、小さな島国の貧乏王国の第二王子を、今、少し、羨ましく思っている。



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