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白豚王女と乱暴王子の婚約事情  作者: ゆうき けい


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 20 万能の天才

目の前に幾つものコップが並んでいる。その前に達筆すぎる癖字で書かれた名前らしき物。その一つにスプーンを入れて、少量を掬い、ひとなめ。

「う”。ほんのり甘いけど、えぐい。」

吐き出す事は、マナーに反するので、アーサー王子は、口の中の物を息を止めてぐっと飲み込んだ。そのまま、横に置いてあった紅茶を口直しに飲む。余計、渋さが強調されて、涙目になった。

「ほっほっほっ。」

白いひげを撫でながら、万能の天才の異名を持つラヴィンが笑った。

「それは、クヌギじゃ。他にもあるぞ。えぐみが、開発の鍵じゃのぉ。」


アーサー、ケイン両王子が中心となって進められているカグヤ姫の婚約支度金を基金としたブリターニ王国改造計画は、ロマーニャ連合ヴァニス商会を中心に、動き始めた。

ここはその中心となっている会議室。入り口脇のテーブルに、一人、アーサー王子が腰かけ、並べられたコップから、一口ずつ樹液を味見している。

一方、ケイン王子は、目の前の円卓の上に広がる、新しい王都のジオラマに夢中だ。

「すごいですね、これ。」

目をまん丸くしてケインがジオラマを食い入るように見ている。「まるで、空の上から見ている様です。」

「ほっほっほっ。そうじゃろう、そうじゃろう。口でどんなに説明したところで、想像力の足らん者には、理解出来ん。その点、目で見る事が、出来れば、よくわかるじゃろう?」

確かに、と。マナーは悪いが口の中を紅茶で洗う様にして飲みながら、カグヤも思った。


円卓一杯に広がる新王都のジオラマ。

いつもは国王が座る席に王城を配し、中央と左右に計三本の主要道路が敷かれている。王城を中心に同心円が四つ。王城近くに貴族街、その外に商業地、その外に市民の居住区と広がって行く。これまでの城塞都市との一番大きな違いは、市民居住区の外壁がない事だ。その代わりに、今現在、王都と定められた区画の一番外側には水路が掘られている。商業地と市民居住区の間、貴族街と商業地の間、そして、王城と貴族街の間にも水路がある。つまり、王都外から王城に達するには4本の水路を越えなければならない。所々に大きな橋が設置され、そこを通れば、次の区画へ行くことが出来る。三重の水路は王都を守る為の堀であり、王都の交通の要の運河でもある。それぞれの区画内は更に小さな水路に分かれ、生活排水の通り道にもなっている。


「けれど、王都中を排水が流れるのは、新王都としては好ましくないですね、ラヴィン。」

現王都の中を流れる川は、市民の生活排水が流れ込み、夏は異臭を放っている。それが、病気の元になる事は皆、理解しているのだが、では、何処に排水を捨てるのか?と言う、質問に、ケイン王子は明確な答えを持たない。

「ほっほっほっ。その解決策が、これじゃ。」

ラヴィンが取り出したのは、黒っぽい塊。独特の匂いのするそれは、この国ブリターニ王国で農業が振るわない原因の一つ泥炭、だった。

「泥炭は皆が知っている燃料としての使い道以外に、土地の改良剤や建材にも使える。何より、水の浄化にも使えるのじゃ。このブリターニ王国は幸か不幸か泥炭地が殆どじゃ。農地として利用するには、水を抜くなどの開拓が必要。これまでは、その知識が不足していて手付かずじゃっただけ。儂が来たからには、そこも何とかするつもりじゃが、先ずは、街を作る為のしっかりとした地盤の改良をせねばならん。その為には、」


万能の天才の名にふさわしく、ラヴィンの口からは、次から次へと色々な構想が語られるのだが、如何せん聴衆側の知識が乏しすぎて、内容はチンプンカンプンだ。けれども、確実に話がずれていっている事は間違いなく。止めて欲しい、と言う視線が幾つもアーサー王子に注がれる。

カグヤはむっと眉間に皺を寄せる。

『何で、みんなしてカグヤを見るのよ!?カグヤには関係ないでしょ。』

無視して黙々と樹液の味見をする。樹液から甘味を得る、この事業はカグヤが本気で取り組んでいる、カグヤだけの案件だ。

集められた数種類の樹液を飲み比べても正直よくわからない。だんだん、舌がバカになって来た。

「うううー。水!」

ただでさえ、安物で口に合わない紅茶を更に不味くして飲みたくは無いので、カグヤは水を要求した。

と、そこで反応したのはラヴィン。

「おお、そうじゃった、そうじゃった。水の浄化の話じゃったの。」

カグヤは、意図せぬままに、皆から感謝される事となった。


Q. acutissima 、A. saccharum、等々、10種類の樹液を味見し終え、アーサー王子はテーブルの上に突っ伏していた。

『本当にこんな物から甘味が出来るのかしら。』

アーサーと入れ替わり、甘い物が全くと言って良い程、口に出来なくなり、甘味に飢えていたとは言え、甘味を作り出すなどと途方もない事を、自分がするなど、これまでのカグヤからすれば、考え付かない発想の転換だった。

大国の溺愛される第一王女として、何か欲しけれは、欲しいと言うだけで良かったのだ。欲しければ、自分で何とかしなくてはいけない、そんな当たり前の事さえ、してこなかったカグヤだ。目の前に並べられた樹液の味見だけで、既に、ギブアップしたい気分だ。

甘味を手に入れるだけなら、それこそ、今はカグヤ姫を演じているアーサーに手配させて送らせればよい。けれど、それだと、日持ちする甘味しか食せない。

カグヤはフレッシュなお菓子が食べたいのだ!

ならば、菓子職人を王城で雇えば、と考えたが、その費用をカグヤ姫に出させる事を、国王夫妻を始め、宮廷中に反対された。既に”カグヤ姫様には大変お世話になっているから”と言うのだ。

実際、アーサーはカグヤのお金やコネを使って、自分の実家であるブリターニ王国に様々な援助をしている。カグヤ姫にお世話になっているのは間違いないのだが、そのカグヤ姫たる本人の為にはなっていない援助だ。

「はぁ。」

カグヤは大きなため息をついた。やはり、結局はアーサー王子の体を使って、カグヤが作るしかないのだ。


「兄上?」「アーサー王子殿下?」

「足りない。」

アーサー王子の大きなため息に、皆、ぎょっとして振り返った。「旨味が足りない。」

カグヤとしては、味見した樹液の糖分が薄すぎて、このままでは、甘味として使えない、の意味でのつぶやきだった。

けれど、何故か、それを聞いたシャイロとラヴィンが、がっくりと膝をつく。

「くっ、確かに。」

「これでは、他国から来た見学者に、興味を持ってもらえませんね。」

そう言って、一人は、会議室を飛び出し、一人は、猛然と、床に何事かを書き始めた。

カグヤはただ、テーブルに並べられたコップをゆらゆらと揺らして、どうしたものかと、途方に暮れていた。



万能の天才・ラヴィンは、アーサー王子に言われた”旨味”について考える。

ブリターニ王国の新王都建設に、ラヴィンは自分の持てる全てをつぎ込んだ。これまでの都市には無い、様々な新しい試み。万能の天才の名に相応しい都市計画になったと思う。しかし、些か、いや、かなり、理想を詰め込み過ぎた、と言わざるを得ない。

理想を形にする為の技術。実際問題、それが理想に追い付いていない可能性を忘れていた。

ラヴィンは、アイデアを出す。けれど、それをくみ上げていくのはラヴィンではない。どんなに素晴らしい設計図でも、組みあがらなければ、それはただの絵でしかない。

技術者が必要だ。優秀な技術者を育てる事から始める必要がある。

時間はかかる。けれど、それは、この国の”旨味”になる。

どうせ、新王都の建設には何年、何十年とかかる。それだけの物をこの計画には組み込んである。

ならば、建設費用を稼ぐ一方で技術者を育てよう。

新王都の完成が、ラヴィンの生きているうちに可能かは分からないが。

「新王都の設計は完璧じゃ。」

まずは、水路の循環システムを、と考え、いや、その前に、金儲けの必要があるじゃろうか?とラヴィンは思った。

今まで思いついただけの、発明品の幾つかをヴァニス商会経由で売りに出せば、そこそこの小銭稼ぎにはなるだろう。しかし、まあ、それではつまらないなぁ。

今、この国にある物で、ちょっと手を入れれば、”化ける”商品は無いのだろうか?

そう言えば、先日、伝書鳥に関してゲッショウ王国との間で、何かの合意を結ぶ話になっている、それにヴァニス商会も絡ませて欲しい、と幼い相棒(シャイロ)が申し出ていると聞いた。

伝書鳥。

ふむ。これは、意外と面白い事になりそうだ。

そう、万能の天才は独り言ちた。





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