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2 封印

アーサーが投げつけた木の棒は狙い違わず、鳶の片翼に当たり、羽が傷ついた鳥は高く飛び上がることが出来ず、生垣の上ぎりぎりをふらふら飛んでいく。それに向かって思いっきり飛びついたアーサーは、勢いよく生垣を飛び越えた。その先に何かあるとは考えてもいなかった向こうみずな少年は、そこにあった何かに思いっきりぶつかった。結構な重量のそれと共に倒れ込んだ先も生垣で、抱き取った鳶を子猫ごと庇うように体を丸めた。枝が刺さる痛みを覚悟したが、代わりに感じたのは浮遊感。驚いて咄嗟に閉じていた目を開けると、鮮やかなピンクが視界を塞いだ。そして、地面に叩きつけられる衝撃。アーサーは意識を失った。


「うなー、うなー。」

離れた所から、子猫の鳴き声が聞こえる。

『あいつ、無事だったんだ、良かった。』

ホッとすると同時に意識が戻ってくる。ゆっくり指先を動かしてみる。問題なく動く。“パニックにならないよう、目を開けるのは最後だ。“

アーサーには、正式に剣を教えてくれる教師の他に、勝手に師事している元傭兵がいる。その爺さんが、教えてくれた中にサバイバル術があった。一国の王子であっても、傭兵団に入るつもりのアーサーにとって、戦争に行けば野営もするし、友軍と離れ離れになる危険もある。城で守られている王位継承者でない以上、戦場の自分を守る手段はいくらあっても困らない。

その元傭兵の教えに、“視覚情報は恐怖を呼ぶ“と言うのがある。要は、目を開けてしまうと見える物に注意が行ってしまって、見えないものへの対応が疎かになる、と言うことだ。例えば、誘拐されて気を失ったあと、気がついて、すぐ目を覚ましても声をだしてはいけない。まず、自分の現状を正しく理解する事が生き延びる、助かるのに必要だ、と。

『さすが、師匠。』

アーサーは手の指が全部動くことを確認し、次は手首、肘、肩、と少しずつ動かし、右肩に痛みがあることを確認した。次に足首。同じく右足首に鋭い痛み。左は無事。首を左右に振る。吐き気もない。湿った土と草の匂い。生垣の先が崖にでもなっていたのだろうか?そろそろと目を開ける。辺りは薄ぼんやりと明るい。

「あー。」

声は出るが、自分の声じゃないみたいに聞こえる。耳か?


「う、うっ。」

隣から呻き声が聞こえ、アーサーは自分がぶつかったのはひょっとしたら物ではなくて者だったのかも、と青くなった。

「おい、大丈夫か?」

痛みを堪え、半身を起こし、声の方を向いて、アーサーは愕然とした。

「痛ったーい。もう、何処見てるのよ!?カグヤに何かあったら、パパがただじゃおかないんだから!むち打ちよ、むち打ち!って、え?」

そう言ってこっちを向いた相手も、その場で凍りついた。

「「なんで俺「カグヤ」がそこにいる「の」んだー!」「しゃー!」

二人の大声に子猫が毛を逆立てた。


「やあ、やっと気がついたんだね、お二人さん。」

その声は半身を起こした二人の頭上からかけられた。

まだ他に人がいたのか?しかし、気配は感じられない。首を持ち上げてみた先にあるのは、崩れ落ちた石柱とその上に止まっている鳶。

「その声、まさか、あなたがカグヤを呼んだの?」尋ねたのはアーサー(?)。

「お前、チビ助をさらった鳶か!」詰問したのはカグヤ(?)

「君を呼んだのは間違いなく僕だよ、お姫様。」

「子猫を攫ったのは僕じゃなく、今はこの石柱に封じられている鳶だよ、王子様。」

「ふしゃー!」

「そう怒るなよ、獣の子。君の怪我を治したのは僕だよ。」

「チビ助、お前怪我してたのか!大丈夫か?」

「は、ちょっと、どうして鳥がしゃべるのよ!それになんで、カグヤが二人いるの?」

「はあ?俺が二人だろ。」

「嫌だなあ、二人とも現実逃避しないでよ。君たちが入れ替わってるだけでしょ。」

「ふしゃー!!」


カオスここに極めり。


お互い好き勝手叫ぶこと数分。カグヤの中にいるアーサーはさすがに痛みが限界にきつつあった。脂汗が滲んで、目が霞んできた。それにこの体。デブすぎて片足で起き上がることが出来ない。意識を失う前に聞いておきたいことがあった。

「おい、鳶。こうなったのはお前のせいだろう?ちゃんと説明しろ。」

「あー、やっと、聞く気になった?全くお子様は手がかかるね。」

やれやれと鳥のくせに肩をすくめて、鳶は優雅に見える仕草で、右の羽を胸にあて、右足を軽く引く一礼をした。

「お初にお目にかかる人間の国の王子と王女よ。僕は、フェイ。妖精王に使える魔法使いだよ。」


「「魔法使いのフェイ?」」

「そう、ちょっと呪詛返しにあってね、この地に封じられてしまったんだ。今、何年?あ、そ、じゃあ大体150年位前かなあ。で、この石柱が封印の鍵ね。これを壊して欲しかったんだ。だけど、壊した人が代わりに封印されちゃうんだよ、これが。意地悪いでしょー。」

何楽しそうに話してんだこいつ。お前、白豚姫に助けを求めたんじゃないのか?

「それって、ひょっとしてカグヤがその石の中に閉じ込められていたかもしれないって事?」

青ざめてカグヤ(アーサーの顔)は震えた。

「え?何か不都合あった?だって、お姫様の願いは、この間違った世界の破壊、人類滅亡でしょ。僕がそれをかなえてあげる。」

鳥のくせにきょとんとした表情で聞き返す魔法使いに、益々、カグヤ(アーサーの顔)の顔色は悪くなった。

確かに、悪口から逃げ出すカグヤが、”こんなの、間違ってる!!こんな世界、壊れちゃえ!皆、いなくなっちゃえ“とは思った。思ったが、だからと言って、本当にそれを望んだわけでは、当然ない。


「だけどさー、まさか、もう一人降ってくるんだもんなー、びっくりしたよ。で、結局、石柱を壊したのは、王子様の抱いていた鳥、だったから、僕は鳥の体に入っちゃった訳。で、多分だけど、その入れ替わりに君たち二人も巻き込まれたんだろうねー。」

「「だろうねー、っておあなた!」」

「知らないよー、僕のせいじゃないもの。」

「どうしたら、元に戻るの?」

「さあー。僕も困ってるんだよー。この鳥の体じゃ、自由になったとは言い難いからねー。」


「ちょっと、あなた、大丈夫?」

アーサーの体の方はカグヤを下敷きにしたせいか、ほとんど無傷だ。カグヤ(中身アーサー)の様子がおかしい事に気がついたカグヤ(アーサーの体)が、手を伸ばした先で自分がぐらり、と倒れた。どすん、と到底、少女の体が倒れたとは思われぬ重量級の音がして、目の前の真実にギョッとする。

「多分、骨折はしていない。だけど、右足首は捻挫してると思うし、右手はまともに動かない。」

「ど、どうするのよ。」

オロオロするカグヤにアーサーは嫌そうに眉を寄せた。

「ワタつく俺って、勘弁してくれ。とりあえず、あんたのこの肉布団のおかげで俺の体は無事なんだ。助けを呼びに行けるだろ。」

「で、でも、でも。って、何であなたがカグヤに命令するのよ!」

「うっせぇ、俺が死んだら、お前のこの体も死ぬんだ、ウダウダ、言ってないでさっさと行け!」

最後の気力を振り絞ってそう言うと、アーサー(カグヤの体)は気を失った。

「ちょっと!あなた、ねえ・・・。・・・どうしよう。・・・どう、しょう。」

気を失っていながらもものすごく息は荒く、汗もじわじわ流れている自分(カグヤの体)を見つめてカグヤ(アーサーの体)は、へたり込んだ。汗を拭こうにも、ハンカチは見つからず、仕方なく、彼(自分)が巻いているクラバットを外して、それを使う事にした。機械的に自分(カグヤの体)の顔や首の汗を拭いているうちに、段々、気持ちも落ち着いてきた。横に心配そうに彼(カグヤの体)を舐める子猫の存在に癒される。


「これが私、なの、ね。」

緊急事態にも拘わらず、いや、むしろそうだからこそ、妙に冷静になってしまった。現実逃避とも言う。鏡で見るのとは違う、自分。太った体にけばけばしいドレス。どうして、こんなのを、侍女たちは綺麗だ、美しい、と褒めそやしたのだろう。会場にいたどの令嬢たちより、高貴な身分にも拘わらず、陰口をたたかれる理由が、何となく、理解できた。

「違うよー。」

その事実に落ち込んでいる所に追い打ちが来る。

「王女様が蔑ろにされている理由は、その醜い容姿だけじゃなくて、何も知らない小娘のくせに上から目線の偉そうな所とぉ、騙されてるにも気が付かないおバカな所だよぉ。」

羽を繕いながら鳶が、断罪した。

「はぁ!?カグヤは偉そうなんじゃなくて、偉いのよ。それに、騙されてって、何よ!」

思わず立ち上がると体がぴょんと跳ねた。

「え!?体が軽い。」

今までの感覚で動くと、予想外に体が自由だ。「何これ?」

「んー、それが、世間一般で言う、当たり前?王女様の体重の三分の一?良かったねー、楽して痩せられて。けけけ。」

鳶が嫌味を言って来る。

「しゃー!」

立ち上がったカグヤにカグヤの体(中身アーサー)を心配していた子猫が威嚇してくる。


「この天才魔法使いのフェイ様が、おバカな王女様の勘違いを訂正してあげよう。まず、偉いのは王女様じゃなくて、王様。まあ、この場合の”偉い”も、単なる人間社会の身分制度においてのみ言える事で、何かを成したから”偉い”って訳じゃ無いから、僕的には尊敬するに値しないけどね。で、次に騙されてる、って言うのは、まあ、もう、本当は自分でも気が付いてるんでしょ。流石に。」

がっくり、カグヤは座り込んだ。そう言いつつ、ダメ出しの様にフェイは続けた。

「まず、王女様の周りにいる侍女や侍従たちは、皆、第二王妃様の命令に従ってる。王女様が何も知らない、世間知らずで、我儘で高慢なのも、そうなる様に第二王妃様が仕向けたから。だから、そうなった責任の半分ぐらいは他人のせいにしても良いよ。でも、残り半分は自分で考えようとしなった自分の責任だからねー。12歳?そんなの関係ないねー。それと、王女宮の予算も侍女たちを通して、第二王妃様に流れてるよー。王女様が買った事になってるドレスや宝石は、ほとんど、第二王妃様の子供たちに使われてるねー。ちゃんと王女宮の財産管理をする人間には信頼できる人を置くべきだよー。使ってもいないお金を使った事にされて浪費王女って呼ばれてるの、可哀想ー。くけけけ。」


「う、うるさい、黙りなさい。」

「くわあぁ。」欠伸をされた。


改めて、今の自分の体を触ってみる。確かに今までの少女の体に比べて指も腕も随分ほっそりしてる。体全体が軽いから、多少動いたぐらいでは息が切れる事も無い。

ちらりと目の端で倒れている自分の体を見る。

「んなぁ、んなぁ。」

心配そうに、顔を舐めていた子猫が咎めるようにこちらを振り返った。


「何よ!わかってるわよ。私の体だもの。助けを呼ばなきゃ。それに、この体なら、走れそう。」

カグヤがやっと行動しようとしたことで、バサバサと羽音を立てて、鳶も飛び上がる。子猫は慌ててカグヤ姫の乱れてしまった髪の中に潜り込んだ。

「あー、一応、僕も恩知らずじゃないから、出口まで一緒に行ってあげるよ。

さあ、自由に向かって走ろうじゃないか!」

魔法使いのフェイは脳天気に叫んで、飛び立った。慌ててカグヤ(アーサーの体)は追いかける。


しばらくして、姿の見えなくなった主役の王女と招待国の第二王子を探していた騎士達に挙動不審なアーサー王子は発見され、無事にカグヤ姫(中身アーサ)は救出された。子猫はアーサー(中身カグヤ)が連れ帰ったが、カグヤ姫の体から離すと大鳴きする為、お風呂で綺麗にされた後、カグヤ姫の枕元に寝床を作ってもらい、ずっと側についていることを許されたのだった。

カグヤを外に案内した後、鳶は大きく円を描いた後、どこかへ飛び去った。

「王女様の世界を滅ぼす望みは、僕が完全復活してからねー。」

と言い残して。







カグヤ姫=心はアーサー、体はカグヤ

アーサー王子=心はカグヤ、体はアーサー

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