18 懸賞
ケイン第三王子のアイデアで、カグヤの宝箱の中身の金貨を、”この国を豊かにするアイデア”を募集する懸賞にする事が公布された。それは貴族、平民を問わず、誰もが、この国の為に考えたアイデアを申し出るように、と言う、世界全体でも初めての試みだった。
とは言え、全ての者が文字を読め、書ける訳では無い。公布された内容を、都市では役人が、農村部では世話役たちが、話して聞かせ、そして、アイデアを出したものの言葉を書き留めた。
代理人たちには、事前に、つまらないアイデアだと思っても、その場で否定はしないように、ときつく、申し渡されている。
その為、集まったアイデアには、”税金を失くす”とか”みんなで海賊になる”とか、”大国の属国になる”とか、とても許容できない内容のものから、”街を花でいっぱいにする””上下水道を全国に整備する””誰でも入れる学校を作る”など、微笑ましいものや、為政者として耳の痛いもの、多方面に渡る玉石混合のアイデアが上げられた。
それらのアイデアの山を前に、アーサー王子は、盛大に溜息をついた。
「なんで、こんな事。王子がしなきゃならないの?」
その横で、ケインが楽しそうに仕分けをする。
「兄上のアイデアなんですから、がんばりましょう。」
自分は何もしていないはずだ、とカグヤは思い出してみる。
「やっぱり、違う。」
「アーサー王子殿下、カグヤ姫様の為、頑張りましょう。」
文句を言いそうになったところで、モーガンの牽制が入った。
カグヤはぐっと口を噤んで、次の資料に手を伸ばす。
「僕は、嬉しいんだ。こんなにも沢山の人が、この国を豊かにする為に色々な事を考えてくれている。夢みたいな事や、とても現実的な事、僕たちが思ってもみなかったアイデアが一杯で、この中からたった一つを選ぶなんて出来ないよ。」
ニコニコと笑ってはいるが、元々、体の弱いケインには、長時間のデスクワークは負担になっているようだ。このタイミングでモーガンが現れたのは、新たなアイデアの山を持ってきただけではなく、休憩のお誘いだったようだ。
「別に一つに絞る必要は無いんじゃない?良いアイデアなら、実現すべきよ、だ。」
なるべく話さないよう心掛けてはいるが、ついつい、カグヤは気が緩んで、元の言葉遣いをしてしまう。今回も、延々読み続けた書類のせいで目も肩も疲労の限界だ。
『甘い物。甘い物が欲しい。』
手に入らないと思うと余計に食べたくなるのが、人情と言うもの。
そう言えば、と朝方に見たアイデアを思い出す。発案者の年齢だけを見て、ボツにしたが、その中に樹液は甘いから集めてお菓子を作ったらどうでしょうか、と言うのがあった筈。本当にそうなら、是非作ってもらいたい。
慌てて、ボツアイデアの山をバサバサとひっくり返し、モーガンにがっつり睨まれた。けれど、カグヤの目は、望んだ文字以外を見ていない。
「あった!」
呆れるモーガンと微笑ましく兄の行動を見守るよくできた弟に満面の笑みでアーサー王子は一枚の紙を掲げて見せた。
「これ、これで決まり!」
その紙には
【カブトやクワガタが集まる木の蜜を舐めたら甘かった。集めてお菓子を作る。】
とあった。
モーガンは何事も無かったかのようにお茶を入れ始める。けれど、ケイン王子は考え込む。
『樹液から砂糖みたいな物が採れる?うん、何かで読んだか、師匠に聞いたかした記憶がある。これは・・・面白いかも。』
「お菓子!お菓子だよ、モーガン!」
大興奮して、目をキラキラさせるアーサー王子にケインは首を傾げる。
「兄上、って、そんなに甘い物がお好きでしたか?」
「大好き!」
反射的に答えてしまい、カグヤはぎょっとした。
「ゲッショウ王国のお菓子はとても美味しかったですからねぇ。」
しみじみとモーガンが遠い眼をして言うので、カグヤもブンブンと首を振って同意する。
「えー、そんなに?すごい気になる。どんなお菓子があったのですか?」
そんなに凄いお菓子なのかと、ケインも気になってそわそわし始め、アーサー王子に対する小さな疑問は消えてしまった。
その後、ケーキ、クッキー、シュークリーム、プリン。様々な味と形のお菓子の数々を、アーサー王子が、詳細に説明し、三人のお腹がぐぅとなったところで、その日の作業は終了となった。
後半、全く、アイデアの審査は、進まず、ケインはお菓子の魔力に震えるのだった。
取り敢えず、”樹液から砂糖”案はボツを免れた。
しかし、増え続けるアイデアに、アーサー・ケイン両王子を含めた数人の文官だけでは、対応しきれず、我慢の限界に達したアーサー王子が書類を破り捨てようとした時、依頼していたロマーニャ連合国ヴァニス商会から二人の人物が、王城を訪れた。
けれど、それをみたカグヤは、更に苛立ちを爆発させた。
「カグヤを馬鹿にしてるの!」
アーサー王子の様に怒りを見せる事は無かったが、ブリターニ国王も困惑を隠せない。
ブリターニ王国の王族の前に控えているのは、一人は年老いた老人で一人は年端のいかない少年だったからだ。
けれど、カグヤの怒声にひるむことなく、少年は堂々と名乗った。
「ブリターニ王国の太陽にご挨拶申し上げます。ロマーニャ連合国ヴァニス商会のシャイロと申します。この度は、ゲッショウ王国カグヤ第一王女殿下のご紹介により、貴国の新たなる試み:公共事業の公募とその選定、に我が商会をご指名頂き、誠に光栄の限りでございます。」
「こんな子供と老人を寄こすなんて!許さない、ヴァニス商会。カグヤの言葉を何だと思ってるの!」
鞭打ちの上、叩き出す、と息巻くアーサー王子に、やはり我が国は侮られているのか、と屈辱を感じていた国王も、若干、冷静になる。
「うむ、遠路ご苦労だった。・・・だが、シャイロとやら、其方は幾つだ?それに・・・、そこなるご老人は?」
「はい、私は今年で14となりました。この度のご依頼が単独で受ける初仕事となります。ですが、商会の仕事には8歳の時から携わっております。それでも、皆様が、ご不安に思われる事は重々承知しております。その為、私の補佐に、このラヴィン殿がご同行して頂いております。」
そう言って、シャイロ少年は、後ろの草臥れた老人を紹介する。
14歳。初仕事。
そこまで聞いてカグヤの頭は真っ白になる。ゲッショウ王国第一王女として育って12年。カグヤ姫の望みは全て叶えられてきた。早ければその日の内に、最上の品質の最高の状態の物が届く。それが、カグヤの常識だった。(例え、ドレスや宝石を誤魔化されても、予算をちょろまかされていても、それを知らないカグヤにとって、最高で最上、と差し出された物はそう、なのだ。)
それが、長々と(カグヤの認識)待たされた挙句、やって来たのが、この二人。自分と2歳しか違わない子供といつ死んでもおかしくない老人。馬鹿にするにもほどがある!怒りでぶるぶる震えるカグヤが辛うじて席を立たなかったのは、脇に静かに控えながら、面白そうにこのやり取りを見ているモーガン・フェイの存在があったからだ。
あの自称大魔法使いは、カグヤとアーサーの入れ替わりの原因であり、入れ替わりがバレないように力を貸してくれる協力者である。二人が本来の姿に戻れなければ精霊王の元に帰れない、そう言いながら、この状況を楽しんでいる節さえある。ここで、また、アーサー王子の姿をしたカグヤが何かやらかせば、絶好の娯楽を与えてしまう。
叫び出したいのをぐっとこらえて、クラバットを握りしめる。カグヤ姫のドレスから作り直した最高級のレースだ。本当のカグヤとの繋がりを持つ物。
そんなカグヤの葛藤を知ってか知らずか、アーサー王子の横に立つケイン王子がラヴィンの名前に反応した。
「ラヴィン・・・。ひょっとして、万能の天才として名高いレオ・ラヴィン殿、ですか?」
「過分にもそのような名で呼ばれた事もございました。」
そう答えた白髭の老人に、ブリターニ王国宮廷はざわめいた。
レオ・ラヴィンは、画家であり、彫刻家であり、建築家であり、発明家である。まさに万能の天才、と言うに相応しい高名な芸術家だ。各国王家が召し抱えようと招聘したが、一枚の絵、一つの彫刻、一つの教会デザイン、それらを仕上げると、その国を辞してしまう。しかも、どんなに素晴らしいと依頼主が賞賛しても、ラヴィンが気に入らなければ、全て廃棄されてしまう。よって、名声のわりに残されている作品が少ないのも特徴だった。
その万能の天才が、ヴァニス商会と共に今回の公共事業に関わってくれるらしい。
ケイン王子のキラキラした瞳から、どうやら、この人選は見かけほど、悪くはないらしい、とカグヤは感じたが、その理由はさっぱり理解できなかった。




