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白豚王女と乱暴王子の婚約事情  作者: ゆうき けい


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11 悪意の表出

そんな事があった事をすっかりアーサーが忘れてしまっていた数日後、

「キャス〜、ご飯だぞ〜。」

車椅子を自走して王女宮の厨房に子猫用のミルクをもらいに行くのが、アーサーの朝食前の日課になっている。

「んにゃ♡」

お皿に入ったミルクに、寝ていたカゴから、白猫が飛び出して来た。

アーサーは右肩の三角巾も外れ、両手が自由に使えるようになった。右足はまだ、すね当てで固定し、体重をかけないようにしているが、もう、車椅子をやめてそろそろ杖にしようと思っている。

「あー、走りてー。」

どんなに筋トレしたところで、車椅子生活では、運動量が全然足りない。ストレスでアーサーは気が狂いそうだった。

「キャスも外行きたいだろ。」

そう声をかけて振り返った時、「キェッ。」と小さく苦しげな声をあげて、キャスが口から血を吐いた。

「キェッ、キェッ。」苦しげに何度か嘔吐き、その度に真っ赤な血が、ミルクの中に、床に、キャスの白い体毛に飛んだ。

「キャス?キャス!」

アーサーは車椅子から転がり落ちると、子猫の元にずりよった。

車椅子の倒れる音に慌ててオキナがドアを開けて入ってくる。

「!?」

「キャス、キャス!」

アーサーは泣きながら子猫を抱きしめた。もう、キャスの顔も胸も真っ赤に染まっている。

オキナは、瞬時に何が起こったのかを知り、続いて駆けつけた騎士達にハンドサインで王女宮の閉鎖を命じた。


ひっくり返った子猫の餌皿に残ったミルクをほんの少し指に付け、舐める。そして、慌てて吐き出す。間違いない。

誰かが、第一王女の飼い猫に毒を盛ったのだ。

王女宮は宰相の手が入ったのち、全ての人間が入れ替えられていた。勿論、宰相の眼鏡に適った人間ばかりである。厨房もスタッフは元より、出入りの業者さえ厳選された者たちだ。にも拘らず、王女の飼い猫のミルクに毒が入れられた。と言うことは、いつでも王女自身に毒を盛ることができるという意思表示に他ならない。

オキナは宰相に連絡を入れるよう手配をすると、子猫を抱えて泣き続けるカグヤ姫の元に向かった。

可哀想とは思うが、子猫のおかげで王女の危険を避けることが出来る。子猫も丁重に葬ってやろう、と、姫に手を伸ばした時。

「ミ。」

「キャス?」

子猫は小さく舌を出して、自分を抱き抱えるカグヤ姫の指を舐めた。

『生きている!?』

「キャス!」「ミー。」

かなり弱々しいが、子猫はその綺麗な緑の瞳を開けた。「キャス、キャス、キャス。」

「オキナ、獣医の先生を早く!」

信じられない思いを顔に貼り付けたまま、護衛騎士のオキナは獣医を呼ぶよう部下に命じた。

自分の舌先に痺れが残ってる。体格の良い人間が少し舐めただけで、影響が出るような強い毒だ。掌に乗るような小さな子猫なら、ひと舐めで即死してもおかしくは無いはずだ。『奇跡か?』

「キャス、キャス。」

アーサーはもう子猫の名前を呼ぶことしかできない。


「キャスも普通の子猫ではなくなっていることをお忘れなく。」

魔法使いフェイの言葉が蘇る。それがどんな意味を込めて言われた言葉か、ようやく涙の止まった頃になって、アーサーは思い至った。自分たちの心が入れ替わっただけでなく、石柱に閉じ込められていた古の魔法使いが、鳶と入れ替わっただけでなく、その場に居合わせた子猫にも、あの場の影響は確実にその身に起こっていたのだ。


不死の猫?


あの時、小さなキャスの体から命が流れ出ていくのを、アーサーはなすすべなく見ているだけだった。最後の息が自分の指にかかって、やがて・・・。

「生き返って良かった。」

今はクッションに囲まれ、くーくー寝息を立てている小さな体にそっと手を添える。その暖かさに、キャスに何が起こっていたとしても、今ここにいてくれる、それだけで、十分だと思ってしまうアーサーだった。


キャスが生き返った事は、幸い誰にも知られなかった。毒を盛られたがすぐに吐き出した為だろう、と獣医が診断した事、子猫の生死より、第一王女の身近に毒を盛った人物がいた事の方が重要だったからだ。毒を盛った犯人は、特定されなかった。しかし、その日を境に数名の男女の姿が王女宮から消えていた。


警備の責任を問われ、護衛騎士のオキナは国王から直々に呼び出しを受けた。死を覚悟して臨んだオキナに対し、国王はただ一言、「自分とカグヤ姫以外の王族に対する不敬を問わない」とのみ伝えた。

それは、見舞いに訪れた国王に、アーサーが犯人は第二王妃に違いない、と告発した事に対する、解答。国として第一王女の告発を認めるわけにはいかないが、これ以上の被害が彼女に及びそうな時には、身分に関わらず、排除することを許可するものだった。


王宮を噂が駆け巡る。

第二王妃が第一王女を害そうとした?と。カグヤ姫の可愛がる白い子猫が犠牲になり、毒を飲んだ。事件当時のカグヤ姫の取り乱し様は酷く、子猫を手放さないどころか、全ての食事を拒否する程だった。

今まで、表舞台に出て来なかった第一王女。贅沢で我儘で、癇癪持ちの醜い白豚姫。そう噂されていた姫は、質素で公平で口は悪く確かに太ってはいるけれど、その心根は真っ直ぐだった。彼女と接した騎士達はこぞって王女宮への勤務を希望したと言う。

一方で、可愛らしく大人しいと思われていた妹姫達は、嫉妬深く贅沢で侍女や護衛騎士を家畜のように扱う。鞭打たれたり、解雇される者、中には命を絶たれた者すらいる、と。


それは、意図的に流された噂であり、実際に解雇された者がここぞとばかりに告げた真相であり、作られた美談も歪曲された真実もないまぜになった噂だった。


そんな中、アーサーは王女宮の中で黙々とトレーニングを行なっていた。右足も荷重出来るほどに回復している。まだ、下肢のすね当ては外せないが、車椅子は卒業した。食事を制限しているのは、毒殺を恐れての事ではない。ダイエットの為だ。仮にも王族であるアーサーは、毒に対する知識は身につけている。カグヤ姫の体に毒耐性がない事はすぐにわかった。この体でしばらく過ごさなければならなくなった時、そして、虐待し搾取する義理の母がいる事を知った時、アーサーが最初に考えた事は、少量の毒を手配してもらい、毒耐性をつける事だった。少量とは言え、毒を摂取している間は、体調を崩す。その為、彼女の身体の世話をする為の信頼できる侍女も必要だった。キャスの毒殺未遂の後、国王、宰相、オキナの三人共が推薦した女性をアーサーが面接して採用したのが、テイと言う名の侍女。毒を含めた薬の知識を豊富にもつ忍びの心得のある女性だった。


アーサーにとって“忍び“とは、初めて聞いた言葉だった。騎士とは異なり決して表に出ない影の存在、と説明された。そんな女性が侍女として顔を晒して良いのかと不思議に思ったが、初めて会ったテイは少し年上の姉、のような印象を与えた。彼女は結婚していて、今は5歳を頭に三人の子供を育てている、とニコニコと笑った。しかし、どことなくその笑顔に、言葉通りの幸せな生活との違和感をアーサーは感じた。王宮のドロドロした第二王妃との争いを伝え、命の危険さえある立場になることを告げた時も、テイの笑顔は変わらなかった。


「恐れながら、カグヤ第一王女殿下に申し上げます。王族の方の命と民草の命は等価ではありません。王女殿下のお命を守るために、私ごとき下民がいるのです。どうぞ、その尊き御身の為、我が命をお使いください。」


あまりの事に、アーサーは周りを見た。国王は元より、宰相も、テイの言葉に大きく頷いている。オキナは相変わらず表情が読めない。けれど、その反応から、アーサーは‘忍び‘が騎士とは似て非なるものであることを知った。


「自分の命を粗末にする者に、この命を護らせる事は出来ない。」

自分の顔がこわばっていただろう事は、自覚していた。けれど。

「王族として、臣民より己の命を優先しなければならない時があることは知っている。しかし、今、この王城で行われている争いは、臣民の命を賭けるべき物ではない。何故なら、王族の義務を正しく理解しているのならば、このような争いは起こるはずがないからだ。そのようなくだらない争いにかけて良い程度の命は、我が命の盾にすらならない。」

そう言うと、アーサーは国王と宰相に向き直り、頭を下げた。

「折角のご推薦ですが、この者は私が求める侍女ではありません。」


その夜、窓から再度訪れた侍女候補は、昼間とは別人のようだった。

「はぁい、お邪魔しますよ、カグヤ第一王女殿下。昼間は好き勝手言ってくれちゃって、一応、あの場では大人しく引っ込んだけど、後からじわじわ、きてさ。一言言いたいなーと思って来ちゃった。」

「ふーん、で?」

アーサーのその反応に、侍女候補はキョトンとした。

「あ、あれ?そんな反応?」

「言いたいことがあるなら、さっさと言え。」

「え、えーっ!?そんな事言っていいの?暗殺者かもしれないよ。」


面倒臭そうにアーサーは、彼女を上から下までチラリと視線を走らせ、また、黙々とベッド上で腹筋運動を再開した。そう!やっと腹筋が出来るようになったのだ♡


「ね、ねぇ、何、してるの?」

「腹筋」

「・・・何で?」

「筋トレとダイエット。」

「いや、だから、何で!」

「デブだから。」

「・・・。」


「・・・負けたわ。」

最後にそう呟くと侍女候補は、窓から帰って行った。

その直後、コンコンと小さなノックの音がして、護衛騎士のオキナがテイを案内して訪れた。

「是非ともカグヤ姫様の御身を守るための一助になりとうございます。」

そう言って頭を下げた侍女候補は、その後に顔をあげ、ニヤリ、と笑った。

その顔を見て、アーサーは、やっと、頷いた。

「ああ、よろしく。」





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