105 Ever After
二重三重に敷かれたセキュリティ対策をクリアして、彼女の元に届いたマクシミリアン皇子からの贈り物を前に、どうしたものかとカグヤは首を傾げた。
「危険物ではなさそうです。」と贈り物に添えられた検閲の書類を確認してテイが言う。
「軽いねー。」
いきなり、ひょいと持ち上げて箱を振るアーサーに、皆がぎょっとする。
アーサーは、自身がグラード帝国末子のゲッショウ王国入りを阻止するために飛び出す事は、諦めた。首謀者を放置して、目の前のごたごたを片付けた所で、根本的な解決にはならない、自分が育てた騎士達が信じられないのか、と側近たちの説得を受け入れた形だ。
広大なゲッショウ王国を端から端まで網羅するように敷いた伝書鳥のルート。しっかりと踏み固められ、早馬専用のレーンすら組み込んだ主要街道は当然、仮想敵国であるグラード帝国との国境へと伸びている。取り敢えず国境の対応は王国騎士団に任せて、(パーシヴァルはアーサー王子付き騎士として別任務・別行動中)アーサーはカグヤの王女宮のサンルームで過ごしている。まあ、つい数か月前まで暮らしていた宮だ。どこに何があるのかはカグヤより、熟知している。サンルームはそこで過ごす事を好んだカグヤ第一王女の為に、簡単なキッチンや休憩室・シャワー室まで完備している。ちょっとした裕福な商家並みで、初めて完成したそれを見た時、カグヤ第一王女は、ゲッショウ王国の豊かさを逆に呪った程だった。
大好きな動物たちと寛いで過ごす姿は、カグヤをモヤモヤさせる。
アーサーが変装していたビルギース元女王の使者は、親書を渡す大役を終え、迎賓館を引き払っている。王宮には、しばらく、ソロン・シンジゲート王都支部に滞在すると連絡が来ていたので、アーサーが使者の姿で動き回る言い訳を残しておいたのだろう。
「送り返す、のは、ダメかしら。元々、あの生地はブリターニ王国からゲッショウ王国への手土産だったのだから、わたくしがお礼を頂くのは、おかしいわ。」
「では、そのように。」
テイがさっさと片付けようとするのを、アーサーが止める。
「折角だから、開けてみようよ。何が入っているのか、気になるでしょ。」
「いえ、全く。中身は確認済みですし。」「興味ないわ。」
テイとカグヤの二人に断言されて、軽くショックを受けるアーサー。
「えー、そんなこと言わずに~。自分の目で確認するのは大事よ。」
そう言うと、素早く両手のナイフで、器用に小箱を開封する。
中から現れたのは、ビロードの宝石箱。その中に、黒色の涙型のバロックパールがころんとある。
「・・・何と言うか・・・微妙?」
マクシミリアン皇子からの贈り物、と言うので、緊張しすぎていたのだろうか。
天然の真珠は、真円に近いもの程貴重とされる。皇子のプレゼントは、確かに、大きくはあったが、歪な形をしたバロックパールだ。色は珍しい黒色をしているが、染色して黒くしているのかパール特有の柔らかい光沢には欠ける。高級品と言うには難があるが、希少かと問われては肯定せざるを得ない、そんな品だ。
アーサーがカグヤ王女であった時期、派手な宝石ではなく、真珠を好んで身に付けていた事を知ってのプレゼントなのだろうが、そんなカグヤ王女のパールコレクションは、どれもが、色・光沢・形・大きさ、全て最高級品に分類される。そんな中、このマクシミリアンの贈り物は、本当に”微妙”としか言いようのない位置づけだった。
「呪われてる、とか?」
「毒が仕込まれているのでは?」
呪いに敏感になってしまったカグヤが慄く。一方、テイの推察は現実的だ。
「いやいや、そんなすぐに自分が疑われる方法、取るわけないでしょ。」
「でも、呪いの籠った呪物があるって、昔、モーガン・フェイが話していたわ。わたくし、とても怖くて、眠れなかったから、よく覚えているの。とても、綺麗で、見る人を魅了する品で、見ているだけでどうしても欲しくなって、何をしてでも手に入れたくなってしまうのですって。」
「・・・これがぁ?」
アーサーの懐疑的な声に、改めてテイがバロックパールをのぞき込み、首を振った。
「申し訳ございません、カグヤ王女殿下。私にはそれ程、欲しいとは思えません。」
「・・・そうよね。」
うーん、と三人で顔を突き合わせた所で、マクシミリアン皇子の意図など知りようもなく、アーサーは早々に考える事を放棄した。
「いいチャンスだから、これを機にマクシミリアン皇子と赤ん坊に会いに行くか?昨日、ちゃんと見れなかったし。」
「え?」
「は?何言ってるんです?」
「・・・。」
アーサーの提案は秒で却下される。
「お願いですから、しばらく大人しくしていてください。せめて、せーめーて、グラード帝国の末子の皇子の動向がはっきりするまでは、すぐに、連絡できるところにいて下さい。」
テイの懇願もアーサーは軽く流す。
「もう、それさ、俺たちの出る幕じゃなくないか?下手に首を突っ込んで、国際問題になっても困るだろ?」
いやいや、昨夜、あっという間に、各方面への対応を手配しておいて、何を言うのだこの人は。
カグヤもテイもオキナも、こっそり隠れて護衛をしているキサラギとヤヨイも、皆、そう思った。
「これを機にって、この贈り物を受け取るの?」
「え、やだ、気持ち悪い。」
ガーンと音が出そうな程、ショックを受けたカグヤの顔に、アーサーは不思議そうだ。
「いや、だって、婚約したばかりの義理の姉に、健康や純潔、富の意味を持つ真珠を黒く染めてよこす、なんて、悪意以外の何物でもないでしょ。」
そうなの?とテイを見るカグヤに眉を寄せるテイ。
「殿下が、真珠の石言葉をご存知とは知りませんでした。」
「んー、たまたま?まあ、染色で強度は増すらしいから、悪意だけではないのかも、だけどさ。」
少し勢いの落ちるアーサーだったが、「ともかく!」と気合を入れなおす。
「受け取らないの、返す一択。」
返品するのは失礼だろう。受け取って、お礼を言うだけにして、封印してしまうのが一番だ。形と色から使いどころが難しい、と言えば、気分を損ねはしても、使用を強要される事もあるまい。何と言っても贈り物を使う使わないは受け取った側の自由なのだ。大体、カグヤの立場で贈られた宝飾品を全て身に付けようとするなら、何年たっても終わらない可能性もある。
そんなこんなで、あーだこーだと頭を悩ませていたカグヤ達の耳に、ジャスミン王女の離宮の火事とそれに伴い、マクシミリアン皇子と嬰児が、元後宮に移り住む事になったとの報告が届いた。
「やられた。」
見事に贈り物一つで、それら一連の騒動から遠ざけられてしまった事実に、アーサーは臍を噛む。
グラード帝国末子の皇子の行方にパーシヴァルやテイの子飼いたちを動かした為、そちらの監視が手薄になったのも、一因だ。
これからは、王宮内でマクシミリアン皇子に遭遇する確率が、高くなるだろう。ますます、カグヤの身の回りに注意する必要がある。
「カグヤ、ブリターニに戻らないか?」
真剣にアーサーが問う。
それにカグヤは静かに首を左右に振った。
「今ここで、ブリターニに帰ってしまったら、何のために戻って来たのかわからないわ。まだ、生まれた子供が本当にジャスミンの子供かどうかも分からないし、グラード帝国末子の皇子の行動も不明。何より、義理とは言え、妹の葬儀がまだ終わっていないのよ。」
「だけど。」
静かに自分を見つめ返すカグヤの表情に、悲壮感や義務感は無かった。
ただ、そうすることが当然、と思っている様子がうかがえる。
いつも、王族の責務から逃れる事ばかり考えているアーサーには、その心情は理解できない。
けれど、そんな真面目なカグヤだからこそ到達することが出来る未来がある。筈だ。
そんな未来をすぐそばで見ていたい。
そう思ってしまった。
それを自覚した。
だから。
「ゲッショウ王国第一王女カグヤ殿下。
ブリターニ王国第二王子アーサーに貴女をすぐ横で支える栄誉を、お与えください。」
すっと跪き、カグヤの左手を取る。
その薬指に軽く唇を当て、希う。
「古の呪いを解く為でなく、王族の責務から逃れる為でなく。ユーラリナ大陸一の大国を、そこに住む多くの民の幸せを、勿論、貴女の幸せを一番に。ゲッショウ王国王太女となる貴女の伴侶として、この私を選んでは頂けませんか?」
ゲッショウ王国第一王女カグヤ、かつて白豚王女と呼ばれた引きこもりで世間知らずの我儘王女と
ブリターニ王国第二王子アーサー、乱暴者で王族としての責務を何一つ理解していなかった無知な王子は
呪われた妖精によって、婚約者となった。
そして今、妖精の呪いは解け、世界の不思議は失われていく。
かりそめの婚約者たちは、その中で、自分たちの”本当”を取り戻すために足搔き、
自分たちも知らなかった自分たちの”本当”にたどり着く。
二人の前には、戦わなければならない様々な困難が、既にいくつも山と積まれている。
けれど。
「何とかなるさ。」とアーサーは笑う。
「そんないい加減では困るわ。」とカグヤが眉を顰める。
二人の足元で真っ白い子猫が「にゃぁ」と鳴き、近くの止まり木で真っ白い二羽の梟が寄り添って眠る。
巨大な黒馬は我関せず、と草を食む庭には、いつの間にか数人の侍女・侍従・騎士が控え、サンルームの扉の左右はオキナとテイが守る。
きっとパーシヴァルとイゾルテはその場にいなかった事を悔しがる。トリスタンはブリターニ王家とアーサーのどちらを選ぶべきかで困るに違いない。
シャハア神国元女王ビルギース陛下には、手紙を書こう。
これが、白豚王女と乱暴王子の婚約事情の真実。
婚約してめでたしめでたしとならないのが、現実世界の厳しさ。
大国の統治者なんかになるものじゃない、と何度もカグヤは溜息をつき、権力とはこうやって使うのだ!後悔している暇があれば前に進め、と猪突猛進・即断即決で女王を支える王配アーサー。二人は、10年の統治の後、カグヤの弟第一王子に王位を譲り、数人の部下と動物たちを連れて、一隻の船で旅に出た。
世界のあちらこちらに、今も、正体不明の美男美女の冒険譚が残されている。
終わり
唐突に終わった感が否めないかとは思いますが、アーサーとカグヤが元の体に戻って、めでたしめでたし、とするには、二人を取り巻く環境に無理があって。その辺りを解決していたら、次から次へと何か起こる。物語は、Ever Afterで終われるけど、実際は、イベントは次から次へと起こるもの。きりが無いよね、と言う感じでこの物語の幕を引いたのでした。




