王宮にて②
「それでは宜しいでしょうか」
そう言って静かに立ったのはもちろんレヴィーノ侯爵だ。身長は高く鍛えられた体格をしている。若い頃には前線指揮官の経験もあり、一線を引いた今でも変わらずに鍛えている様だ。茶が少し混じった髪は短く切り揃えられていて清潔感もある。さぞ浮名を流しただろう事は容易に想像がつく雰囲気だ。
侯爵という貴族として最高位に相応しい威厳だ。公爵はあるが準王族として扱われるので貴族の括りでは侯爵が最高位だ。
「娘からの報告と相違ない事を確認しました。先ほど陛下から責任がないと明言を頂きました。であるならば、どう対処されるのかをお聞かせ願いますか」
口調は礼法に則り声音は優しいのだが、雰囲気が怒っている。特に目が。高位貴族ともなるとこんな事が出来るのか。父上には出来ない芸当だ。陛下と同じで侯爵は側室や妾はいないのだ。それもあって子煩悩だと専らの噂だ。王族に嫁ぐ事は喜ばしいが娘を第一に考えているとの事だ。だから、怒るのも当然だ。同じ状況なのにこうも変わってしまうものか。
「当然だな。まず、息子たちからの説明もないままに軽々に下せない。だが息子の意に沿うようで業腹だが破棄するより他なかろう。少人数とは言え大々的に宣言してしまったのだからな。意思は固いだろう」
「それはもはや決定事項でしょう。私はその先を聞いておるのです」
それもそうだ。位の上下はあるがあの場にいたのは約五十人だ。その人数が聞いたとなれば貴族界隈では周知の事実となっているだろう。この場合、宣言から日数が経っていない事は問題にならない、卒業に合わせて領主達は王都に集合しているからだ。派閥の親睦や隣国の近況など情報を仕入れる為に社交会を頻繁に催している。父上達もそれとなく確認をされたそうだ。しかも盛大な尾ひれも追加で。流石に平民では一部しか知らないとは思うが。
「包み隠さずに言うとするか」
その返しを想定していたのか、淡々と語りだした。纏めるとこんな感じだ。
一.殿下は王族籍を剥奪し平民へ
二.末代まで王位継承権を剥奪
三.公職に関しては殿下のみ禁止
四.祝い金は個人資産から幾ばくか
……これには正直驚いた。王位継承権の剥奪だけで済ますのかと思ったが、まさか王族籍から離籍を決断するとは。一番重くても幽閉かと思っていた。学生たちは声こそ発しなかったが、驚いている様子が窺えた。
「……随分と思い切りましたな。殿下については概ね理解致しました。しかし、娘はどうなりますか。婚約が決まってから王妃教育をしてまいりましたし、破棄は娘にとっても我が家にとっても大変な痛手です」
閣下はある程度予想されていたのか驚きは少ないようだ。殿下に厳しい処分を要求するのは当然として、決断をするのは陛下だ。臣下としては決断を受け入れなければならない。それが意に沿わないとしてもだ。もっとも閣下の関心事は娘であるマルグリット様だけだ。
「もちろん考えておる。侯爵家との不仲は王国にとっても痛手だ。であるならば第二王子はどうかとは節操がなさすぎる。王家としては発端がこちらなので強制はできん。だから侯爵家としてどうしたいのかを第一に考慮したいと思う」
これは侯爵家に随分と譲歩した形になったな。第二王子と婚約をする方が混乱は少ない。だが、第二王子との婚約を狙っていた諸侯は反対するだろう。理由としては「年上は慣例上相応しくない」や「子供を産めるか分からない」や「継承順位が歪になる可能性」などだ。
第二王子は公爵家として独立するか入り婿の二択だが、継承権を保持している公爵家が少ない為に独立する事が半ば確定していた。継承順位は低いが王族として残る事になり、相手方の家もそれなりの利益が見込める。それがスペアではなく、次代の王に内定してしまった。そうなると利益は桁違いだ。陞爵はしないが準王族として見做される。公式には陞爵しないし明文化しないが、周囲から一段高く見られる。そんな訳で抵抗はする。するが、形だけだろうな。
「私は娘の事を最優先に考えております。ですので、はい分かりましたとはなりません。それにエンリコ殿下は未だ社交デビューをしておりませんし、人となりについては未知数です」
「それは最もだな。では、どうする?」
「最終的な判断は私が行いますので、エンリコ殿下と一席設けて頂ければと思います」
マルグリット嬢は動揺してる様子はないな。ある程度は落し処を言われていたかな。それにしても、一席設けるとは思い切ったな。この世界の貴族の婚姻は直接会って判断する事はしない。紹介なり学園での成績なり爵位なりで判断をする。人となりは第一判断材料にはなり得ない。それを会って判断とはフェルナンド殿下の人となりを見誤ってしまった事への対策なのだろう。だが、それだと礼を逸していると思うのだが。
「発言、宜しいでしょうか」
ほら、やっぱり。反対が出たか。ま、ここで反対意見も出ない様では貴族というより利を求めるなら失格だな。あの人って隣領のアントノール伯爵だよな。第二王子と婚約出来る様な令嬢はいなかったはずだけどな。
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