ミゲルぼっち
意識改革中加害者ミゲルくん登場。
三人がどう立ち回るのか。
マルグリット嬢と情報交換と言う名の談笑をしていると一人近付いてきた。会も中盤に差し掛かり、中央ではダンスに興じる人数も増えてきて視線が減ってきて頃合いと見たんだろう。事前の予想では、話し掛ける事はないだろうと思っていた。理由は単純で、敢えて話し掛ける理由がないのと両陛下がお出ましになる席でこれ以上の失態を晒す訳にはいかないからだ。
「お二人ともお久しぶりですね」
「ミゲル様もお久しぶりですね。お元気そうで何よりですわ」
ミゲルは侯爵令息に相応しく派手さはないが仕立ての良い装いで髪は香油で撫で付けられていて、ビシッと決まっていた。眼鏡の奥の目元が疲れていなければ、完璧だったろう。ミゲルに思う処はあるが、今更感があるのでここはマルグリット嬢に任せてしまおう。
本日の装いから始まり当たり障りのない近況などを交わしあう。とは言っても卒業してから間もないから自然と話題は学園が中心になるけどな。加害者被害者の関係ではあるが、こういった席で何食わぬ顔で談笑するなんて貴族では当たり前の芸当だ。因みに俺は顔に出そうで自信がない。
「結局最後はミゲル様には勝てませんでしたわ。流石はお父上が宰相閣下だけはありますわね」
「いえいえ、勝ったり負けたりで完全勝利ではありませんでしたよ。父からは厳命されていた訳ではありませんが、首席となる事を期待されていましたから」
「それは仕方ない事ですわね。宰相家令息が上位でなければ周囲も納得はしませんものね。ただ、私はもう少し控えめにするべきでしたわね」
「何を仰る。貴女がいたから手を抜かずにやってこれたものを。まあ、それでも首席ではないのですがね」
うーん、これは貴族的に翻訳すると「宰相家なのに首席ではなかったわね」「誰が阻んだと思ってるんだ」「上位で宰相家の面目躍如かしらね」「貴女がいなければ手を抜いて首席だったものを。まあ、殿下に捨てられた事で良しとしましょう」となるのだろうか。流石に穿ちすぎか。
「武術ではロレンスに一度も勝てなかったな」
「これでも軍閥ですし、軍に仕官を希望していましたから」
「それでもだ。マイクには勝っていただろ」
「私も負けたくはありませんからね。それでも多少勝ち越しはしましたが、絶対的な優位ではありませんね」
「そうなのか。マイクは悔しがっていたがな」
「近衛団長の令息で殿下の覚えめでたいですから首席に拘る理由が私より強かったのでしょう」
「そういうものか」
俺の場合は軍に仕官希望だが、首席に拘る理由もないから気楽だったのもある。それにマイクは個人の武勇に偏りがあり、指揮や支援については平均より少し上って感じだった。マイクのプレッシャーは俺の比ではなかっただろう。ミゲルも同じ状況だが、プレッシャーはマルグリット嬢も同じ位だろうから単純にマルグリット嬢が優れていただけだろう。
「……一つお聞きしても宜しいかしら?」
ミゲルが神妙に頷く。それまでの雰囲気が一変した。聞く内容が分かっている様だ。いや、そもそも分かっていて近付いてきたな。
「お一人なのは何故?」
「……その理由を話す前にお二人に謝罪を致します」
「っっ!!」
そう言うと徐に頭を下げた。軽い会釈ではなく敬礼くらい腰を折っている。対象がマルグリット嬢なら同格の侯爵家だから、納得はできないが理解はできる。だが、格下の子爵家の俺に対しての行いではない。ましてやパーティーなどの衆目の中で頭を下げる行為は本人はもちろん侯爵家が侮られる。
「ちょ、ちょっとお止め下さい。侯爵家子息が軽々に頭を下げるものではありません」
ミゲルを想っての事だと一見考えるだろうが違う。侯爵家子息に頭を下げさせたのは誰だとなり、攻撃は俺の子爵家に集中するだろう。下げさせる理由は双方にあるとしても格下に下げるのは異例だ。
「父上たちにもこの件は相談済みだ」
ゆっくりと頭を挙げるとそう言った。疲れた顔をしていたのは、この件を納得させる為に尽力していたのだろうか。
「それでもです。衆目の中では要らぬ誤解が生じます。それでしたら場を改めるべきでしょう」
あの時の意趣返かと疑ってしまう。まさかこんな方法で反撃してくるとは、流石大貴族だとある意味関心してしまった。
「いや、この様な場だから敢えてだ。先日は衆目の中で攻撃したのだ、であるならば同じ状況で謝罪をする事が効果的だと判断したのだ」
それでもだ。幾らミゲルが悪く謝罪したからと言っても好奇の目に晒される。しかも高位貴族が腰を折ってまで謝罪をしたのだ、赦すのは当然として婚約破棄に加担したという事実は薄まるだろう。更にミゲル一人という状況も好材料になるだろう。何と悪辣なとは思うまい。これが出来てこその高位貴族なのだから。
「そうかもしれませんわね。ですが、私にとっては今更ですわ。事ここに至っての謝罪は私たちにというよりも保身の為ですわ」
「そ、そんな事は」
「ないと言い切れますの?」
「ぐっ」
「いち早く謝罪する事で心象を良くしたいのでしょう。ですが、ミゲル様は加担をしたとは言っても主導していた訳ではありません。殿下もしくは王家からでなければ意味はありません。違いませんか?」
「……いや、その通りだ。しかし、この場は効果的だと判断した事は間違っていないと思う」
「周りを見て下さい。ミゲル様はまた私たちを好奇の目に晒すのですか」
「……すまない」
さっきの謝罪とは打って変わって気落ちした声と表情だ。周りは遠巻きに見ているだけで、誰も近付こうとはしない。あの時と同じだ。違うのは殿下がいない事だけだ。
「ミゲル様がここで謝罪した事は効果的ではなく、ただ単に手間を省けるお手軽な場だっただけのこと」
流石マルグリット嬢だ。しっかりと反論をする。元日本人の俺なら、謝罪してるからなあなあで済ますかも。直接の被害者ではないからってのも理由の一つかもしれないけど。それでも死体蹴りはやれないな。
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