卒業パーティーのやり直し
やっと場面が変わります。
王宮での聞き取りを終えて鍛錬や社交会へ顔出しをしていると王宮から卒業パーティーの招待状が届いた。あれからどんな話になっているのか不明だが公式発表がないから噂は出回っている。そもそも婚約破棄発言自体がない事になっていたり、破棄を認める認めないや過激なもので言えば既に暗殺されている等とまことしやかに囁かれている。発言くらいで暗殺は短絡的すぎるとは個人的には思う。父上も両派閥に属していないが、無関心ではいられないから調査はしていたが、確証は得られなかった。
「母上、王宮へパーティーですが、辞退しましょうか」
「……そんな事できる訳がないでしょう。それに、気が重いのが半分と嬉しいのが半分なのよ」
先日の呼び出しの際、母上は一言も発する事なく帰宅した。内容が重すぎて緊張で何を話し合っていたのか覚えてないそうだ。体調を慮っての事だったが、困った様な嬉しい様な何とも言えない表情だ。物静かな性格だから前面に出る事はないから理由を付けて断るかと思ったのだが。
「半分、ですか」
「招待という事は先日の件に決着が付くという事と卒業パーティーでしっかりとお祝いが出来る事よ」
「ああ」
「何ですか、その空返事は」
「そうだね」
そういえば、前世では大学卒業の際は学友だけで済ましてしまった。あの時にも小言を言われたっけな。あの時は成人してるのに両親と同伴と言うのは気恥ずかしさが勝って参列を遠慮してもらってたな。ふと、そんな事が頭を過って恥ずかしくなってしまった。
「でも、主役は殿下たちになるとは思うけどね」
「そうだろうが、殿下たちの沙汰は最後にすると思うぞ。せっかく卒業パーティーと銘打っているのだ、敢えて最初に水を差す事はしないだろう」
「だろうね」
父上の言った通り、決着は付くが布告は最後か別日にするだろう。
「悩んでいても仕方ない、なる様にしかならん。それよりも楽しむ方が幾分か気分が楽だ」
「「はあ」」
二人して呆れてしまった。父上は良くも悪くも軍属だ。権謀術数渦巻く貴族社会では苦労しっぱなしだ。だが、分かりやすくはある。裏工作や腹芸が苦手だから、行動が読みやすく裏表の差が殆どない。それでいて、力に頼りがちだ。軍事力で脅すのではなく、難しい事は棚上げして強引に押し通す事が多い。我が父ながら竹を割ったよう性格で良い関係を築けている。
王宮の赤龍の大広間。
王宮には舞踏会など大人数を収容できる大広間は幾つかあるが、ここは国内貴族だけが入室を許されている中で上から二番目に格式が高い大広間だ。二、三百人は軽く収容でき、立食、演奏やダンス等のスペースは充分にある。天井は高くシャンデリアはそこかしこにあり、採光の為の窓は大きく取られている。今は昼を少し過ぎた頃で、シャンデリアを灯さなくても明るい程だ。国のメインカラーである赤を基調とした装飾で、調度品も豪華の一言に尽きる。前世のオーケストラ程ではないが、十人程の王宮楽団が演奏の準備を整えて待機している。
「先日の卒業パーティーは予期せぬ事で中断したと聞いている。今回は特例で王宮で催す事にした。学生だけでなく、親もいるからハメは外しすぎない様にな」
主役となる学生たちが集まった頃を見計らって、入口から一番遠い扉から両陛下がお出ましになり一段高い場所から先ほどの口上を述べられた。学園での卒業パーティーは正確には中断していない。殿下の宣言は終わりに近づいていた頃だったから、全部が台無しになった訳ではない。だが、正直に殿下の事を話題にする必要もないとの判断だろう。
陛下の口上が合図で楽団の軽快な演奏が始まった。卒業パーティーをやり直しと聞いて皆困惑している様だ。もちろん俺もだ。やり直す意味が分からないからだ。両陛下がいらっしゃる場であの惨事は繰り返す事はないだろうが不安だ。何が起ころうとしているのかの不安もそうだが、卒業してからは頻繁に顔を合わせる機会がない為に視線がうるさいのだ。
「ロレンス様、お久しぶりですね」
目立たない様に隅の方で立食を楽しんでいたら、マルグリット嬢が一人で一人で近付いてきた。他が遠巻きに見ているだけなのに、周りの視線なんてお構いなしだ。
「マルグリット様、王宮でお会いして以来ですね。本日もお綺麗ですね」
「……ありがとうございます。そんな片言で言われたら警戒しますわよ。学園では一言も仰らなかったのに、どうしましたの?」
「……慣れていないと分かりますか。学園を卒業して、この様な機会も増えてまいりますので」
目を見開いて驚いて口に手をやったかと思ったら、一変して能面の様な表情になった。
「つまり練習相手として私を選んだということね。それはそれは殊勝な心掛けですこと。でも、私で練習とは随分と落ちぶれてしまったのね」
「申し訳ございません。慣れていないのも練習も事実です。ですが、お美しかったのも事実ですから、口から咄嗟に出てしまいました。お気を悪くされましたら、平にご容赦を」
「……ぷっ、あはは。怒っておりませんわよ、冗談だと分かっておりますから。和ませようとしただけですものね」
「笑って頂けた様で何よりです」
幾ら社交辞令とは言っても正面切って練習とは良い気分にならないのは百も承知だ。しかも爵位が違い過ぎるから、無礼では済まされないだろう。練習の意味も少しあるが、今は学園の卒業パーティーだ。多少は無礼講は許されるよね? これって殿下と同じ事してないか?
「練習は結構ですが、爵位や関係性を考慮して頂けるとありがたいですわね」
「当然の指摘ですね。先ほどの一言は余りにも礼を欠いていました。申し訳ございません」
仕方ないじゃないか、何か言わなければと思ったらあの一言だったんだから。こんなお世辞を言う機会なんてある訳がない。そもそも練習なんてある意味本番なんだからな。でも、侯爵令嬢にすべきではなかったな、反省だ。
「して、どうされたのですか」
「どう、とは?」
「供回りを連れずにお一人とは、耳目を集めますが」
「そうですわね、良い加減同じ事ばかりで少し飽きましたの」
「同じですね」
なるほど、俺とは違い渦中の人物だからな。取り巻きでは頼りないから防波堤にちょうど良いって事か。その取り巻き連中は遠巻きに見てくるけど、近付いてこようとはしないな。何事もなく終われば良いんだけど、そうもいかない予感がする。いや、絶対に起こるな。
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