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序章:いらんことする女神



 ティナ・ミルディンの一度目の人生は、草木も凍るような極寒の大地で生き倒れるという形で幕を閉じた。

 齢十五歳での出来事である。


 雪原にティナの緋色の髪が広がり、角度によって色の変わるまるで虹色をした不思議な虹彩を持った瞳に瞼が落ちる。


 手も足も感覚を失い、何日も食べていないせいで軋むように痛んでいた胃も、どこに内蔵があるのかさえ意識することもできなくなった。


(眠い……疲れた……これで、楽になれる……)

 

 薄れゆく意識の中で思ったのは──生まれ変わったら紅葉になりたい。


 ただ、それだけだった。

 意識が暗闇に落ちていく。静謐で、優しくて、深い深い暗い底へと。

 そこには何もない。辛いことも苦しいことも、これで終わり。

 やっと眠ることができる。

 ティナが母の腹の中にいた時のような、この世界の全てから守られている柔らかく暖かな膜の中に包まれていく深い安堵感に身を委ねた──その時だった。


「なんて健気な願いなのかしら! ぜひ生まれ変わらせてあげたいわ!」


 無闇矢鱈に明るい声に無理やり瞼をこじ開けられる。

 きつく接着剤で固定した瞼をバールのようなもので無理やりこじ開けられるぐらいに、強引な目覚めだ。

 瞼を開くと、ティナの瞳に映ったのは豪奢な部屋だった。


 豪奢。ギラギラ。少女趣味。ロリータ。甘ロリ。そんな言葉で表現できる、白とピンクを基調としたひたすらゴテゴテした部屋の、唇の形をしたソファには、それはそれは美しい女性が座っている。


 白と薄ピンクのフリルとリボンのたっぷりあしらわれた、服が本体と思えるぐらいのふわふわの服を着ている、見事なまでの縦ロールの女性である。

 

 ふっくらとした唇、何本も爪楊枝がおけそうなほどにバシバシのまつ毛。

 神秘的な黄金色の瞳は、彼女が人間ではないことを雄弁に物語っていた。


 息を引き取った時のままの姿のティナは、女性の前に座っている。

 ぼろぼろの神官服は、流刑地に追放になってから一度も着替えていない。そもそも着替えなどはなかったし、住むところも食べるものもなかった。


 薄汚れたティナの姿に嫌な顔一つすることなく、その女性は優雅に微笑んだ。


「はじめましてティナ。私はエリザベート。運命を司る魂の円環の女神よ」


「運命……円環……女神……」


「この広い広い宇宙には」


「うちゅ……?」


「あぁ、そうね。あなたの国の文明ではまだ宇宙なんて概念はないのよね。宇宙。空。星々のこと。星々には、それはもうたくさんの生命がいるの。不幸な人生を歩んだものもいれば、幸福な人生を歩んだものもいるわね」


「はぁ……」


 ティナは気のない返事をした。

 これは今際の際の走馬灯か何かなのだろうか。それにしては、随分と変わっている。

 ティナはこんな部屋は知らないし、こんな女性も知らない。ティナの知識の中では存在し得ないものだった。

 女性の服装はドレスに似ているし、この部屋は貴族の邸宅の一室のようだと漠然と考える。


 走馬灯に知らない部屋と知らない女性が出てくるのもおかしな話だ。

 最後に見る夢ならもう少し、自分と関わりのある人であってほしい。

 とはいってもティナには、走馬灯で反芻したいような優しい思い出はろくにないのだが。


「それで、私は別に全ての不幸な魂に救済を与えているわけじゃないの。でも、ティナ。あなたは沢山頑張ってきたのだから、そのご褒美としてもう一度人生をやり直させてあげようかと思ってね」


「やり直し……そんなものは、いりません。私はもう静かに、眠りたいのです」


「まぁまぁ、そう遠慮しないで。やり直し先はどの世界がいいかしらね。無条件にあなたを愛してくれるイケメンたちがいっぱいいる世界がいいわよね。せっかくなら」


「あの、これは走馬灯ですよね。私の走馬灯なら、早く終わってくれないかな……」


「こんなに美しい女神様が走馬灯なわけがないでしょう? よし、あなたをドキドキイケメン学園! 〜花の乙女は王子たちから愛される〜の世界に転生させてあげましょう!」


「あ、あの、ちょっと意味がよくわからないのですが」


「まぁまぁ、遠慮しないで。幸せな第二の人生をスタートしちゃいましょ。不幸な聖女ティナはもういない。あなたはたくさんのイケメンたちから奪い奪われる逆ハーレムの人生を送るの! やったわね!」


 エリザベートと名乗る女神の言っていることが、ティナにはほぼ理解できなかった。

 早く静かに眠りたいのに、なんて騒がしい白昼夢なのだろうとぼんやり考えることぐらいしかできないでいると、視界が白く弾ける。


 再び意識が眠りの底へと落ちていく。

 やっとこれで、本当に、ゆっくり眠れる──はずだった。



 ティナ・ミルディンの人生は、不幸の連鎖の一言に尽きる。

 生まれて間も無く孤児院に捨てられ、両親の顔も知らない。

 世界から見捨てられたような古びた孤児院で働くシスターたちはいつも不機嫌で、一日一度のマッシュポテトぐらいしか与えられない痩せ細った孤児たちは、つぎはぎだらけの服を着ていた。

 

 その中でも体の小さなティナは、他の孤児たちからいじめられていた。

 掃除用具室に閉じ込められたり、井戸で水汲みをしていたら落とされそうになったり、頭から水をかけられたりした。

 生傷の絶えない日々を送っていたティナの体には、ろくに治療もしてもらえなかったせいで古い小さな傷跡が無数についていた。


 そして背中には、シスターからの折檻の鞭の跡。

 

 ティナはいつも怯えていたし、口数の少ない子供だった。何かを言えば余計に痛い思いをすることを理解していたからだ。


 そんなティナに、聖女の力が発現したのは十歳の時。

 聖女の力とは、破邪の力。

 人間に危害を加える不思議な力を持つ種族、魔族に対抗することのできる力である。


 魔族と同じように魔法が使えて、癒しの力も使うことができる。


 ティナは聖女として、エルヴァーディア神殿に送られた。

 神殿にはティナの他にも四人の聖女がいて、その全員が貴族だった。


 貴族の女性が危険を犯すことはできないと、魔族や魔物を討伐するときにはティナは決まって前線に立たされた。

 それ以外にも、神殿に行列を作る人々の治療や、貴族たちの治療を、一手に引き受けた。


 昼も夜もなく働き続けるティナは、人々から真の聖女様だと慕われるようになった。

 ティナにとっては、寝耳に水の話だ。

 神官長に命じられるまま、ただ働き続けていただけである。

 神殿でのティナもまた、孤児院と同じようにいじめられていた。口数も少なく、不気味だと嫌われていた。


 人々の熱狂に押されるように、王太子との婚約が決まったが、これを不服に思った他の聖女たちがティナを貶める画策をした。


 ティナは魔族と通じているのだ。この国の支配を考えているのだと、ありもしない疑いをでっちあげられて、それぞれの聖女がティナが魔族と密やかに会っていることを証言した。

 

 もちろんティナはそんなことはしていないが、ティナ以外の聖女が証言をしたこと──孤児であるティナが王太子の婚約者になることを快く思っていなかった神官たちや他の貴族たちがそれに追従したこともあり、ティナは大罪人として流刑地に追放になった。


 聖女を殺すことはできない。人々から熱狂されるほどの力を持つ大聖女ティナであれば、流刑地でも生きることができるだろう。


 馬車はティナを流刑地に運んだ。そして、雪の積もる何もない不毛の大地へと、ティナを置き去りにしたのである。


 聖女の力を持っていようが、寒さに凍えれば人は死ぬ。

 ティナは疲れ果てていて、生きる気力も失っていた。


 確かに聖女の力を使えば、不毛の大地で一人きりで生きることもできたかもしれない。

 けれどティナの心がそれを拒否していたのだ。


 そして──。


 チュンチュン、チュンチュン。


 なんとも言えない牧歌的な鳥の鳴き声で、ティナは目覚めた。


 花柄のカーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。

 

 見知らぬ部屋である。ふかふかのベッドに並ぶ、大きめのまるっとしたふかふかホットケーキに眠そうな目がついた、ほっとけちゃん(私を放っておいてという意味だ)のぬいぐるみ。

 小花柄の枕に、同じく小花柄の掛け物。

 

 ベッドの頭側が棚になっていて、そこには目覚まし時計がおいてある。


(私は、柊紅葉15歳。今日から私立シャーロット学園に入学するの。両親は仕事で海外に行ってしまって、私は一人暮らしなのだけれど──)


「いけない、遅刻してしまうわ! もう、八時じゃない……って、何これ! 勝手に?モノローグするのやめて! あと、変なセリフを喋らせないで!」


 ベッドから飛び起きたティナこと──柊紅葉は、ここにはいない女神に向かって大声で怒鳴った。





 

転生ものが書きたい! と、思いたちました。よろしくお願いします。

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[一言] とりあえず女神は最低一回以上ぶん殴られてもしかたない
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