婚約者に駆け落ちされた結果
「え…お父様、今なんて?」
お父様の言葉に、頭を鈍器でガツンと殴られたような衝撃を受けた。
「結婚式は中止だと言ったんだ」
「どうして…?この日のために準備してきましたのに」
「あの男が、平民の女と駆け落ちしたんだ」
私は今度こそ、思考回路が焼き切れた。
「彼が、平民の女を選んだ…」
一人、私室で呟く。どうやらあのあと、私は倒れて大変だったらしい。三日間ほど寝込んで、ようやっと回復したとのこと。
「探さないでくださいとの書き置き、平民の女との駆け落ち。よくあるお話ね」
わかっているのに、胸が痛い。
「…本当は、安静にしていないといけないのだけど」
私は昼間からワインを開けて一人で飲む。
「自棄酒も、たまにはいいよね」
ベロベロに酔うまで、私はワインを飲んだ。
「おーい、大丈夫かぁ?」
飲みすぎて意識が朦朧としてきた頃に、幼馴染が来た。
「大丈夫よぉ?」
「酔ってんなぁ」
彼は私をお姫様抱っこしてベッドに運ぶ。
「そんなにショックだったか?」
「うーん…え?うん」
「そんなにアイツのこと好きだったのか?」
幼馴染にそう聞かれて、少し困る。ショックだった。けどそれは、彼を好きだったからではない。
「んとねぇ…」
「うん」
「恋愛感情は無くて、でも彼と結婚するものだと思ってたからぁ…」
「あー…」
そう、私は彼を生涯支えるつもりではいたけれど…恋心なんてものではなく、貴族の娘としての義務としてそう思っていたのだ。
「お前、好きな人とかいないの?」
「…いるよ?」
「…へぇ、それって誰?」
「貴方」
「は?」
私の好きな人。それは目の前にいる幼馴染。ずっとずっと好きだった。けれど、私には生まれながらの婚約者がいるからと諦めていた。
「えへへ。…好きだよ」
「…あー、マジかぁ。そっかぁ。じゃあ、良いお返事を返しても良いよな」
「ん?」
「…冷静になっても後悔するなよ?」
「何がぁ?」
うとうとする。もう、寝ちゃうかも。
「俺も、お前が好きだよ」
その言葉の意味を飲み込めないまま、私は意識を手放した。
「…やってしまった」
昨日の彼とのやり取りを思い出して頭を抱えた。こんな形で彼に気持ちを伝えてしまうなんて。
「…最悪」
ともかく身支度をして気持ちを切り替えようとしていた時、お父様から呼び出された。すぐにお父様の元へ行く。
「なんですか?お父様」
「お前の新しい婚約者が決まった」
「え、はや…」
「相手有責の婚約解消だし、問題ない」
「まあ、結婚式当日に駆け落ちですからね」
誰が相手だろう。良い人であればいいが。
「ちなみに相手はお前の幼馴染だ」
「え」
「あそこの次男坊を入り婿として迎える。問題ないな?」
「え、は、はい」
「ならこの話は終わりだ。下がれ」
お父様の言葉に、部屋に戻ってソファに腰掛ける。
思わぬ事態に、私はどうしても浮き足立ってしまう。こんなに幸せなことはない。
ただ…私はとても嬉しいけれど、彼はどう思っているのか。
酔っていた間の彼とのアレコレもあって、私はどうしても不安になる。
「私の気持ちを知って、嫌々受け入れたとか。伯爵家の次男である彼は公爵であるお父様に逆らえなくて、嫌々受け入れたとか」
あり得る話ではある。
「…それでも嬉しいと思ってしまうくらいには、好きなんだけど」
彼の気持ちを大切にしたい。それは本当。
けれど、出来れば私のもとに縛り付けておきたい。こんな幸せなことは他にない。この幸せは誰にも渡したくない。
「…私がこんなんだから、前の婚約が上手くいかなかったのかも」
まあ…前の婚約が上手くいかなかったおかげで、大好きな幼馴染と婚約出来るのだけど。
後日、幼馴染が私に会いに来た。彼はいつもと変わらない。
「よお」
「え、ええ。お久しぶり」
「ん?酒に酔ったお前と最近会ってたんだけど、覚えてないか?」
「あ、いや…ええ、覚えてるわ」
「そっか…ほい」
彼から指輪を渡される。
「え」
「左手出して」
言われるがまま左手を出すと、薬指に指輪をはめられた。
「この間も言ったけど、一応ちゃんと伝えておく。俺は、お前が好きだよ。愛してる。…婚約者に逃げられてくれてありがとう。やっと、お前を好きだって言える」
なんとも身勝手な発言。しかし、そんな彼の言葉に喜びが溢れる私も大概だと思う。
「私も好き。ずっと前から愛してた。それこそ幼い頃から」
「俺も、物心ついた時からずっとお前を求めてた。もう離してやらないから、覚悟しろよ」
「ふふ、ええ!」
こうして私は初恋の人と結ばれることになった。
その後の、元婚約者の彼。平民の女と駆け落ちした後、逃げた先で商売を始めてこれが上手くいったらしい。商人として名を揚げて、彼の両親が払った婚約解消の慰謝料や賠償金をきっちりと返したらしい。
そんな彼は両親にお金を返済した際、彼の両親から爵位を継承したお兄様に一発殴られたらしい。
しかし、なんだかんだで今ではまた家族として上手くやっていっているらしい。
「彼が駆け落ちしてくれたおかげで結果的に私は幸せになれるのだから、彼もそれなりに幸せだといいな」
彼からの謝罪の手紙を読んで、私はそう呟く。どんな形であれ裏切られたことに間違いはないが、やっぱり彼の裏切りのおかげで幸せが向こうからやってきたのだ。今では感謝しかない。
「平民の女とも結婚して、子供もいるらしいし。きっと、これで良かったのね」
私と幼馴染も、今は婚約者として愛を育んでいてもうすぐ結婚。今度こそ、幸せになれると思う。




