6 脳筋(?)ナイジェル様と秘密の尾行
掴まるというよりも、もはや首にぶらんとぶら下がるといった感じのナイジェル様を横抱きにしたまま、わたしは王宮のダンスホールを抜けて廊下へ出た。
その途中で――あの二人の令嬢が目を丸くしてわたし達を見ていたのを確認したナイジェル様は、周囲に聞こえる位ふふんと鼻を鳴らし挑戦的に見返した。
「何ですの!?あれ…気分が悪い。いい気になり過ぎですわ」
「勘違いも甚だしいわ。後で…」
通り過ぎたわたしには背中越しでもあの令嬢達がヒステリーを起しているのが分った。
「ふん、いい気味だ」
べーっと舌を出し勝ち誇った様に云うナイジェル様の行動に、思わずわたしは噴き出してしまった。
「ふふ…ナイジェル様って案外子供っぽい性格でいらっしゃいますのね」
「まあ、そうだな。勝負を挑まれると直ぐに受けて立ってしまう」
(そんな事はない。俺はいつも冷静だ)
とご本人に即座に否定されるかと思いきや、ナイジェル様は頷いてあっさりと認めた
「所謂単細胞の脳筋ってヤツだな。俺は自分でもそれは分かっているさ」
「そ、そんな事は…それにあれが勝負なのですか?」
「そうだ。向こうの御令嬢が先に俺に喧嘩を売ってきた。しかもソフィアを貶める言葉で。それを許せるか」
鼻息も荒く言い捨てると、ナイジェル様は心の内を滔々と話し始めた。
「だからその見かけはあまり好きではない。軒並みハードルが上がるからな。
『寡黙』だと言われているのは喋ると、特に女周りがやたらにうるさい反応をするからだ。
妙な理想像を押し付けられた上で『こんな粗野で趣の無い方だと思わなかった』だの『わたくしの気持ちを少しは考えて』と怒られるだの…被弾が多すぎる。果ては話した事もない令嬢からストーカー紛いの事をされて、おかしな恋愛成就の呪いグッズみたいのを渡されたり…地獄だ」
ナイジェル様はわたしと婚約するまでの――15歳までの女性遍歴の詳細を語った。
そしてナイジェル様は深くため息をつくと
『自分の外見がもっとソフィアのお父上殿の様だったら良かったのに』
と呟いた。
その様子はとても儚くて絵になる様な美しさだが、ナイジェル様はご存じなのだろうか。
わたしのお父様の外見が巷では『歩く魔法ゴリラ』と言われている事を。
(いえ…普段から会っておられるから見た目は分かっている筈なんだけど…)
「あの、わ、わたくしのお父様ですか…?」
「うん…そうだ。ソフィアと婚約してそういうのは落ち着いたと思っていたんだが。まさかソフィアの方にそんなにしわ寄せがきているとは思わなかった…申し訳ない」
(しわ寄せと言うか、わたしのはただ嫉妬心を燃やす令嬢からの嫌がらせなんだけど)
と思ったが口には出せなかった。
わたしだって変わらない。
ナイジェル様の王子様の様な素敵な外見に自分で勝手に緊張し、話もまともにできなかったのだから。
(他の人と同じだわ)
ある意味――可愛らしいとも思えるナイジェル様の側面を発見できたのはとても嬉しかった。
けれど先程のナイジェル様からの婚約破棄の言葉を思い出すと。
(何故だろう…最初入れ替わる前に婚約破棄を言われた時よりも、イヤ…かも…)
何だか庭でも婚約破棄宣言直後より、胸に複雑なモヤモヤを抱える事になってしまったのだった。
+++++
ホールを抜けた廊下にほとんど招待客は居なかった。
ナイジェル様をお姫様抱っこしながら廊下を歩く。
するといきなりナイジェル様が
「ソフィア、しー…」
とわたしに言いながら歩くように指示をした。
その時わたしにも廊下の前の方を歩いていく方の姿が見えた。
(あら?)
どこかで見た事のある令嬢の姿だ。
あの流行の水色のドレスはなんと
「――セリーヌ嬢…」
わたしは一気に気持ちが重くなった。
ナイジェル様が追いかけたかったのは、婚約破棄の切っ掛けとなったセリーヌ嬢だったのだ。
「ソフィア、そのまま動くな」
ナイジェル様はそう言うと、そのまま無言で彼女の姿を見つめていた。
何だか――恋人を見る感じでは無いのが引っ掛かる。
(どちらかと言えば…)
この緊迫感も相まって『観察』とか『監視』に近い。
ナイジェル様が床に下ろす様に手で指示したので、わたしはゆっくりとナイジェル様を下に降ろした。
ナイジェル様はドレスシューズを脱ぐと靴を持ったまま、ゆっくり静かにセリーヌ嬢の後を付けていく。
――そして…。
大きな窓には重厚な長いカーテンが掛かっているため、最初はそこに人が隠れているのが分からなかった。
次の瞬間わたしの姿をしたナイジェル様は、はっと息を飲むような声を上げた。
そこにスッと影が動いて流れるような動作で現れたのは、黒髪で背の高い濃い紺の燕尾服を着用したミルデン王国第二王子レオ殿下だ。
ナイジェル様のお兄様に当たるランディ様とご婚約されたエイダ姫様の、実のお兄様に当たる方だった。
+++++
セリーヌ嬢とレオ殿下はお互いが吸い寄せられるように身を寄せ合い、指をからめた。
そのまま時に忍び笑いをしながら顔を寄せ、身体を密着させて歩く様はまるで恋人同士の様だ。
わたしは口をぱくぱくさせて二人を指差した。
(…え?どういう事なの?)
確かレオ殿下は…先月隣国の王女と婚約したばかりの筈ではではなかったか。
わたしの姿をしたナイジェル様は、厳しい表情を浮かべたまま小さく頷いた。そして
「…後を付けるぞ。ソフィア」
と小声で言った。
二人は無防備にも周りを確認する事なくあるゲストルームに入って行き、中からガチャリと施錠した。
裸足のまま後をつけるわたしの姿のナイジェル様と、ナイジェル様の姿のわたしはゲストルームの扉の前で立ち止まった。
「失礼しますよ。殿下」
と言ってそのまま行儀の悪い事に、ナイジェル様は扉に耳をつけて中の様子を窺った。
最初は眉が寄せられていただけなのが段々とその表情が曇っていき、最後にはナイジェル様はこの世の終わりの様な表情をした。
そしてナイジェル様は
「あぁ…もう終わりだ…」
と小さく呟いた。
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