4 お父様なら知っている
「どうしてこんな事になったのか…一緒に考えましょう。ナイジェル様…」
「そうだな…一体なぜいきなりこんな普通では考えられない事が起きたんだ?」
わたし達は途方に暮れながら向かい合わせでお茶を飲んでいた。
そしてその場でナイジェル様とわたしの入れ替わりについて推察していく。
『何故二人が入れ替わるような事が起きたのか?』
それには多少――本当に多少だけど、わたしに心当りはあった。
婚約の時に行った月の精霊との契約を思い出したのだ。
「あの、もしかしたら…婚約の『精霊の契約』が関係しているかもしれません…」
「あれか――月の精霊の前で行った婚約の契約の事か?」
「はい…多分。わたくしも契約の詳細は分からないのですけれど…」
実はわたしには生まれ付き微力だが――精霊力がある。
(魔力もあったが、それも魔術師団の団長の娘にしてはごく普通のレベルのものだ)
聖女になれるほどの力の強さは無かった(自分を守るだけで精一杯に過ぎない)が、『精霊力を持つ』方が『魔力を持つ』よりもより稀有な力ではあった。
調べてみると、わたしの精霊力は月に関するものが一番強かった。
その為お父様は、わたしが生まれた時に月の精霊にわたしの加護を契約してお願いしたのだ。
そして七年前、十五歳のナイジェル様と十歳のわたしは婚約した。
夜九時――満月の下で、月の精霊が見守る中で婚約を交わしたのだった。
(その時のわたしは子供だったので真夜中という訳にいかず、九時が眠くなる前の精一杯の時間だったのだ)
通常貴族同士の結婚や婚約は誓約書や物品・魔力同士の結びつきで交わされる事が多いのだが、わたしの場合は月の精霊の力とナイジェル様の持つ魔法の力を結び合わせた。
その複雑な契約を結んだのが、現魔術師団団長に当たるわたしのお父様ゲイル=ドレスデン侯爵だ。
何故なら婚約の結びにお父様は、ナイジェル様をいずれ伴侶になる相手と精霊に紹介したらしいから。
「その時に交わした契約内容が分かれば、もしかしたらこの現象を説明できるかもしれませんわ」
「なるほど…そういう事か…」
+++++
ナイジェル様はわたしとの話に大きく頷いていたが、話し合いの結びには大きなため息をついて下を向いてしまった。
「…ソフィア。こんなにいきなり婚約を破棄するという形になって…済まない」
「ナイジェル様…」
(今更…すまないと言われても…)
わたしは正直何とも言えずにナイジェル様を見つめた。
「ナイジェル様のお気持ちが変わったのなら、それは残念ですけど仕方がありませんわ。だって…人の心は縛れませんもの。無理に婚約関係を続けるという訳にはいきませんわ」
今でもナイジェル様のお気持ちを取り戻したいけれど、わたしの中にあの優美なセリーヌ嬢に対して優る部分が見当たらない。
ナイジェル様はわたしを切なそうに見上げた後
「気持ちは…いや、そうだな。今は何を言っても……」
と言ってそのまま黙ってしまった。
ナイジェル様に七年間憧れてきただけに、こんな形で裏切られるのはとてもショックだ。
けれどその反面、まともに会話ができない、ただ緊張をして下を向くばかりのつまらない婚約者とでは関係をつくれないと判断されても仕方が無いのかもしれない。
(せめてあんな風に抱き合うのを見てしまってからでは無くて、最初からナイジェル様から告げて欲しかった)
とも思うけれど、今となっては婚約を解消する事に変わりはない。
(こんなに素敵なナイジェル様が寧ろ七年間もわたしに付き合ってくださったのが…ありがたかったのかもしれないわ)
そんな風にわたしが色々と考えていると、ナイジェル様は決意した様にわたしに告げた。
「分かった。とにかくこのままではどうにもならない。ソフィアのお父上殿に会いにいこう」
+++++
わたしはナイジェル様と一緒にお父様を捜す事にした。
今日は晩餐会+ナイジェル様のお兄様にあたるランディ様とエイダ姫様の婚約発表会でもあったので、パーティの会場自体が大きくて警備にわたしのお父様も就いている。
二人でナイジェル様の部屋を出てから、騎士団の詰め所の前を歩き(さっきの騎士がペコリと挨拶をしていた)宮殿の会場方向へと並んで歩いて行った。
長身のわたし(ナイジェル様)と小柄で歩幅の合わないナイジェル様が、慣れないドレスシューズで一生懸命に歩いているので、ゆっくりと速度を合わせて歩く。
「これをご婦人は履くのか…大変だな」
「ナイジェル様、大丈夫ですか?」
「この靴非常に歩きにくい…婦人はこれでダンスも踊るんだよな。どうやって踊るんだ。爪先に体重がかかるし、踵が細いから転びそうでがに股になるし、これは苦行の一環ではないのか…」
「苦行……」
ナイジェル様の言葉のチョイスはかなりノンデリではあるけれど、歩く様子を見るにとても大丈夫そうでは無い。
ドレスをたくし上げながらふらふらとがに股歩きする姿は、侯爵令嬢としてはかなり異様である。
ドレスシューズに慣れたわたしには平気でも、普段革靴やブーツを履くナイジェル様にとっては大変なのだ。
「…もしかして今足にマメが出来てはいませんか?」
「う…い、いやっ…だ、大丈夫だ…」
「お辛くなる前に言ってくださいね」
「…ああ…分かった…」
ナイジェル様の様子を気にしながら足をゆっくりと運んでパーティ会場へと着くと、そこは宴もたけなわでパーティ会場特有の熱気に包まれている。
様々な階級の貴族達がごった返しで集まっている状態だった。
「この中からお父様を見つけるのは、結構至難の業かもしれませんわね」
「そうだな…俺に至っては見えないので全く分からん」
「それはそうでしょうね…申し訳ありません」
わたしは、髪飾りの着いた自分の赤毛のつむじを見下ろして言った。
ナイジェル様目線のわたしの視界では、残念ながらそこしか見えない。
わたしは背が高い方では無いし、今夜は苦手なワルツを踊る為に少し踵の低いドレスシューズを履いている。
尚更ヒールの高いドレスシューズを履いているのご婦人の中に埋もれてしまうだろう。
「ソフィア…済まない。やはり限界が来た」
ナイジェル様は足が疲れてしまったらしく、手近にある椅子を見つけるとそこにちょこんと座ってしまった。
「ナイジェル様。お疲れではありませんか?何かお飲み物持ってきましょうか?」
「いや…大丈夫だ。ありがとう」
今は飲み物どころでは無いのかもしれない。
足をしきりに揉んだりして擦ったりしている。
「うーん…」
(お父様はいらっしゃらないし、どうしようかしら…)
わたしが周りを見渡していると、見覚えのある令嬢二人組がこちらにつかつかと歩いて来た。
(あの方達は…)
わたしは二人に見覚えがあった。
見覚えというか、勝手に目をつけられてしまったというか。
通りすがりにいつも
「あの素敵なナイジェル様とは釣り合いが取れていないというのに…」
「お父様の地位のお陰で婚約できたというのに、ご自分に魅力があると勘違いしてらっしゃるわ、全くおめでたい人ね」
などと言ってくる伯爵令嬢達なので、否が応にでも覚えてしまったのだ。
パーティ仕様でとても美しく着飾っている彼女ら(わたしには戦闘服に見えた)にまた何か言われるんじゃないか、と思わず身構えてしまった。
すると彼女たちの1人がドレスを翻し、優雅に一礼して
「ナイジェル様…宜しければ一曲お相手して下さらないでしょうか?」
と誘ってきた。
「…はあ?…あ…」
(あ…そう言えばわたし今ナイジェル様だったわ)
婚約者であるソフィアを一瞥もしないでワルツを誘う態度も大概だったが、もう一人は後ろで椅子に座るナイジェル様にすっと近づいて、なにかぼそぼそと耳打ちした。
次の瞬間いきなりナイジェル様が勢いよく座っていた椅子から立ち上がり、強い口調で耳打ちをした令嬢に向かって言った。
「黙れ。俺の婚約者を馬鹿にするのは止めて貰おう。彼女はとても美しいしドレスも良く似合っている。それ以上は俺が――」
パーティ会場が一瞬水を打ったかの様に、シーンと静まりかえった。
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