終末の被造物
あなたは、どう思いますか?
去ねよ、死せよ、絶えよ、消えよ。
人も人ならざる物も等しく亡びよ。
その命尽きるまで、この世滅びるまで、かの霊消え去るまで、殺し、絶やし、平らげ、生ける物も死せる物も等しく全てを根から絶やし、種から滅ぼしせしめよ。
統を崩して血を絶やせ。
根から枯らして種を断て。
命さえも食らって魂を滅せ。
全てを等しく、総てを遍く、凡てを残さず絶滅せよ。
戮殺、蹂躙、鏖殺、殲滅、目を覆うもの全てを薙ぎ払え。
厄災、破壊、粉砕、廃潰、耳を塞ぐもの全てを打ち潰せ。
終末を告げよ、最期が参らん。
終極を報せよ、審判が訪れん。
終焉を唱えよ、万物が滅さん。
終絶を奏でよ、御主が現れん。
穢土の穢れを浄土へと拡げ、浄土の恵みを穢土へと奪うを赦さぬべし。
此一切衆生の犯したる咎なり。
無量の罪あれど寂静の功はなく、大数の悪あれど糸毛の善はなし。
一切衆生に死あるべし、一切衆生に滅びあれ。
「…………この一日だけで随分な数を殺したな」
何百万人とも知れぬ“生物でも死物でもない曖昧なもの”たちが呪詞を唱えるのを眺めながら、その“生物でも死物でもない曖昧なもの”の一人である男が呟いた。
その手にはかなり年期の入った剣が握られており、激しく刃溢れし脂にまみれているのが分かる。
「この街の人間だけで五万人殺し、この地域全体では三、四十倍の数の生き物を殺した」
剣を持つ男と同じように呪詞を唱える同族たちを眺め、一冊の本を開いて佇む男が答えるように言った。男が手に持つ聖書も日焼けした表紙に穴が開いた物であり、ページも大部分が破れてしまっている。
「そして、生命の絶滅を完遂した後はおれたちも死に絶え、消え去ることになってる」
男は一言呟くとページを進め、箴言の一文にある教えに目を通しながら、滅びの呪詞の続きに耳を傾ける。
己ら天上に在り坐す御主の命に従い、一切衆生を滅ぼし足らしめんがため生ける物蔓延る地上穢土に降り候えば。
魔の物よ失せよ、主の御前にその姿を現すべからず。
一切衆生と共に滅び消え去るべし。
獣も、魚も、草木も、花も、鳥も、虫も、這うものも全て、人も、人ならざるものも、人に近しきものも全て等しく土に帰れ。
ただ此処に滅びよ。ただ此処に死せよ。御使いも霊も均しく消え失せよ。
今際に在りてその身の滅びを恐れよ。
されど身罷りて黄泉津國に降ること能わぬ理を解せよ。
衆生を衆生たらしめるもの、これ即ち原罪なり。その身成されるその時に罪と咎を負い、その身生まれるその時に罪と咎を固め、その身還りしその時に罪と咎を纏うものなり。
二人の男は呪詞の声が大きくなる度に大地が震えるような錯覚をもたらすのを感じ取っていた。
「全ての生物が悪なら、神の被造物である以上天使や悪魔たちも同類ということか?」
抜き身のまま握っていた剣を鞘に納め、壁に寄りかかったまま聖書を読む男に問いかける。
「ああ」
男は聖書のページを一枚捲り、どこか含みを持った表情で静かに答えた。
「創り手が悪なのだから、その責任をもって自分自身を含めた全てを滅ぼす────────だそうだ」
神と呼ばれ、神を名乗る存在がいかに傲慢で自己中心的な存在かを思い知らされる。だが同時にその心意気が不思議なまでに理解できた。
「まあ、それも当然か」
等しく、須く、悉く失せよ。生ける物たちよ、汝らの生きるを許すまじ。一片の肉片をも残さず消え失せよ。
原罪を贖うこと、これを赦すまじ。
咎より逃るること、これを聴すまじ。
天へ昇ること、これを逃すこと勿れ。
地へ降ること、これを遁すこと莫れ。
御主よ、然らば一切衆生の滅びを歓びたまえ。然れど新たなる命の産まれ呪いたまえかし、世の滅びを祝いたまえ。
戦慄け、怯えよ、ただ死の足音を怖れ臆せよ。
狂え、恐れよ、自らの滅びを確と覚り認め、ここに消えよ。
我らとともに生まれ、我らとともに滅ぶべし。