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後藤一家の事情  作者: 奈々篠 厳平
六章
42/50

~血の金曜日~ 6

 蒲生とハヤトとタンポポと山野は後藤家に上がり込んだ。

両親とご挨拶を交わし、玄関を通りダイニングキッチンで向かって左側の部屋に入ると、そこは子供部屋だった。

上にベッドを付けた勉強机が4つ(すみ)に配置した構造で、ヒロトの勉強机は戸に向かって右上の所にあった。

蒲生は鉄の棒で出来た(はしご)の前に立ち、ヒロトを呼んだ。


蒲生:ヒロト、具合はどうや。

ヒロト:…。

タンポポ:私たちだよ、心配しないで。

ヒロト:……。


ヒロトは確かにベッドにいる、だが返事をしようという様子ではなかった。

(しかも)も、(わず)かであるが何かを切り付けてるような音が一定のリズムで聞こえた。

そこへ、キンジロウとヨモギが何事だとやって来てしまった。

タンポポは急いでキンジロウとヨモギを部屋から追い出そうとした。

何故なら、タンポポの脳内で良からぬ事を(よぎ)ったからだった。

蒲生先生は慎重に梯を1、2段上がり再度呼び掛けた。


蒲生:ヒロト、大丈夫か?ただ様子を伺いに来ただけだから。

ヒロト:…。


蒲生先生は(つい)にベッドまで到達しヒロトの顔を見えるようになった。

然し、そこで見たものは惨たらしい光景だった。

敷き布団の一部を赤く染めるぐらいに左腕をカッターナイフで切り続けているヒロトが無言で蒲生先生を見ていた。


ヒロト:────の邪魔を──。

蒲生:後藤!何やってんだ!

ヒロト:オナニーの邪魔をしないで。

蒲生:これ以上やったら…死んでしまうぞ!

ヒロト:オナニーの邪魔をしないで、痛みで快楽を得ている。それに───


蒲生先生は迷うことなくヒロトの両腕を押さえ、カッターナイフを払い落とした。

カッターナイフはハヤトが急いで弓手(ゆんで)で拾った。

ヒロトは狂った(からくり)人形の如く抵抗し始めた。


ヒロト:あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛い゛っ!!!

蒲生:落ち着け、呼吸を整えろ!

ヒロト:あは、あはは!セックス!セックス!セックスよりも!

タンポポ:…ヒロト。

山野:ヤバいな、流石(さすが)にこれは…その…。

ハヤト:蒲生先生、両親呼びにいってきます!

蒲生:あ゛あ、お願いしてくれ!

キンジロウ:ねぇ兄ちゃん、何か起きてるの?

ハヤト:後で教えるっ!!

ヒロト:死の瞬間…それはセックスの倍以上の快楽っ!死んで気持ちいいなら…!!


ハヤトは急いで両親を連れ出し、ヒロトの安静を要求した。

公木(こうき)は頓服薬と一杯の水を用意し、琴華(ことば)は包帯を持って駆け付けた。

そして包帯を蒲生先生に渡し、琴華はヒロトの右腕を押さえて、その隙に蒲生先生が酷く傷付いた左腕を包帯で巻きつづ両方の手足首を(さく)に縛り付けた。

その後、公木が一杯の水の中に頓服薬を入れて溶いたものをヒロトの口に少しずつ垂らした。


山野:せ、先生…幾ら暴れているとはいえ、縛り付けるのは遣り過ぎですよ!

蒲生:(いた)(たが)ない、両親の指示に従っただけだ。

キンジロウ:母さん、何か起きてるの。

琴華:えーと、一寸(ちょっと)ね…ヒロトの精神が参っちゃったみたいなの。


公木は何とかしてヒロトに頓服薬を飲ませることが出来たので、梯を下った。

とはいえ、直ぐに効果が出る訳ではないのでヒロトは縛られた侭ジタバタしていた。


公木:頓服を飲ませた、数十分経てば大人しくなるだろう。

蒲生:有難う御座います、ではヒロトの近況について聴取しておきたいのでリビングでお話ししても宜しいですか。

琴華:承知しました。


両親は蒲生先生に連れられダイニングテーブルの方へ向かった。

山野とハヤトとタンポポとキンジロウは必死に暴れているヒロトをただただ見つめていた。

そして公木の言った通り、暫く経って疲れたのか抵抗を止めてその侭眠ってしまったのであった。


山野:…最近こんな感じなのか?

ハヤト:(いや)、いつもは落ち着いて心の整理を自ら整えているんだが…。

タンポポ:正直、何でリスカしたのか、何で急に暴走し出したのか、私たちも分からないの。


山野は少しモヤモヤしてしまった。

ヒロトが腕を切り付けたのは自分のせいなのか、それとも無関係なのか、其許(そればか)り考えてしまい苦悩していた。

そして結局、山野は背中を丸めた様子で帰っていった。

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