~始まり~ 3
マツは玄関から出ていく時、テラスの窓ガラスを割ったのを思い出した。
が、それを堪えることで恰もここの住民だと偽ることが可能なので必死に真顔を貫いた。
10メートル程歩いた時、犬の散歩をしていた近隣の老婆がマツに向けて矢庭に挨拶してきた。
犬は狩猟犬として名高いダックスフンド、無駄に運動させているのか、将又食べ盛りなのか普通より一回り大きいというより若干筋肉質であった。
老婆:おや、おはよーねぇ。
マツ:ぁ...お、おはよぅねぇ。
老婆:まぁまぁ、力を抜いて気楽に挨拶すりゃいーやねぇか。
マツ:はぁ...(恐らく私を見るのは初めてだ、絶対ここの住民かどうか問われる気がする。)
老婆:ところでぇ...さっきガラスが割れる音が一寸許り聞こえたんすょ、お宅さんは大丈夫でしょーかね?
マツ:!?...はい、大でぃ、大丈夫ですよ!に、にしても物騒ですねぇ...(ヤバい事になった、早くこっからドロンしないと...)
老婆:落ち着きがないですぇ...まぁおっかない事ですし、動揺するのも分かります。
老婆は穏やかに話していた。
然し、老婆が飼っているダックスフンドは唸った様子で人間に化けたマツを睨んだ。
化け狸は人間を騙せても犬や猫などには安易に見破られてしまう。
人間とは異なる僅かな体臭で判別されてる説、声の周波や人間には見えない“何か”が見えている等と様々な仮説があるが───謎のままである。
マツは尋常ではない程吠えられてることに苛立ちと同時に冷や汗が身体中に滲み出たので忙しいフリをしてその場から走り去った。
と、衣嚢から何かが落ちた。
老婆が何かと気になって拾ってみると、それは真珠のブレスレットだった。
老婆は魂消るがあまり不意に叫んでしまった。
老婆:大変だ!盗人だ、盗人が逃げたぞ!!
それを聞いて近隣の人々は窓から顔を出して状況確認をしだした。
確かによく見ると衣嚢から煌めく何かがチラチラとしていた。
住民は急いでマツを追い掛けて取っ捕まえようとしていた。
マツは必死になって紆余曲折し乍ら大通りへ向かった。
辺りを見回し、帰るべき鷹緖山は何処かと探しつつ逃げていると一店のコンビニがあった。
と、駐車場にSUV車があり、丁度買い物を終えて今から乗車しようとしている若人を見つけた。
若人はキーを取り出しドアを抉じ開けようとしてたのでマツは勢いよく若人を突飛ばし、キーを奪った後SUV車に乗り込んだ。
マツは思いっきりペダルを踏んだ。
その直後真っ直ぐ店内に突っ込んでしまった。
マツは焦るがバックの仕方が分からず、そのまま棚を薙ぎ倒し乍ら店内を一周して外へ突き破る様に出た。
車を急発進して、さっき踏んだのがアクセルで隣にあるペダルこそがブレーキだと把握しつつ鷹緖山の方面へ走った。
マツは逃げる事と鷹緖山に向かう方法許り考えており大きな十字路を弾丸の様に飛ばす。
当然渡ろうとしてた人々も蜘蛛の子散る様に避けた、が一人が不運にも接触してしまい大きく舞って50m先でぐったりと倒れ込んだ。
盗難されたSUV車は次々と乗用車や軽トラ等をぶつけ、何を思ったのが車線を乗り越え逆走までして、何度も信号無視をしていた。
後ろから数台のパトカーが追っており、アナウンスも聞こえていた、だがそれでも逃げ切ろうと不当を躊躇うことなく続けた。
気付けば大通りから一車線へ、一車線から一本道へと走り続けた。
そして鷹緖山の山道近くまで来て、木製のフェンスをぶち壊し整備されていない道まで来ていた。
車体には凹みや傷、数人の血痕がある。それ程マツは必死だった。
盗んだのがSUV車だった為砂利道も難なく走行でき、見事振り切る事に成功した。
マツはやっとホッと一息吐けるようになり有頂天になっていた。
と、目の前に大きく出っ張った石があった。
気付いた頃には遅く、激しく乗り上げハンドル操作を大いに狂い、其のまま樹木に激突した。
幸いにもマツに怪我は無かったが、ボンネットが大破し使い物にならなくなった。
仕方なく降りて、歩いて縄張りのところへ向かった。