~始まり~ 1
何気ない疑惑が地を赤くする、そんなこと等誰か想像したか。
鴨脚樹が葉擦れて、大瑠璃が優々と囀ずる砌、礼津市は馬鹿みたいに長閑だった。
気が抜けそうな程、平和なここ『礼津市』の小さな山々の一つ《鷹緖山》の奥方の奥方に化け狸の一族が住んでいた。
一族は密かな暮らしを日々送り、齧歯類、昆虫、鳥の卵、そして植物の実や根や葉や花などを食している。
そして時折下山をしては人界に足を運び、身分を眩ます為人間に化ける。
肉、魚、青果物、清涼飲料、更に煮て焼いて炒めて蒸し上げた贅沢な料理を半透明や厚紙などの容器に金地金を扱う様で仕舞う。
その後、銅製又は白銅製の硬貨手一杯を取引に入手し、山中で購入した食物を並べ盛る事もある。
金銭、即ち一族での産業は養蚕である。
養蚕は人界で稼ぎを求めるも人間に門前払いされたり、文化の違いに追い付けぬ侭山に戻ったりした末に始めた一族にとって唯一の金銭を得られる仕事でした。
最盛期では月に数百万も儲けており、老若男女問わず汗を滝の様にに流し大きな蒸気を一面浮かした。
幼虫の面倒や健康管理、繭から生糸を取り出す作業、餌とする桑の生育などと其々分担して働いた。
然し、時代は残酷だった。
科学繊維の登場や安価な輸入品の流行で大いに売れ行きを失い、貧窮を強いられる許りだった。
只それだけならば絹の使い道や方向性に練る事が出来ていた。
彼らに追い討ちを掛けたのは膿病だった。
一族で原因究明をして、養蚕の作業場の環境や手順の見直しや桑の状態など、手当たり次第探った。
けれど突き止めることは出来ず、只衰退するのを待った。
桑も実をもぎ取り菓子やジャム等にする筈だったが萎縮病が全てを襲い白紙になっていた。
一族は無一文で以前よりも暗い暗い生活を過ごしていた。