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ごめんなさい....

「先程の話をもう一度お願いします」


主人が紳士に言った。

(一体何の話をするの?この人は誰?)

訳が分からない。

私の隣にアイツが座る。

酷く震え、下を向き項垂れる姿は我が身と重なった。


「...私は笠井隆介と申します。

そこに居る山口隆平の父です...」


「え?」


コイツの父親?でも姓が違う、これは?


「笠井さんは25年前に離婚したんだ。

お前の()()は7歳の時に離婚した笠井さんの前の奥さんに引き取られたから名前が違うと言う訳だよ」


『お前の恋人』主人の言葉が私の心を抉る。

否定なんか出来そうも無い。


「そうです...大人の事情でコイツに寂しい思いをさせてしまい、私が甘やかしたばかりに...」


「そんな事はどうでも良いです。

寂しい思いをさせたから、この男が私の妻を奪った、そんな理由は成り立ちません」


「本当に申し訳ない!」


主人の言葉に笠井さんが頭を下げ土下座をする。

その様子を呆れた表情で見ていた。


「謝罪は遅いです、こうなる前に父親として考えて欲しかった...」


溜め息を吐きながら主人は私とアイツを見た。


「おい」


主人が私の隣に座るアイツを呼ぶ、こんなに怖い声が出せたんだ。


「どうやって妻に近づき、奪ったか言え」


「シ、ショレハシャッキ...」


「もう一回だ、こいつ()は聞いてないだろ!」


「ヒャイ!!」


主人の言葉にコイツの身体が跳ね上がる。

よく見ると口の中には歯が数本しかない。

更にブラブラの歯が覗いていた。


「ワタシハシャオリサンヲ...」


話す口から血が滴り、空気が漏れ言葉がよく聞き取れない。

時折ハンカチで口を拭うが途中から涙と嗚咽で全く分からなくなった。


「簡潔に教えてやる。

お前が任された仕事はコイツの父親がお前の会社に回した物だ」


「どういう事?」


私の仕事が?


「笠井さんは大手の代理店を経営しているんだ。

コイツに頼まれ仕事をお前の会社に回していた、コイツはそれを利用したんだ、お前と一緒に仕事して口説く為にな!」


「まさか?」


私の仕事が認められたからじゃないの?

コイツのお膳立てで私は今まで?


「申し訳無い!

息子可愛さに私は何という愚かな事を...」


笠井さんは再び頭を下げた。

大きな背中が震えている。


「考えてもみろ、まだ30前のお前に次々と大きな仕事が回されるなんておかしいだろ?

この1年で急に」


....実力だと思っていた。

私の力で仕事を勝ち取ったとばかり。


「まさかと思ってた、俺はお前を信用していたんだ。

だが終わりだ、お前の会社での立場も、俺達夫婦もな」


「そんな...」


頭が混乱する。

そんなの分かるはず無い、こんな巧妙に仕組まれていたなんて!


「嫌よ!」


「何が?」


「そんなの気づくもんですか!

私だけが悪いんじゃない!」


思わず大きな声が出た。

だってそうじゃないか。


「そうだな、お前達2人が悪いんだ」


淡々と呟く主人の様子に怒りが止まらない。


「私は悪くない!」


「...バカが」


「バカ?」


バカとは?

主人はまた呆れた顔で...


「コイツは他にも同じ手で何人も口説いてたんだ、掛かったのは...お前だけだ」


「そんな」


「最低限のモラルがあれば裏切らない。

恋人や配偶者が居れば尚更だ、ましてや他人の子供を身籠る事なんて...」


初めて主人の言葉に感情が籠った。

苦しそうで、自らの過ちを今更知った。


「笠井さん、今日はお引き取り下さい。

後は私達家族で話をしますので」


父さんが笠井さんに告げた。

主人は俯いたまま固まってしまった。

私は何も考えられない。


「分かりました。

コイツの処理はこちらにおまかせ下さい。

慰謝料でも何でも致します」


笠井さんは再度頭を下げた。


「処理じゃなく処分して下さい」


「え?」


「亮一君...」


「お願いします、私の幸せを奪ったコイツを消して下さい。

もう手遅れなんです。

幸せだったんです、両親の居ない私を息子の様に可愛がってくれたんです。

彼女は最愛の人だったんです。

もう愛せません、愛せるはずがありません!

手遅れなんです、手遅れ....」


呻く主人に私は、私は....愛していたのに、


「ごめんなさい!!」


激しく頭を床に打ち付ける、一体私は何てバカな事をしたんだ!

もう全ての...私の幸せが....


「分かりました、必ず...失礼します」


笠井さんはうつ向いて部屋を出た。

アイツは男達に羽交い締めされ激しく身体をバタつかせて...どうでもいい。


「僕も帰ります。

後は弁護士におまかせしますので、今までお世話になりました」


立ち上がる主人、このまま帰すなんて!


「待って!!」


「離せ!!」


主人の足にすがり付くが振りほどかれてしまった。


「頼む...」


「....あなた」


寂しそうに呟いた主人に私は全て覚った。

もう私は存在悪なんだ、主人にとって害をなす存在なんだと。



こうして私達夫婦は終わった。

この日からあの人と会っていない。

もう会えない、そんな資格なんか無いのだから。


会社はクビを免れたが閑職に、アイツは自主退職をした。

その後のアイツは分からない。


『もう二度とアイツは姿を見せる事は無いでしょう』


笠井さんの言葉に何も言えなかった。


子供は堕ろした。

それも笠井さんに手を回して貰い、元主人の手を煩せる事は無かった。


私は両親と一緒に暮らし、今もコツコツとあの人の通帳に慰謝料を払い続けている。

連絡は来ない、金額なんかもどうでもいい。

ただ毎月、余ったお金をずっと...ずっと...


いつかあの人に幸せが来る事を祈って。


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― 新着の感想 ―
[一言] リアルにこんな結末の夫婦を何組か知っているだけに、とても辛い その内何人かは既にこの世には居ない 加害側が罰を受けるなら、それは仕方ないと割り切れもしようが、被害側も亡くなっていたりするか…
[良い点]  台風が去った後の惨状を見るような虚無感が塊になって消えてくれません。  彼女と彼の心情を色々と想像してみます。  シャーデンフロイデは自分を客観視すると恥ずかしいので嫌いなのですが、本作…
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