31、照らす
『初めであり、終わりである』
ふと私は今置かれている状況から、自分の注意が離れていたことを自覚した。遠くで迷走していたいくつものサイレン音が収斂され、再び、そして確実にこちらに向かって来ていることに気付いたのだ。
私は左右に目をやった。出入口らしきものは見当たらない。もとより、逃げるのなら今来た道を引き返す方がよりベターであろう。
そう思い、振り返ろうとした瞬間だった。
前方にある十字架が、そしてステンドガラスで描かれた宗教画が、さらに「Α」と「Ω」と記された二つの文字が、先ほどまでより明かにはっきりと目に見えていることに気付いた。
だけではない。それらに自分の影が大きく重なり、揺らめいているのを私はしっかりと知覚したのだ。
全身に緊張が走る。私は手にしたままのナイフの柄を、さらに力を込めて握りしめた。
そして私は思い切って振り返った。
その刹那、目線の先からゴォっと小さく音が鳴ったように感じた。
それは炎が風に吹かれて揺らめく音だった。
「……だ、誰だ!」
私はそう叫んだ――つもりであったが、体が力んでいたせいか、思ったように声が出なかった。
いや、そうではない。そこに目にしたものを、私は心胆から畏怖したからだ。
本能的に感じた恐怖の正体。
そこにいたのは松明を持った一人の若い男だ。
表情は――ない。焦点があっているのか、否かもわからない瞳がこちらに向けられている。
その男は極めて泰然とした様子で既に教会の中に立っていた。
なぜ?
いつの間に?
音もなく、気が付けばその男は距離にして僅か5~6メートル程度のところに立っていたことが、どうしても解せない。
身に着けているのはフードが付いた膝まである重そうな黒っぽいコートだ。そして右手には燃え盛る松明。炎は煌々と輝き、男を、教会内全体を、そして私自身を照らしていた。




