序章1
長所も短所も余りない。
勉強はそこそこ、スポーツもそこそこ、クラスではお調子者の軽いキャラで通っているから友達もそこそこいる。
全部が平均、可もなく不可もなく、全てにおいてそこそこの人生。オレこそミスターそこそこだ。
高校卒業したらどっかの大学に行って、上手く行けば就職して、それが無理ならフリーターか何かになってその日暮らしの生活をするんだろうなって漠然と思っている。
そりゃオレだってこんな物でいいのかって思う事ぐらいある。
一度きりの人生、一花咲かせてみたいって思うのが当然だ。だけど、悲しい哉。オレは平均でいる事に慣れてしまった。ずば抜けた才能がない代わりに目立って悪い所もない、そんなぬるま湯みたいな人生に頭の先までどっぷり浸かってしまっているのだ。
だから特に不満もなく、その日も学校でバカやって意味もなく笑って家に帰ればメシ食って風呂入って寝るだけの筈だった。
そう、それなのに。
何故か後ろ手に縛られて監禁されている。
誰にって、同じクラスの水無瀬にだ。
水無瀬はオレなんかと違って目立つ。学年トップの秀才、おまけに背が高くて顔もいい。つまりモテる。
僻んでる訳じゃない。そこまでオレの性格は悪くない。単にオレと水無瀬じゃ人間としてデキが違うだけなんだ。
成績トップなのを鼻にかける事はなく誰にでも優しい水無瀬、その顔にはいつだって絵に描いたようなな笑顔が浮かんでいる。つまり水無瀬には好きになる要素が山盛りで、嫌う要素はゼロって訳だ。そんな奴を妬んだりしたら自分の方が格下って言ってるようなモンだろ。
たまに無表情な時もあるけど、彫りの深い顔立ちの所為か、女どもはそれが却って影があってカッコいいと騒ぐ始末だ。
だが、今のオレには言える。無表情な水無瀬は怖い。
人形めいた顔からは何を考えているのか読み取る事は不可能だし、次の動きを予測する事もできない。
何しろオレは監禁されているのだ。恐怖を抱いて当然だろう。
そもそもの事を起こりはトイレに行こうとしたからだった。ゲーセンでも寄ってこうぜなんて言われて頷いたはいいものの、ゲーセンのトイレが汚いのを思い出してしまったのだ。
あの時、先に行ってろなんて言わないで誰かに付いて来て貰えば良かった。いや、前を歩いている奴の落とし物なんか拾うんじゃなかった。拾ったとしても声を掛けなければ、いやいや百歩譲って話しかけたのはいいとしても冗談なんか言うんじゃなかった。オレのバカ。
昇降口から一番近いトイレに向かうオレの前を歩いていたのが水無瀬で、ポロッと何やら落としてくれたのだ。たぶん携帯か何か取ろうとしてポケットからこぼれたんだと思う。近づいてみたら丸めたメモ用紙だった。オレは軽い気持ちでそれを拾った。ま、親切心とも言える。クチャクチャに丸められてたら、広げて見たくなるのが人情ってモンだろ。だからオレは当然広げたね。目的なんかない。ただの惰性か好奇心だ。或いは魔が差したのかも知れない。
広げたメモ用紙には何やら洗剤の名前がズラズラと書いてあった。一つ二つではない。紙一杯に書いてあったのだ。
そして残念な事にオレはちょっとしたミステリーマニアであると同時に雑学王でもあった。だから、その洗剤が全て『混ぜるな危険』な物だって分かってしまった。
分かってしまったからには、それを注意したくなるのが人情ってモンだろ?
余り口をきいた事はないけど、水無瀬はクラスメートなんだ。事故なんか起こしたら可哀想だ。
だから、オレは言った。殺したい奴でもいるのか、って。
バカだ。紛う事なくオレは大馬鹿者だ。
メモ用紙を差し出した手を取られて逆向きに思いっきり捻り上げられた。悲鳴が出そうになった口は水無瀬の左手に塞がれた。何でこんなに機敏なの、お前。
そんな風に驚いているオレの耳元に唇を寄せて水無瀬が言った。
「俺の家に来るよな、藤間?」
質問じゃなくて確認。男前なのに意外とイイ性格しているぜ、全く。オレが断れないって分かってたのだ、水無瀬には。
そして監禁に至るって訳だ。しかもオレのマフラーで手首を縛られてる。シワシワになってんだろうな、イヤだなぁ。怒られるじゃないか。でも、クヨクヨしててもしょうがない。水無瀬の目的は分からないけど、マフラーと引き換えに解放されるなら、その方がありがたい。