信用しにくいことを話そう
さて、かくしてベルと、感動的かどうかはわからないけれど別れを果たしたボクだったが、今日はそれだけで終わりではない。ボクには果たさなければいけない約束がまだあるのだ。だからボクは放課後に、一人で外を歩いていた。
いつの日にか兄様に教えてもらった秘密の場所まで、誰にも見られていないか確認しながら、ボクは来た。後ろめたいことはないのだけれど、これからのボクの話を聞いて、あんまり質問攻めされても困る。それに信じてもらえない可能性も高いし。それなら聞かれない方がいい。
そう思いながら、木々をかき分けていくと、待ち合わせの相手は既にそこにいた。彼、ルドヴィンは優雅に切り株に腰掛けながら、こっちを見やった。
それを見て、またベルのことを思い出す。この秘密の場所はルドヴィンのルートのイベントによく出てくるのだ、と昨日彼女は教えてくれた。そしてこの状況は間違いなく、スチルと類似しているはずだ。まあ、ボクたちは今から愛だの恋だのを話すわけではないから、似ているのは外見だけだろうけれど。
「ん? どうした、そんなところに立ち尽くして。こっちに来いよ」
「あ、うん、そうだね」
ボクはそう言って、ルドヴィンの隣に座った。切り株は思っていたよりも大きく、二人座ってもまだ余裕があった。元々生えていた木はどれくらいの大きさだったのだろうか。
まあ、そんなことはさておいて。何となく黙っていると、ルドヴィンが静かな空気を壊さない、落ち着いた声色で言葉を発した。
「そういや、フォンダートの件だが、隣国のディゾルマジーア、ティチアーノの故郷だな、そこに一年間滞在することになった。ティチアーノの師匠の下でしばらく修行するらしい」
「し、師匠? 修行?」
到底ベルには似つかわしくない言葉が聞こえてきた。ベルが何の修行をするって言うんだ。それに、ティチアーノと同じ師匠の下でって、何か分類が違うんじゃないだろうか。ベルは薬学に興味ないよ?
「おう。と言っても、魔法の師匠だがな。ベル・フォンダートは先天性の魔法使いだったんだ。あのままだとデメリットの方が大きくなるかもしれないから、一応修行させておくんだと」
何を言っているのか全然わからない。ベルが先天性の魔法使いってどう言うことだ? あ、でも前にティチアーノさんが、そんなようなことを言っていたような……つまり、ティチアーノさんもベルも何らかの魔法が使えるってことか? この世界にはそういうファンタジー的な要素はなかったと思うけれど。
「ふむ、なるほど?」
納得しきれてはいないが、曖昧に相槌を打っておく。すると、ルドヴィンは、まあ今はわからなくてもいいが、と付け加えるように言った。
「とりあえず、一年の間はあいつの居場所がはっきりしてるってわけだ。さすがに簡単に国が行き来できるわけじゃあないから、いつでも会えるなんて言うつもりはないがな。まあだから、なんだ、そう、悲しむこともない」
「……そっか」
それを聞いて少しほっとした。割り切ったつもりではあったのだけれど、心のどこかでまだベルとの別れを惜しんでいたようだ。そう認識すると、胸の中にじわじわと安堵と歓喜の気持ちが滲んできた。
もしかして、ボクの不安に気づいていて、ルドヴィンはそう加えて言ってくれたのだろうか。そうだとすると、ボクの心が読まれているようで何だか気恥ずかしい。けれど、感謝しなければ。
「ありがとね、ルドヴィン」
「……別に、大したことじゃあないさ。
それよりも、今度はお前が約束を守る番だろう。お前とフォンダートの関係性は何だ? そらってのは誰だ? 今度は先延ばしにせず答えてもらおうか」
まるで照れ隠しをするように、早口でそう捲し立ててきた。でもそれもそうだな。これ以上待たせるのは不誠実なように思える。難しいけど話させてもらおうか。
「うーん、じゃあまず……ルドヴィンはさ、前世の記憶があるって言ったら、信じる?」
「はあ?」
うん、ルドヴィンにとっては真面目な話だろうに、急にそんなこと言われたら驚くに決まってるよね。ボクもそっちの立場だったらそういう反応するよ。
だけど、ボクにとっては本当に真面目な話である。まず前世というものを認識してもらわないと話にならない。
ルドヴィンは、少し間をおいて、ボクの言葉を咀嚼した後、訝しげな顔をしながら声を出した。
「その言い方だと、まるでお前に前世の記憶があるように聞こえるが?」
「うん、あるんだよ。前世の記憶が」
「……どうやら本気で言ってるみたいだな」
「そりゃあそうだよ。こんな時に嘘ついても、何の得もないもん」
真剣にそう言うと、ルドヴィンは本気で考え込むように腕を組んだ。最初から、馬鹿げた話だ、って突っぱねないところはルドヴィンだからこそだろうか。普通の人だったら、作り話だって一蹴されるだけのような気がするけれど。いや、ボクの友達は誰に言っても、真面目に考えてくれるかな。
ルドヴィンはしばらく黙り込んだ後、考えに考え抜いた上で、言葉を発した。
「正直、それだけ聞いたんじゃ判断できないな。普通なら信用はできないが、お前の言動に嘘はないように思える。その前世の話を聞かないわけには、白か黒かも決められない」
その言葉は、常識に囚われてありえないと決めつけたり、逆に友達だから信じるって言うよりも、ずっと誠実で真摯なものだった。簡単に信じてもらえるよりも、説明も含めた上で吟味してもらえた方が、真面目に向き合ってもらえているような気がして、嬉しくなる。
「そうだね。じゃ、何から話そうかな。ああ、そうだ。ルドヴィンにさっき聞かれたことを答えればいいんだ。えーっとね、ソラって言うのはボクの前世での名前で、ナツメ……ベルは、ボクの前世からの友人だよ」
「だから、フォンダートはお前のことをソラって呼んだのか。ナツメって言うのは、フォンダートの前世での名前だな?」
「そうだよ、ソラとナツメ。小さい頃から仲良しで、周りからは二人合わせて夏空コンビって呼ばれてたよ」
「名前から取ったのか、まんまだな」
「それもあるけど、夏には煩いのに、冬はどっちも寒さで静かになるって言う理由もある」
ルドヴィンは呆れたような顔をした。むう、ボクとしては結構気に入ってたんだが。最早高校では自称してたんだぞ。
「それで、前世で仲が良かった『ソラ』がお前だとわかって、フォンダートのお前への態度は一変したってことか。それに、オレたちへの態度も、前の作り物みたいな人間じゃあなく、『ナツメ』だった時と遜色ないものになったってことか」
「遜色ないって言うか、全く同じだよ。ナツメは今もボクの知ってるナツメのままなんだよ」
「なるほどな」
ルドヴィンはそう言ってまた黙り込む。ボクの答えは、果たして判断の材料になれているだろうか。まあ、証拠を見せろと言われてもどうしようもない状況ではあるのだけれど。できると言えば、ベルと口裏合わせず、前世での出来事を言えるくらいだが、今はそんなことをできる状況にはない。
「うーん、後は聞きたいことあるかな? ナツメとの思い出なら、いくらでも話せると思うけれど」
「……そうだな」
ルドヴィンは一瞬言いにくそうに顔を歪めたが、決心したのか、ボクの目をまっすぐ見て言った。
「お前が、高いところと階段が苦手になったきっかけを教えてもらうことはできるか」
「えっ……?」
言われた瞬間に、何を言われたかが、認識できなかった。けれどルドヴィンは、真剣な眼差しで続けた。
「俺の記憶では、お前が階段を苦手になる原因はなかったはずだ。アンドレもなにも言っていなかった。
そして、フォンダートはお前が階段が苦手だと知っていた。ただ高いところが苦手なだけなら、フォンダートがあんなに顔面蒼白で言わないだろう、とオレは考えている。
……おそらく、お前にとっては嫌なことなんだろう。苦手になるほどの記憶なんだからな。だが、オレはお前を信じてやりたい。だから、オレに、教えてはくれないか」




