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一時の別れ

 あれから時間も忘れて話していたら、すっかり遅い時間になっていて、部屋に戻った時にはさすがにボクも疲れていた。ルドヴィンは話を聞きたがっていたが、明日でいいと言って休ませてくれた。待たせてしまって申し訳ないな、と思ったけれど、素直に甘えておいた。

 けれど、自分の部屋に戻るとフランからめちゃくちゃ怒られた。お見舞いに行ったらボクがいなくて、結構騒ぎになってしまっていたらしい。特に兄様がやばかったそうだ。主にルドヴィンが締め上げられていたとか。ますます申し訳ない気持ちになってしまったので、その時ボクは誠心誠意謝る決意をした。


 フランが、何を話していたのかをとても聞きたがっていたけれど、前世からの友達と言うわけにもいかず、話しているうちに仲良くなった、という感じの曖昧なことしか答えられなかった。当然フランは最初、信じてくれなかったけれど、何度もそう言っている内に、ちょっと複雑そうな顔でこう言ってくれた。


「そんなにルミアちゃんが言うのなら、本当にルミアちゃんの友達になれてるんですね。……あの人とお話しするのが楽しくても、私のことも、忘れないでくださいね」


 寂しそうにそう言うので、思わず抱きついてしまった。いくらナツメと出会えたことが嬉しくても、フランのことを忘れるなんてありえない。

 ナツメから聞いた話によると、今目の前にいるフランも、すごく、と言うわけではないけれど違っているらしく、幼い頃からフランはこんな感じなのに不思議だなぁ、と思う。人間、人生変わると人も変わるものなんだな。


 さて、それも昨日の話である。いつもと同じように支度をしていると、朝早くからけたたましく、部屋の扉を叩かれた。


「こんな朝早くにお客様でしょうか」


 イリスさんが素早く扉を開けると、慌てた様子のエドガーさんが勢い余って倒れそうになった。イリスさんが受け止めようとしたが、すんでのところで、いつの間にかイリスさんの隣にいたセザールさんが、廊下側にエドガーさんをぶっ飛ばしていた。


「おい……こんな朝から女性の部屋の扉をくそ喧しく叩いてんじゃねえぞ……」


「うわー! ごめんなさいっす! 次からは気を付けます! だから命だけは! 命だけはー!」


 セザールさんが何を言ったかは、声が小さくてよく聞き取れなかったが、エドガーさんがあんなことを叫んでいるということは、何かしら怖いことを言われたのかもしれない。セザールさんはエドガーさんにだけそう言うところあるからなぁ、もはや仕方ないね。


 とりあえずその光景を眺めていると、何か邪悪なオーラを放っているように見えるセザールさんを、何食わぬ顔でイリスさんは止めた。


「お止めなさい、セザール。困っているでしょう。

 セザールが失礼しました。エドガー様、どう言ったご用件でしょうか」


 ああそっか。こんな時間にあんなに慌てて来るなんて、ただごとじゃないもんね。用事を聞くのが先だ。

 どうやら当人であるエドガーさんも忘れていたらしく、一瞬きょとんとした顔をしてから、あっ、と大きく声をあげた。


「そうっす! ルミちゃん! 急いで来てほしいんすよ! ベル・フォンダートが!」


「えっ、な、何があったの!?」


 ナツメが何を? まさか、昨日言っていたけじめを実行したのか!? 死ぬようなことはしないと言っていたけれど、エドガーさんがこんなに慌てて呼びに来るってことは、小さいことではないはずだ。

 とにかく一緒に来てほしいっす!と言って走り出すエドガーさんを追っていく。ナツメは一体何をし始めたんだ? ナツメが傷つくようなことがあったら、ボクは……。


 エドガーさんを追いかけるまま、寮を出て、校門まで来ると、驚いた表情をしたラフィネや、力強い視線で目の前を見据える兄様、それに真剣な目で佇むルドヴィンの姿があった。けれど、それ以上に目を引くのは、まるで今から旅にでも出るかのような風貌をしたナツメ、もといベルの姿だった。

 ボクが驚いて立ち尽くしていると、こちらに気づいたベルは軽く笑ってボクに手を振った。


「あら、ルミア。おはよう」


 その一言で我に帰り、彼女の下へと駆け寄った。


「な、ベル! 一体どうしたの? そんな格好で、」


「あんたも察しがついてるでしょ? けじめよ、けじめ」


 ベルの言うとおり、彼女の見た目で簡単に察しがついてしまう。でも、そんな、折角出会えたのに、もうお別れなんて。


「こら、泣かないの。大体、悪役は良くて国外追放って決まってるんだから、言い渡される前にこっちから出てってやろうって魂胆よ」


「それじゃあもう、この国には戻ってこないってこと?」


「うーん、まあ、そうね」


 そう言ってベルは困ったように笑ったようだったが、涙のせいでぼやけてしか見えなかった。本当行っちゃんだ。これじゃあ、ベルだけじゃなくて、ボクにとっても罰じゃないか。


「嫌だよ、もう、お別れなんて。それならボクもっ」


 懇願するように言葉を言おうとすると、ナツメはそれを指で制し、耳元で囁くように言った。


「大丈夫よ、ソラ。あんたにはあんなに多くの友達がいるじゃない。あたしがいなくても、もうやっていけるわ」


「でも、ボクは」


「それに、今生の別れって訳じゃないわよ。生きてれば、また会えるわ」


 それは前世で死別したボクらにとって、重い一言だった。そうだ、生きてさえいれば、ボクらはきっとまた、どこかで会えるはずだ。でもやっぱり、寂しいのに変わりはないのだけれど。


「後は、そうねぇ……。手紙くらいなら書いてあげるわ。近況報告ってやつね」


 突如聞こえてきたナツメからの提案に、ボクは喜びよりも驚きの方が勝った声をあげてしまった。


「本当に? ナツメはものぐさだから、すぐに止めちゃうんじゃない?」


「もう、続けるに決まってるでしょ! まあだけど、不定期に出すだろうから、途絶えたら死んだ、とか思わないでよ?」


「それくらいじゃ思わないよ。何年の付き合いだと思ってるの」


 そう言って顔を見合わせて、笑い合った。わかっている。ナツメは旅でころっといなくなっちゃうほど、弱くない。そもそもボクの事故がなければ、前世でも百歳以上は生き続けられただろう。それくらいの根性があるんだから。ボクが心配しなくても、彼女は大丈夫だ。


「さて、そろそろ行こうかな。じゃあルミア、それにあんたたち!」


 急に呼びかけられて、皆びっくりしたようだ。けれど、それを全く気にせず、ベルは大声で言う。


「あたしが次に会ったとき、ルミアが悲しい思いをしてたら承知しないからねー!」


 君はボクの保護者か。それに皆お前が言うな、みたいな顔をしてるし。

 しかし、そんなことを気にせず、ベルは満足げに笑うと、くるりと外へ、足を向ける。ボクはただそれを眺めることしかできないでいた。

 本当に、これで一度お別れだ。そう思いながら彼女の背中を見つめていると、突如、ベルの前に何かが舞い降りてきた。


「う゛えっ!?」


 ベルが女の子らしからぬ声をあげていたから、どうやら予定にないことらしい。よく見ると、その何かは人のようで、それも見覚えのある白い白衣を着ていた。

 そう、ティチアーノさんだった。


「オマチナサイ! ベル・フォンダート! キサマをミスミス見逃すわけにはイカンノデゴザイマース!」


「いや、あんた誰」


 そういえば昨日の話にティチアーノさんは出て来なかったな。ということはティチアーノさんは元々ゲームにはいなかった人物ということだ。だから、ベルはティチアーノさんのこと知らないんだな。一回会ったことはあったはずだけど、一回会っただけなら忘れてしまっていてもおかしくない。


「我輩の名はティチアーノ・アゴスティネッリと申すデゴザイマース!」


「あー何か聞いたことあるわね。まあ別にいいけど。じゃあどいてくれる? あたし、先を急ぐのよ」


「イイエ、キサマをノバナシにしておく気はないのデゴザイマスデスヨ。オヌシは魔法使いデアリマスカラネェ。オッショーサマに献上しなければナラヌノデス」


 よくわからないことを言いながら、ティチアーノさんは首をかしげているベルを捕まえ、軽々と持ち上げた。


「きゃあ! ちょっと、下ろしなさいよ!」


「デハ、ルドヴィン・アランヴェール、アトは頼んだデゴザイマスネ!」


「おう。うまくやっとくぜ」


 ルドヴィンがそう返事をするや否や、ティチアーノさんはベルを担いだまま、どこかへと走っていってしまった。……何がどうなってるんだ。


「安心しろ、悪いようにはしないさ。フォンダートがどうなるのかも後で連絡が来る」


 いや、どうなっちゃうかが心配なんだけど。というかどうにかされちゃう場合があるのか。でも悪いようにはしないって言ってるし……うん、よくわかんないけど頑張れ、ベル。


 そのまま皆で黙ったまま立ち尽くしていると、沈黙に耐えきれなくなったのか、エドガーさんが話し始めた。


「いやはや、それにしても、何だか雰囲気変わったっすね、あの人。前みたいな、いや~な感じが薄れたって言うか、ルミちゃんのお姉さんみたいに見えたっす」


 お姉さんみたいか……むう、ボクがベルの妹って言うのはなかなか納得できないところがあるが、関係性としてはあながち間違ってないか?

 とか、考えていると、兄様が不満そう顔を歪めた。


「ルミアの兄妹は俺一人だが?

 でも、そうだな。実はコナール・ニコラみたいに、俺が思っていた奴とは違ったのかもしれない、と思わなくも、ない。

 だが、それはそれとして、ルミアにしようとしたことは一生許せないが」


 兄様が強くそう言うと、ラフィネがそれに賛同する。


「そりゃあそうでしょ。ちょっとは痛い目見てもらわないとね。

 ま、ルミアが友達だって言うなら、ちょっとは認めてあげなくもないけど」


 どうやら皆、ベルのことを、ほんの少しだけ悪く思わなくなってくれたみたいだ。ここから仲良くなってほしい、とまでは言わないけど、ちょっとした会話くらいは出来るようになってほしいな、とひそかに思う。ベルにはしばらく会えない予定だから、そうそう出来ないと思うけれど。


 そう思ってると、フランが、くいっ、とボクの腕を引っ張って、小さな声で言った。


「ルミアちゃん、私も、彼女と仲良くなれるでしょうか」


 その言葉に、ボクは柔らかく笑って言った。


「なれるよ、絶対ね!」


 ボクとフランが仲良くなれたんだから、ボクとベルが仲良くなれたんだから、ベルとフランも、絶対に仲良くなれるよ。そうでしょ? ベル。

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