表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/223

ソラとナツメ(前編)

「ごめんなさい、ソラ。あたしはあなたに人として最低なことをしたわ」


 深々と頭を下げるナツメを見て、ボクは何が何だかわからないような気持ちになっていた。しばらくその光景を眺めながら、現状を処理しきると、彼女がずっと頭を下げているのが妙に切なくなって、慌てて頭を上げるように言う。それでも、彼女は神妙な面持ちでボクを見ていた。


「謝って許されることじゃないってわかってるわ。きちんとけじめをつけるつもりよ」


 真剣な表情をするナツメが、どこか遠いところへ行ってしまうような感じがして、まるでそれを引き止めるかのように、するりと言葉が出てきた。


「そんなのいいよ! ボクは全然気にしてないからさ。だから、別にけじめなんて……」


「駄目よ。あんたは人の悪意に疎いから、今回のあたしのやったことくらいじゃあんまり傷つかなかったんでしょうけどね。そうだったとしても、あたしが納得できないの。

 それに、もしもフランソワーズとかラフィネが嫌な目にあってたら、それをした相手のことをソラは許せるの?」


 フランやラフィネが? それってつまり、ボクがされてきた全てを二人もされるって言うこと? あの痛みと寒さを、ボクの大事な人が味わうと言うこと?それは……。


「さすがに許せないよ、そんなの」


「でしょ? あいつらだって同じよ。ソラが酷いことされそうになって、あたしやあの男を許せないほど怒ってるの。あんたが許そうと、あっちが許しはしないのよ」


「……そっか」


 ナツメの言うことは至極真っ当で、それ以外に言葉が出てこなかった。すでにボクはナツメを許してしまっているけれど、ナツメの言うことを納得してしまったからには、簡単にけじめをつけなくていい、なんて言えなくなっていた。


 ……あれ? そういえば、ナツメはあの時、ボクを嫌う理由は恋愛に邪魔だからって理由じゃなくて、性格がダメなんだって言ってなかったか? そう考えると、実はナツメはボクのことが嫌いだと言うことになる。

 でもボクはナツメのこと好きだし、ナツメもボクのこと好きって言ってくれてたし……んんん? 本当は嘘なのか? けどナツメは思ったことをバッサリと言えるタイプだしなぁ?


「どうしたのよ、ソラ? さっきからころころ表情変えちゃって」


「あー、ええと……」


「何か言いたいことがあるなら言いなさいよ。何でも答えてあげるから」


 ナツメはそう言ってくれるが、この疑問を口に出すとボクらの友情に亀裂が入る可能性が……、やっぱり聞かない方がいいのか? ナツメが本当はボクのことを嫌っていたと思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。酷く息苦しい。

 ううん、だけど、相手のことを疑ったまま付き合っていくのは、本当の友情とは言えないよね。聞くのは怖いけど、好きだろうと好きじゃなかろうと、ナツメは正直に答えてくれる! それならはっきりと聞くべきだ!


「あのさ、ナツメ。ナツメに呼び出されたときに言われたことなんだけど」


 そう言うと、ナツメは、さあっ、と血の気が引いたような顔をしてたじろいだ。


「う、うう……、どれのこと? あんたに色々言っちゃった覚えがあって、もはや思い出したくないレベルの黒歴史だわ……。あっ、でも聞かれたからにはちゃんと答えるわよ。言ってみて」


 本当に後悔しているというようにそう言うものだから、ボクは少し笑ってしまった。何だかナツメらしくない感じが、逆にナツメって感じがした。これなら、ボクの期待する言葉が返ってくるかもしれない。


「うん、ごめんね、ありがとう。ナツメはあの時、ボクを嫌いなのは性格がいけないから」


「あー! それね! わかった! わかったわ! ちょっと待って! 今自己嫌悪中だから!」


 ボクの言葉を最後まで聞くことなく、ナツメは頭を抱えて、うんうんと唸っていた。そして、覚悟を決めた顔をしたかと思えば、すぐにばつが悪そうな顔をする。むしろナツメの方がころころと表情を変えている気がするのだけれど。


「おーけー! 答えてあげるわ!」


「ナツメ、表情とテンションが噛み合ってないよ」


 ナツメの様子がちょっと面白くて、そう指摘すると、ナツメはその話し方のまま語り始めた。


「上げなきゃやってらんないのよ!噛み合ってないくらいでちょうどいいわ!

 そうね、うーん、まず言えるのは、あんたのことが嫌いって訳じゃないってことよ。むしろ大好きだもの。あんなにずっと一緒にいて、嫌いになんてなれるはずないわ」


「本当に!? やった! ボクも大好きだよ!」


 ナツメの言葉が嬉しくて、思わずまた飛び付くと、ナツメは照れくさそうに目をそらした。


「そんなに喜ばれると恥ずかしいわよ。……それで、あたしの大好きなソラは、前世であまりにも若くして亡くなった。それもあたしの目の前で。

 それからのあたしは、何となく生き辛くなっちゃってね、それから程なくしてあっけなく命を落としたわ。来世ではソラに会えたらいいなー、とか思いながらね」


 それは、つまり、ナツメもあの後、すぐに……。


「ちょっと、そんな顔しないでよ。あんたが悪い訳じゃないのよ。あれはあたしの問題だったんだから。ほら、ソラはあたしを助けてくれたんじゃない。ソラが悪いことなんて一つだってないのよ」


 ナツメはそう言って、子供をあやすような手付きでボクの頭を撫でた。彼女の手は昔と同じようにちょっとぎこちなくて、でも心地よい。


「あたしは気づいたときにはもうベルになってたの。確かにあたし、乙女ゲームはやってたけど、現実に求めてた訳じゃないし、前世での最期のお願い事を叶えてくれないなんて不公平ね、なんて思いながら生きてきたわ。もしかしたら会えるかもしれないって思ってたけど、結局ソラには会えなかったし。

 そうやって歳を重ねていくにつれて、ソラのことも諦めかけてきた。そもそもソラには乙女ゲームの世界なんて向いてないし、転生してたとしてもスポーツ漫画とかにでしょ、なんて思っちゃったりしてね。だから、どうせ主人公になったんなら、ゲームのキャラクターでも攻略しちゃおうかな、って思いながら、ここに入学したわ。

 そしたらもう、ゲームと違うことばっかりで困惑したわよ」


 ゲームと違うこと? やっぱりボクの見た目だろうか。でも他に何かあったのかな。


「言っとくけど、あんたの見た目だけじゃ収まんないからね。

 入学式のルドヴィンの台詞はもっとテキトーであんな生意気なこと言ってなかったし、今のルドヴィンでは考えられないほど威厳がないキャラクターなのよ! ラフィネは友達なんて一人もいないけど本当は寂しがりで、主人公が友達になってあげることで落としていかなきゃなんないのに、全然そんなことないし。アンドレなんて義理の妹だいっきらいの癖に女を片っ端から口説くような男だったはずなのに、大好きな妹にはスキンシップ激しくて他の女には触れないって真逆じゃないの!

 他の二人もよ。そもそもルミアとフランソワーズはゲームで全く関わりないはずなのに仲良ししてて驚いたし、ルートの中盤まで陰気な格好だったエドガーが最初から髪あげてた時は思わず叫んで聞いちゃったわよ! どうしてもうその姿なの、って! そしたらあいつ全速力で逃げるし、その後に見たルミアはどう見てもルミアに見えないし、めちゃくちゃ混乱してたのよ!」


「そ、そんなに違うんだ」


「まだまだ言い足りないくらいよ!」


 ぜえぜえと息を荒げながら、ナツメは言った。信じがたいけれど、言っていることに全く嘘はなさそうだ。

 しかし、ゲームではそういう感じなら、ボクはどこが違ったんだろうか。最初に兄様と仲良くなって、兄様と一緒に城下町に行ったことでラフィネと出会って、兄様が誰彼構わずボクの話をしたせいでフランはボクと仲良くなってくれようとして、ルドヴィンに興味を持たれて、そこからエドガーさんとも出会い……あれ、もしかして全部兄様と仲良くなったのが原因か? そこが元のルミアとボクの最大の違いなのか?


「まあ、その話は気になるなら後でしてあげる。今答えなきゃならないのはあたしがどうしてあんなこと言ったか、よね。正直それは言いにくいのよね……」


 ナツメはもごもごと口を動かした。本当に言いにくいようだ。でも、どういう理由で言いにくいんだろうか。ボクのことが嫌いじゃないのなら、他にどんな理由が考えられるんだろう。うーん、何だ?


「……まあ、言わなきゃならないわよね。言っちゃえば嫉妬みたいなものね。カッとなるって言った方が近いかしら。あの時のあたしは、あんたのことが妬ましくて妬ましくて、仕方なかったのよ」


「……え」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ