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再会

 翌日、ボクは早朝からみっちり父様に叱られた後、一晩寝泊まりした病室みたいなところで待っていると、イリスさんもセザールさんもいない時間に、こっそりとルドヴィンがやってきた。


「あれ? ルドヴィン、授業は?」


 来てくれたのは嬉しいのだけれど、よくよく考えたら今は授業中である。不思議に思って聞いてみると、ルドヴィンは何でもないような顔をして答えた。


「サボった。あ、現在進行形か。サボってる」


「え、えぇ……いいの?」


 まさかそんなに堂々としながら言われるとは。思わずそう返すが、ルドヴィンは表情を崩さずに言う。


「いいんだよ。教師も諦めてるんだから。今でもアンドレにはぐちぐち言われるんだがな」


 そりゃあそうだろう。兄様は真面目だからね。友達が授業をサボってたら怒るに決まっている。だけど三年生になっても何の悪びれもなくこう言っているということは、兄様のお説教は何の効果ももたらさなかったと言うことである。あ、でも兄様も、意外と言っても聞かないところあるし、お互い様だろうか。

 そんなことを考えながら、ルドヴィンを見ると、彼はきょろきょろと周りを確認しているようだった。


「それはそうと、女中さんらはしばらく戻ってこないか?」


「多分ね。しばらく父様のところに行ってるって言ってたから、戻ってこないと思うよ」


「それなら戻ってこない内に行くぞ、来い」


 ルドヴィンはそう言って、ボクに手招きをした。きっと彼女のところへ連れていってくれるのだろう。昨日の今日なのに話が早い。ボクはベッドから下りて、彼の下へ駆け寄った。


 ボクが目の前まで来ると、ルドヴィンは目配せをしてから後ろを向き、部屋の外を歩き出した。ボクもそれに続く。階段の方へ向かわないということは、どうやら同じ階に彼女はいるようだ。ルドヴィンか、それとも彼女からボクへの配慮だろうか。


 歩きながら、ルドヴィンの後ろ姿を見上げる。兄様やエドガーさんと普段一緒にいるからか、ルドヴィンに背が高いイメージはないが、二人になってみると意外と高いことがわかる。ボクが低いだけだとか、そういうわけではないと思う。男子の平均身長より高いのだろうか。見たところ、多分ラフィネよりは高いと思う。

 だから、本来は歩幅も結構違うものだと思っていたのだが、ボクが普通に歩いても開く距離は一定だった。もしかして合わせてくれているんだろうか。そう気を使わなくてもいいのだけれどなぁ。


 まあそれを指摘したところで、ルドヴィンはそんなことしてないって言い張るだろうし、ボクにとってもありがたいことなので、何も言わないでおく。兄様も合わせてくれるけど、歩くときはいつも手を繋いで歩いているからか、あまり意識することがなくて、こうして純粋にありがたみを感じるのは新鮮だ。

 余談だが、エドガーさんはフランが相手のとき以外ではこういう気遣いはできない。いっそ清々しいほど歩幅合わせないので、こっちがめちゃくちゃ合わせる。逆に気負わないから気持ち的には楽だが、たまに、こいつわかっててやってんのか、という気持ちにもなる。つまり腹立つということである。なお、ラフィネはわかった上で合わせないことが多い。あいつも許せん。


 さて。そんなことを思っていると、ルドヴィンが一つのドアの前で立ち止まった。ボクも慌てて立ち止まると、ルドヴィンはくるりとこちらを振り向いた。


「ここだ」


 そう一言だけ口に出すと、ルドヴィンはボクに入るよう促した。そうか、ここに彼女が……。生唾を飲み込む音が、心臓の鼓動に合わさって聞こえた。


「オレは中に入らない。お前らの邪魔もしない。とは言っても、他の奴らに知られると面倒なことになるから、出来るだけ早くしてもらえると有り難いんだがな。ま、こっちは気にすんな。気が済むまで話してこい」


 そう言って、ルドヴィンはボクの背中を押してきた。その勢いのまま、ボクはドアノブに手をかけ、そして開いた。


「……あ」


 声を発したのはどちらだっただろうか。部屋の中を見た瞬間、彼女と目があった。その目には敵意も何も感じられなくて、ただただ懐かしさだけを感じる。

 その目に引き寄せられるように、ボクは部屋に足を踏み入れ、ドアノブから手を離した。少し間を置いた後、騒がしい音を立てて扉は閉まったが、ボクの耳にはこれっぽっちも届かなかった。


 なんて声をかけたらいいか、部屋の中に入るまではずっと考えていたのに、彼女の顔を見たら、するりと口から言葉が出てきた。


「久しぶり、ナツメ」


 そう言って微笑むと、彼女は泣きそうな顔をして、ボクに応えた。


「……会いたかったわ、ソラ」


 ソラは、ボクの前世の名前。そしてナツメは、ボクの友人の名前だった。よく一緒にいて、この乙女ゲームをやっていて、前世でボクが死ぬ直前に、力一杯押し退けた友人だ。


 ベル・フォンダートは前世の知り合いだと気づいたのは、ボクが階段から落ちた時だ。ボクの以前の名前を呼べるのは、ボクの前世での知り合い以外にいない。聞き間違えたのかとも思ったけれど、あんなに鮮明に聞こえたのだから、確実に呼ばれたものだと考えていた。

 でも、その時点ではナツメだとは思っていなかった。そう思えたのはルドヴィンのおかげだ。ボクは高いところが苦手だって知っていた人は、結構たくさんいた。けれど、特に階段が苦手だということは、ナツメ以外にはいなかった。もしかしたらあの子だった可能性もあるにはあったけれど、あの子だったらきっと、ボクの心配はしないだろうし。


 そう考えて、彼女はナツメだと思っていたが、一目見た瞬間、それは確信に変わっていた。それはナツメも同じようで、彼女はぼろぼろと両目から、大きな涙の粒を流した。


「そら、ソラぁ! あんたっ、どうして、どうしてあたしを置いていっちゃったのよぉ……」


「うん、ごめんね、ナツメ。でもまたこうして出会えてよかった」


 子供のように泣きじゃくるナツメの背中に腕を回して、ぽんぽんと背中を叩く。そうだ。彼女にとってボクは、死んでしまった友人だったのだ。ボクが死んだ後も彼女の人生は続いていたんだ。それでもボクを、忘れずにいてくれたんだ。


 しばらくの間、ナツメを抱き締めていた。それは数分のことだっただろうけれど、ボクらにとっては何日のことのようにも感じた。やがて、涙が収まってきたナツメは、ゆっくりと身体を離した。少し目が赤くなってしまっているけれど、彼女の表情は穏やかだった。


「久しぶりね、ソラ。本当に、会いたかった」


「ボクもだよ。ははっ、こうして間近で見てみると、見た目が変わってもナツメはナツメって感じだなぁ。前と変わらず美人さんだ」


「本来ならベルはかわいい系なんだけど、やっぱりあたしの美しさが隠しきれてないのかしらっ!

 なんてね。あんたは見た目変わりすぎよ。あんた本当にルミアなの? ていうかなんでちっちゃいのよ。もしかして前と同じくらいの身長じゃない?」


「あっ、それは言っちゃダメな奴だよ! これは何かの間違いだから! これから伸びるから!」


「いやいや無理でしょ! あっははっ! あんなに大きくなりたい大きくなりたいって言ってたのに、神様って薄情ねえ! 前と身長差変わんないじゃない! おっかしい!」


 そう言って大口開けて笑うナツメに、怒りながら言い返していたが、顔を見合わせると、一瞬黙った後、何だかおかしくなってまた笑い合った。

 ああ、またこうしてナツメと話ができるなんて、夢にも思わなかった。嬉しくて嬉しくて、また笑顔になってしまう。ずっとこの時間が続けばいいのに、と思ってしまうほど、久しぶりのナツメとの時間は楽しかった。


 ひとしきり笑い終えると、ナツメはふっと笑みを潜め、真剣な表情をして、ボクを見た。それは何かを覚悟しているような目で、突然そんな表情をされたことに、ボクは戸惑った。


「どうしたの? ナツメ」


 そう聞くと、ナツメは、にこ、と笑って、固い声色で言った。


「ん、けじめはつけなきゃね」


「けじめ?」


「そうよ。……あたしが今世であんたにしちゃったことの、けじめをね」


 あまりにも真摯にそう言うものだから、言葉に詰まってしまった。

 そうだった。ナツメと会えたことで、すっかり忘れていた。この世界でボクは彼女と、敵対関係にあったことを。

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