先延ばしの約束
よく展開がわかっていないけれど、とりあえず整理してみることにしよう。
面談? つまり、話したいことがあるってことだよね。それも二人きりになった瞬間ってことは皆の前では言わなくていい話か、それとも皆の前でできない話か。こういう場合確実に後者だ。でも何を聞きたいんだろう。
それとこの状況。ルドヴィンが上にいて非常に不本意である。追い詰められてる感じがして、なんか嫌だ。早くどいてほしいのだけれど、それが言える雰囲気でもないような気がする。
……いや、やっぱりどいてもらおう。なんとなくむず痒い気持ちになる。
「ルドヴィン、ちょっとどいてくれないかな。話がしたいなら付き合うから」
「この状態でもできるんだからどかなくてもいいだろ? 何、取って食うわけじゃあないから、安心してもらっていいぜ」
むう、確かにそうだけど、話すならもうちょっと落ち着いて話がしたいというか。この体勢で話すこともないだろうに。
それに取って食うって、ボクは別に美味しくないと思うけど。小さいから食べるところも少ないし、って自分で言ってて悲しくなるからやめておこう。食べられるのは普通に怖いし嫌だ。めちゃくちゃ痛そう。食べるにしても寝てる間に終わらせてほしい。
まあそれはさておき。
「そういう心配はしてないよ。ルドヴィンは痛いことしないでしょ?」
「……お前な、人を信用しすぎるのもよくないからな。少しは危機感を持て」
ルドヴィンを信用しすぎて困ることって何だろうか。全くわからない。危機感を持つ理由もわからないのだが。
そうは思うものの、ルドヴィンがあまりにも苦々しい顔をしていたので、口には出さなかった。
「まあいい。今したいのは話だからな。早速本題に入らせてもらう」
やっぱり体勢は変わんないのか。もうボクの気持ち的には諦めるとして、腕辛くないのかな。
「時間がないからな、単刀直入に聞こう。お前は何者だ。一体何を隠している」
「……え?」
何を言われたかが瞬時には理解できなくて、間の抜けた声をあげてしまった。例え理解しても、理解しきれていない気がした。というよりも、ルドヴィンがどういう答えを求めているのかがわからなかった。
何者、とはどういう意味だろう。それに隠してるって、ボクが何を隠してるって言っているんだ? 確かに隠し事がゼロってわけじゃないけど……。
意図のわからない質問に困惑していると、ルドヴィンは言葉を続けた。
「勘違いするなよ。お前を疑ってるとか、そういうのじゃあない。
元々は、ただの聞くだけのつもりだった。お前は高いところが苦手なのか、どうして誰にも言っていないんだ、ってことをな」
うっ、バレてたのか。そういえば初対面の時もちょっと怖がりかけてたもんなぁ。考えてみれば、バレるのも時間の問題だったか。
あの時は絶対ルドヴィンにはバレたくないと思っていたものだが、今はそんな気はしない。少し恥ずかしくはあるけれど。
「そうだね。高いところは苦手だよ。特に階段は、誰かと一緒に下りないとダメなんだ。できれば手を繋いでね。誰にも言わなかったのは、心配かけたくなかっただけだよ。一々階段使う度に一緒にいてもらうのも迷惑でしょ?」
「お前のことを迷惑と言ったことはないんだが?」
「実際にそういう状況だったら迷惑だって思うんだよ。君が知らないだけ」
ルドヴィンにそう言い返すと、彼は顔を歪めた。でも実際にそうなるのだ。そう思われた経験があるのだから。
だから、ルドヴィンが優しくないとは言っていない。なのにどうしてそうも悲しそうな顔をするのだろう。そんな顔をされると、どう言えばいいか、困ってしまう。
「はあ……アンドレが言ってたのはこういうところか。これも追々治していかないとな、っと。
それは置いといて、少し質問を変えるか。お前、ベル・フォンダートとはどういう関係だ。ただの知り合いってわけじゃあないだろう?」
「どういうって、言われても」
まだよくわからない、と言うのが本音だ。でもおおよその見当はついていると言うか。けれどそれをルドヴィンに説明しても、きっと伝わらないだろう。どう言ったらいいのだろうか。
「……そう思うってことはフォンダートさん、何か言ってたの?」
「それを教えればお前は答えるのか」
「それは返答次第かな」
そう答えると、ルドヴィンはしばらくの間迷った後、話し始めた。
「落ちたお前を運ぶときに、フォンダートが言ったんだ。その子を早く連れていって、そらは階段が苦手なの、ってな。
どうして今まで親しいどころか敵意まで向けられていただろう奴が、そんなこと知ってるんだ? それに、そらって誰だ。お前の名前はそらじゃないだろ? だが、そのそらって人間と、お前を間違えるとも思えない。じゃあそらはお前だと言うことになる。
なあ、お前は本当にルミア・カルティエか。お前は一体、誰なんだ」
……なるほど。それじゃあやっぱりフォンダートさんは、そうだったんだね。
「彼女は何か、君に教えてくれた?」
「いいや? まずはお前と話させてくれ、の一点張りだ」
「そっか。それならボクも彼女と話した後に、教えてあげるよ」
「はー、そうきたか」
ルドヴィンは片方の手で顔を押さえた。してやられたとでも言うような顔をしている。
教えてあげたいのは山々なんだけど、ルドヴィンがわかってくれるか、自信がないし、教えるにしてもその前に彼女と答え合わせだけしておきたい。気になるのはわかるけど、もう少しだけ待ってほしい。全く伝わらなくても伝えるように頑張るから。……まあ、それでも作り話だと思われたらそれまでなんだけども、今はその時のことを考えないことにする。
「あー、くそ! 待てばいいんだろ? 絶対、フォンダートと話したら教えるんだな? お前とフォンダートとの関係性と、お前とそらって奴のことを」
「うんうん。約束するよ」
「絶対だからな」
そう念押しすると、ルドヴィンはやっと、ボクの上からどいてくれた。それと一緒に、ボクも上半身を起こす。そうしてルドヴィンを見てみると、彼はふてくされたような顔でボクを見ていた。
そんな顔をされても、今は絶対に教えてあげないからね。彼女と話をすることが先だから。
しばらく見つめ合っていると、ルドヴィンは諦めたようにため息を吐きながら、すっ、と立ち上がった。
「……もうそろそろオレも失礼させてもらう。何かどっ、と疲れたような気もするしな。じゃあな」
「うん、じゃあまた……あっ、待ってルドヴィン。一つだけいい?」
一つだけ言っておかなきゃいけないことを思い出して、背を向けたルドヴィンに、慌てて声をかけると、彼は不思議そうに振り向いた。
「何だ? そろそろ女中さんか下僕かが帰ってくるだろうから手短に頼む」
何でイリスさんかセザールさんが帰ってきちゃったらダメなんだろうか。確かに話の内容はわからないだろうけど、聞かれちゃいけないことを今から言うつもりはないのだけれど。……まあ、よくわからないけれど手短に、と言われたので、さっさと言ってしまおう。
「ボクはちゃんとルミア・カルティエだよ。正真正銘、ボクが君たちのルミアだ」
そう伝えると、ルドヴィンは満足そうに笑った。その笑顔は楽しそうでもあり嬉しそうでもあり、何だかボクの心も暖かくなって、自然と笑顔になってしまった。
「そうか、わかった。それじゃあまた明日な、ルミア」
「うん、また明日ね」
……ああ。今日は何だかいい夢が見られそうな気がするな。




