決着してもまだ一段落とはいかない
「ルドヴィン、お前が何をするのかは知らないが、油断だけはするな。お前は歩くだけで目立つ上に警戒心が足りない。万が一にも遅れをとることがあれば、大将でないとはいえ、示しがつかないだろう。
まあお前に限ってそんなことはないとは思うが、一応忠告しておく。気を付けろ」
そんな真面目で実直なアンドレの、ありがたーいお言葉を聞いた後、オレはそれを無視して外で適当に鼻歌を歌っていた。
音を立てればオレの位置はバレる。それにオレはアンドレとかエドガーとか、ましてやルミアよりも戦闘能力がないわけだから、当然、敵に囲まれたらやられる。ま、逃げ足は速いから問題ないな!
ってか歩くだけで目立つとか、お前が言うかよ。お前と並んで歩いたらオレなんて霞んで見えるっつーの。自覚しろ、常時全身キラキラトーン男め。
はあ~、ああいう幼なじみを持つと苦労するな。完璧で真面目で自分に厳しくて義妹思いで、必要があれば自分の気持ちまで押し殺そうとする。バカだな、と思うことはあるが、そんなあいつが好きだからオレもこれまでの付き合いなわけで。
あーあ、オレの性格いつからこんなになっちまったんだ? 昔はアンドレのこと、こんなに好きじゃなかったと思うんだがなあ。まあいつからかなんてわかりきっているか。
「ふん、ふん、ふっふふーん、ふっふふのふーん」
これだけ無用心に歩いてんのに、人っ子一人いないのはどうなんだ。外の敵ってもしや一掃されてんのか? 本当に何の音も聞こえてこねえし仕掛けられねえ。
ここまでこんなになってるってことは、そんなに優秀なのか、あの女中さんと暗殺者は。そりゃあすごいな、あのお姫様の周りは化け物しかいないのか。いや、その理屈だとオレも化け物に入っちまうから、訂正しておく。あの家にいる奴が化け物なんだな、確実に。カルティエ侯爵も人が良さそうに見えて食えない奴だからな、ありうる。
あー、だけどあいつ自体は別に化け物っていう化け物じゃないんだな。ちょっとお姫様らしからぬだけで、運動能力化け物級ってわけじゃあない。ただあいつには少し気になることが……。
「どうして急にそんなことを言うんだ! ベル!」
うっわ、急に叫ばれるとびっくりするじゃねえか。声抑えろ。敵に見つかるぞ、ってオレが言える立場じゃあないな。あの声、ニコラか。全く、大将なのに無用心なことで。ってか、何でここにいるんだ?
それに、オレの鼻歌が聞こえてないってことは、相当お話に熱中しているらしい。仕方ないな、折角だし盗み聞いといてやるか。あの名前を呼んだってことは、オレが今会いに行こうとしてた奴と一緒にいるみたいだしな。
「すみません、コナール様。でも、私、もう堪えきれなくて……」
「でもだからって、君の邪魔をするあの小娘を、何も罰を与えないまま許すっていうのかい?」
何の話だ? 小娘っていうのは、オレのお姫様のことか。まあ確かに小さくはあるが、あいつ意外と逞しいからな、小娘なんていうかわいらしい呼び方じゃあ表しきれてない。
どうせ呼ぶならもっとかわいくない動物の名前にしてやれ。そうだ、あいつ何でかは知らないがカバ好きだぞ。カバって呼んでやれよ。いや、カバはかわいすぎるか?
「はい……もう、いいんです。私、ルミア様とお話してきます。それで、仲直りして、全て終わりにしましょう」
おおっと、不味いな。あいつに会う前にオレと話をしてほしいんだが。それにアンドレから聞いた話では、フォンダートとあいつが二人で会ったときに、襲われたんだよな。フォンダートが呼んだであろう奴等に。
それならさすがにオレも話をさせてはやれない。こんなこと許したらアンドレがやばいだろうしな。ただでさえあの件があって、ちょっとばかし精神が荒れてんのに、同じ状況が作られて、もしもあいつに何かあったらどうなることか……。やっぱり一応、あの人呼んどくか?
どちらにせよ、フォンダートの行為には裏がありそうだ。せめてオレもその場に居合わせとかないとな。あいつの居場所を知らないとはいえ、誰もいない場所で会われると、今度こそあいつに危険が及ぶかもしれない。あのバカなら一回騙された相手でもほいほいついていきそうだからな。その前にここで引き留めて置ける方がいいが。
「ベル……何かされそうになったらすぐに呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございました」
何感激して送り出そうとしてんだバカ! オレの準備がまだ整ってないだろ! くそっ、オレの目的のためにもうしばらく泳がせておいてやるつもりだったが、この辺りで終わりにするしかないか。
片手で指笛を鳴らすと、驚くほどでかい音が出た。想定内だ。敵も近づいてくるだろうが、おそらくあいつにも聞こえてるはず。できるだけすぐ来いよ?
「な、ルドヴィン!?」
さて、と。オレは目先のことをどうにかしないとな。あいつが来る前にオレがやられてたら、めちゃくちゃ怒られるだろうし。
「よお、ニコラ、それにフォンダート。奇遇だな」
「き、聞いていたんですか?」
まあそう思うよなあ。オレもこのタイミングで出てきたらそう思うしな。オレは正直者だから答えてやろう。
「ああ、そうさ。だからオレはお前を止めなきゃならない。大人しくオレに着いてくる気はないか? なに、オレとの面談が終わったら、あいつと話をするのも許してやるよ。約束するぜ」
まあアンドレが許すかは知らないが。
フォンダートも、アンドレのことを思案したのか、数秒間を置いた後、今まで見たこいつとは程遠い、強く意思を持った目を向けてきた。
「……すみません。私にはルドヴィン様とお話しすることがないので、ルミア様にまずお話をさせていただいても」
「交渉不成立、だな」
遠くからバカみたいにでかい音が響いてきた。ちょうどいい頃合いだ。さて、どこから来るか……。
「ルドヴィン!」
遥か上からアンドレの声が聞こえてきたかと思うと、どんどん近づいてきて、気づいたときにはオレの隣に立っていた。
「は? お前、今どこから来た」
「四階だな」
まるで今日の朝食を答えるかのように、あっけらかんと言うアンドレに、すごいを通り越して恐怖を感じた。
「おいおい、骨折れてたらどうするんだ?」
「大丈夫だ。カルシウムは十分に摂取してるぞ」
いやそういうことじゃないんだよなぁ。本当に人間なのか、こいつ。痛みすら感じてないだろ。こいつが人間だったらオレを含めた全人類は一体何なんだ。今すぐ人間を自称するのやめろと言いたいくらい、人間離れしすぎている。
それなのにこいつ、ティチアーノに言わせれば魔法使いじゃあないんだよなー。後天性ではあるかもしれないが、身体能力に関しては持ち前のものらしい。人間って本当に不平等だよな。
と、不味い不味い。あいつらのこと忘れてた。
「あ、待てお前ら。何逃げようとしてやがる。ほれ、アンドレ、大将捕まえろ」
「ん? ああ、見つけておいてくれたのか。感謝する」
アンドレが瞬時に、敵の大将であるコナール・ニコラを取り押さえると、オレたちの勝利が決まった。エドガーに連絡して、放送を流すよう指示すると、オレはフォンダートを追いかける。
「来ないで!」
フォンダートがそう叫んだ瞬間、そこら辺に転がっていた生徒たちが、一斉に動き出して、オレの方に向かってきた。どうなっていやがる、こいつらはまるで、操られているような……。
いや、今考えても仕方ない。オレがこいつらに足止めを食らってる間に、フォンダートは逃げていくんだ。さっさとあの女を追いかけないとな、あいつのところへ行かせないためにも!
「ルドヴィン!? 何してるんだ」
「アンドレ! そいつ気絶させたら加勢しろ! ある程度蹴散らして奴を追いかける!」
くそっ、ルミア……せめてずっと化学室にいててくれればいいんだがな。




