同類
「フランさん、本当に大丈夫っすか?」
「はい。ここまで付き添っていただいてありがとうございます」
ルドヴィン様によって無事、ゲームが開催され、私はエドガーさんとともに、主に二階で行動していました。エドガーさんは私を守りつつ、二階にいる人々をたくさん片付けてくれました。私も少しはお手伝いできたのですが、エドガーさんがいなければ危うかったでしょう。とても感謝しています。彼のお陰で危機に陥ることはありませんでした。
本来であれば、私はエドガーさんとともにこのまま動き続けた方がいいと、誰もが言うのでしょう。ですが私にはどうしてもやらなければいけないことがあるのです。
言ってしまえば、これを行うために、私はゲームに参加していると言っても過言ではないのですから。これはきっと、私が、私にしかできないことだと思っていますから。
「エドガーさんはよろしいのですか? 他にもするべきことがあるのでしょう?」
エドガーさんはルミアちゃんの安全のために、各階の敵を大幅に減らすという指名を受け持っていたはずでした。それを聞いたときは、人がいい彼がそんなことをできるのかと、心配しましたが、一緒にいてそれが杞憂だとわかりました。
エドガーさんは本当に強い人で、彼が手際よく人々を気絶させる様は、知らない人のように思えて少し怖くもありました。
ですが、一度その時が過ぎれば、ふにゃりとしたしまりのない笑顔で私を見るので、やっぱりエドガーさんだな、と感じます。こういう風に笑ういつもの彼の方が、私は好きです。
閑話休題、そういうわけでエドガーさんは元々、私と一緒にいない方が動きやすかったでしょうが、彼は私のわがままに付き合ってくれました。さらには今から私が行うことを誰にも邪魔されないように、見張りまでしててくれると言うのです。
さすがの私もそれは申し訳なくて、そう聞いてみたのですが、優しいエドガーさんは何の不満も表さず、元気な笑顔をしていました。
「大丈夫っすよ! 一階と外は多分、ほぼいなくなってるし、上の階も……ちょっと行かなきゃダメかもしれないっすけど、このくらいの時間で捕まってないなら、もうルミちゃんは化学室に着いてる頃でしょうし、そもそも全員倒さなくてもいいっすからね! 時間に余裕はあるっす!
ってかやることがあったとしても、フランさんを置いてなんていけないっすもん~! おれはフランさんを応援しながら待ってるっすからね! あーん、でもフランさんのかっこいい姿、おれも見たかったっすー!」
「それは駄目ですよ。もしエドガーさんがその隙に捕まってしまったら嫌ですから」
「はい……おれ、フランさんのために全力で見張りをさせていただくっす!」
やらなければならないとはいえ、ある種、私の自己満足のようなものなのに……、エドガーさんのためにも早く終わらせましょう。もうすでに敵はそこにいるのですから。
「それでは、いってきますね。エドガーさん」
「いってらっしゃいっす、フランさん!」
エドガーさんに手を振って、私は目的の場所である教室の扉を開け、入るのと同時に扉を閉めて、鍵をかけました。エドガーさんは入ってこられないように、念には念を入れて。あとできれば、醜い私の声が聞こえないように。
「……居るのでしょう? カトリーヌ様」
少し暗めの声でそう呼びかければ、教卓がガタリ、と音を立てて動きました。よかった、もしかしたら何らかの方法で逃げているかもしれないと思っていたのですが、わかりやすくて大変結構です。
わざと足音を立てて、ゆっくりゆっくり前方へと向かっていくと、教室の真ん中辺りに来たところで、やっとカトリーヌ様は教卓から顔をお上げになりました。その顔は涙と汗、それに鼻水でしょうか、それらに濡れてぐちゃぐちゃで、先ほどまで見ていた彼の笑顔とは比にならないくらい、見るに耐えないものでした。
「あ、あなた、どうして、ひっぐ、こんなにっ」
こんなに、何でしょうか。泣き声に隠されてしまって聞こえませんね。
なんて、言いたいことはわかっています。どうしてこんなに追い詰めてくるのか、と、どうしてこんなに自分ばかりを追いかけてくるのか、と聞きたいのでしょう。その理由は実に明快。私が貴女を叩き潰したいからですよ。
私はゲームが始まってすぐに、彼女に向かって、今この手にあるものを投げました。不意打ちだったにも関わらず、なんと彼女は避けてしまい、彼女のいわゆる取り巻きと言える方々に当たったのです。あ、その人はちゃんとリタイアさせましたよ。
その後もエドガーさんと一緒に追いかけるも、私の投げたものは全て、彼女の取り巻きたちに命中しました。なんて運のいい人なのでしょう。
ですが、私は彼女が今まで全て避けてしまったことに、感謝もしているのです。だってこんなに、恐怖を味わわせることができたのですから。
「覚えていますか? 私がルミアちゃんに出会う前の話です」
「ひっ、……ふぇ……?」
「とあるパーティーで私は何度目かに貴女に出会いました。あの頃の私は薄々自分の欠点に気がついていたでしょうか。今までは色々と滑り出た言葉で雰囲気を悪くしてしまっていましたから、何とか話を合わせて機嫌を損ねないようにと、出てくる言葉を飲み込んで飲み込んで、時々滑り出した言葉も何とか誤魔化していました」
あの日のことを思い出すといつも、冷や水を浴びせられたかのような気分になります。ですが、今日はそれとは別に確かな高揚感があって、不思議と口角が上がっていました。
「私は貴女方の反応を見て、つまはじきにされていないと感じていました。ふふっ、私って本当に馬鹿ですね。覚えていますか? 私が安心しながらお手洗いに行っている間、貴女が私に言っていたこと!」
「…………あっ」
ああ、その間抜けな顔が、私をまた苛立たせる。
「あんな自分の意見もはっきり言えないようなおどおどした子、見てるだけで不快になる、って言ったんですよ?
別に覚えていなくてもいいですけど、私には深く傷を作りました。貴女方に自分の意見を主張してきたせいで輪の中に入れてもらえなかったのに、よく恥ずかしげもなく真逆のこと言えますよね。
結局は私を見下したかっただけなんですから当然なんでしょうが、私はそのせいで外で言葉を発することを恐れるようになりました。もしルミアちゃんの写真を持っているアンドレ様に出会わなかったら、私はこんな学園になんて来てないでしょうね。だって回りは貴女のような人達ばかりだと思ってしまっているのですから!」
私はそう言いながら、手元に握っていた花を模したようなダーツを握りしめ、一歩ずつ彼女へと近づいていく。
「そ、その事なら謝るから、許して……」
「ふふっ、謝るなんて、そんなこと望んでいませんよ。というかもうすぐで私の人生を壊したそうだったと言うのに、謝るだけですまされると思っているところが、頭お花畑って感じでとってもいいですよ」
きっと彼女には今の私が恐怖の塊にしか見えないのでしょう。近づく度に顔を歪ませていっているのが面白くて、ついついゆっくりと近づいてしまいます。
それにしても、全然逃げ出そうとしないのは、腰が抜けてでもいるのでしょうか?
「そう言えば貴女、本当にアンドレ様がお好きだったんですよねぇ」
「へ……」
そこで顔を赤らめないでくれますかね、気持ち悪い。
「きっとアンドレ様のことがお好きになったのは没落する前ではなく後のことですよね。アンドレ様がカルティエ家に引き取られた後、やっとアンドレ様の魅力に気がついたんですよね? いえ、むしろ引き取られた後の方が、アンドレ様はその身の美しさが引き立っていたでしょうか。
ですが、アンドレ様は、話にしか聞いたことはありませんが、以前とは違って女性に冷たくなりました。妹がその心を奪ってしまわれている。だから貴女はあの方の妹を、私の親友を妬んだんですよね」
ルミアちゃん、どうかこんな私を知らないで。自分のトラウマを払拭することを、あなたのことを持ち出して正当化しようとする、私を。
「貴女は彼女と出会ったときだけならまだしも、この学園に入学した後、彼女を下げるような行為を数々致しました。聞くに耐えない、でっちあげの噂を流したのも貴女方でしょう? 私は私を救ってくれた彼女が、よりによって貴女に見下されるのが嫌で嫌でたまらないのです」
「ひぃっ……」
「さて、先程、貴女が聞いてきた、どうして、に対する答えですよ。すっきりしてよかったですね。
では最後に一つだけ言わせて頂いてよろしいですか?」
私はもう彼女の目の前まで来ていました。私はダーツを彼女に向けながら、彼女の耳元で囁くように、恨みを込めて言いました。
「一度見下した相手に懇願することしかできないようなおどおどした人、見てるだけで不快になります」
そう言うと彼女は白目を向いて後ろから倒れました。まだダーツ使ってないんですけど、まあダーツが勿体ないのでいいですよね。
さて、終わったのでさっさと出てしまいましょうか。これ以上この人と二人きりで居たくないですし。
「すみません、エドガーさん。終わりましたよ」
鍵を開けて外に出ると、そこにはエドガーさんがいなかった……なんて展開はありませんでした。エドガーさんは目を鋭くして見張りをしていたようですが、私を見ると、大型犬のように目を丸くして無邪気に手を振ってくれました。
「フランさん~、どうだったっすか? 酷いことされてないっすか?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。むしろ私の方が酷いことをしてしまったかもしれません」
「えー、フランさんにならいくらでも酷いことされたいっすー! おれにもしてくださいっす!」
「駄目ですよ。する理由もありませんから」
それに、ルミアちゃんとエドガーさんには、死んでもあんなところを見られたくないですし、ね。




