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ラフィネの役割

 一応、外の様子を窺っておく。廊下は真っ暗で、あまりよく見えないけど、少し人の気配がする。

 どうやら僕がルミアに教えている間に、ゲームはもう始まっていたらしい。この部屋に誰も来なくてよかった。そこは運がいいと言うべきか。


 極力小さな声で、後ろにいるルミアに囁いた。


「いい? もうゲーム始まってるから、ここ出たらできるだけ物音たてないでよ」


「う、うん、努力はする」


 努力って。そこは絶対に見つからないようにするって断言してほしい。全く、ルミアは僕とフランソワーズの心配をしていたようだけど、むしろこっちの方が心配だ。気を抜くとすぐ大きな音を出しそうで怖い。


「本当に大丈夫? 外出たら別れなきゃならないんだからね」


「えっ!? そうなの!?」


 心配していた通り、すぐに大きい声をあげるから、慌ててルミアの口を塞いだ。すぐに聞き耳を立てて、こちらに近づいてくる足音を確認する。音はない。

 ほっ、と一息ついてから、ルミアを少し強く睨んだ後、小さな声で言った。


「そうだよ。ルミアはルドヴィンに逃げ場所、聞いたよね? 僕はただ隠れて待ってるわけにはいかないから、別行動だよ」


 ルミアは逃げ場所か……と呟き、少し考える仕草をしていた。それから納得したように頷いたから、思い出せたのだろう。よかった。僕はルミアの逃げ場所を聞いてなかったから、聞かれたら困ったことになるところだった。

 けれど、すぐに不服そうな顔をし始めた。察するに、僕らが外を走り回ってる間、自分だけ隠れているのが嫌なのだろう。だけど、ルミアが万が一やられたら困るのだ。大人しく待っていてほしい。


「はいはい、そんな顔しないで、自分の身を第一に考えようね。絶対逃げなきゃダメ。絶対だよ、絶対」


「そんなに絶対って言われなくてもわかってるよ! 大丈夫! 別にボクは自分から敵に攻撃を仕掛けないようなんて思ってないから! 少しでも頭数減らすために敵の群れに奇襲しようなんて思ってないから!」


 そんなこと思ってたんだ。何でこうも簡単に墓穴掘りにいくんだろう。やっぱりバカだなぁ、ルミアは。


「思ってるんでしょ。ダメだからね。そんなバカなことしないでよ」


「うぐぅ……はい」


 まだ少し諦めきれていないようだけど、これくらい言えばよっぽどのことがない限り何もしないだろう。身近にアンドレという名の怪物がいるから、自分の力を過信はしないだろうし。


「絶対にしないって信じてるからね。それじゃあ、僕は先に行くから、少しタイミングずらして出て来てね」


「ええっ!? 何で!? 一緒に出ようよ」


「ダメ。一緒に出たらついてきそうだし」


「あっ、その手があったか」


 いや気づいてなかったの。というか、その手があったか、とか、思ってても言っちゃダメだと思うんだけど。


「はい、もうこの話はやめね。じゃあ、ゲームが終わった頃にまた」


「むう……、うん、いってらっしゃい」


 釈然としないような表情のルミアを最後に見て、部屋の扉は閉じられた。

 さて、僕は僕のやるべきことをしようか。ルミアにはああ言ったけど、さすがに僕も敵を倒しに行けるほどの力は持っていない。ルミアの敵を減らすためにはここ一面の敵を倒せた方がいいんだろうけどね。ここはできるだけ隠れて行動しなきゃ。


 おそらく廊下の照明が落とされているのは、ルドヴィンの配慮だろう。僕らが隠れやすいように、と。

 けれど暗闇は逆に、人の気配に人一倍気をつけていないと、向こうから大勢で来られると一気にやられる可能性がある。慎重に、でも急いで行動しないと。


 実を言うと、僕の任務はただ単にゲームに参加することじゃない。それを考えると、ゲーム開始時から走っていけた方がよかったんだけど、あの流れからすると僕が連れ出すのが一番自然だっただろうから致し方ない。そもそも僕が一緒に行かなかったのも悪いし。


 だからとりあえず急いで外に出ないと。暗くてもこの学園の地図は頭に入ってるし、迷うことはない。問題は誰にも見つからずに行けるか、だけど……。


「……~~っ」


 人の話し声が聞こえる。やっぱり通り道には敵もいるか。まあ想定通りだね。


 エドガーみたいに存在感がなければこんなところ簡単に通り抜けれるのにな。本人は気にしてるみたいだけど、結構利点も多い体質だ。極限まで存在を消すためにはあんな髪の毛ボサボサにしなきゃいけないのは嫌だけど。

 ま、今エドガーの体質を羨んだってどうにもならない。確認できる人影は、四、五人ってとこ? 話し声的にもそのくらいだし、多分いける。


 僕はあらかじめ渡されていた銃を懐から取り出して、はずさないようによく狙って、いけると思った瞬間に撃った。


「ぐあっ」


「どうした!?」


 安心して、麻酔銃だから。いくらティチアーノが作った麻酔だからって死にはしないよ。試し撃ちはしたしね。


 暗闇でも意外と撃てていることに驚いた。慌てふためく人影たちに、また一発撃ち込みながら、僕は短い間銃の稽古をつけてくれた、セザールの顔を思い出していた。


「やっぱり自分の身を守る手段は要りますからねー、俺はあんまり銃は使ってなかったですけど、ある程度はできますから、教えてあげますね。まずはあの的に中るように頑張りましょう!

 あ、ある程度、的に中れるようになったら、次はエドガーを的にして練習しましょうか。あいつに二十回に一度くらいの頻度で中るようになってきたら、実用できるレベルですよ!」


 何で銃を使ったことがあるのか、とか、銃以外の何を使って何をしてたのか、とか、聞きたいことは山程あるけど、空気を読んで聞かないでおいた。


 僕は物覚えはいい方だって自分で思っているから、最初は意外と簡単かな、とも思ったけれど、的がエドガーに変わった瞬間から中々できなくなっていっていた。セザールは当たり前だって言ってたけど、正直悔しかった。

 でも最終的にはセザールの実用レベルまでギリギリ達したし、本当に実用出来てるから、感謝している。二発目三発目からは僕のいる位置がバレて、こっちに向かってきたけれど、何とか全員に弾を撃ち込むことができた。


「よし、これで……」


「残念だったな! この平民が!」


 不味い、もう一人いたのか。相手を気絶させるのに椅子を振りかぶるなんて、打ち所悪かったら死ぬんだからね。ちゃんと考えてやってよ、って、ここで僕がリタイアしたら、計画が一つ破綻するんだけどっ。


「あぐぅあ!」


「……あれ」


 目の前にいたのに次の瞬間には崩れ落ちていた。僕、何もしてないはずだけどな。一体どうして?


「もう、気い抜いちゃ駄目ですよー。俺、教えませんでした?」


「セザール、入ってきてたの?」


「外で待ってたんですけどね。あんまりにも遅いし、その割りに敵はわんさか出てくるんですから、心配になっちゃったんですよ」


 ああ、やっぱり待たせてたか。ゲーム始まってしばらく来なかったら、そりゃ捕まったものだと思うよね。実際もうすぐでやられそうだったし。


「そっか、ありがとう」


「はいはーい、俺達もラフィネ様にはやってもらわなきゃいけないことがありますから。さて、行きましょうか」


 セザールに急かされるまま、連れられて外に出る。外では、たくさんの生徒の山の真ん中に、イリスが立っていた。


「あら、ラフィネ様。ご無事でしたか」


「うん。間一髪だったけどね」


 イリスから、僕の鞄を手渡される。鞄はずしりと重い。中にはいつもは持ってこないくらいの、アンドレ印の問題集が入っていた。僕はよくわからないが、常人には難しくて解けないくらいのものらしい。


 そう、僕の役割は、教師の気を引いておくことだ。学園を一日好きにしていいとはいえ、あんまり暴れられるのは問題になる。そこらへんに生徒が転がっているとなればなおさらだ。このゲームを問題扱いされて中止させられる前に、教師たちの注目を集めておいて、できるだけ長引かせるのが、僕がしなければいけないこと。

 いくら自由にしていいとはいえ、大きな物音が聞こえてきたら、教師たちも気になって出てきてしまうからね。それに、それをすることで強力な助っ人が出てくるとも、ルドヴィンは言っていたけど、それが誰かは僕にはわからない。


 さて、急がないと。セザールを教師寮まで行く護衛としてついてもらいながら、僕は目的地に走った。

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