罪を暴く
……序盤から最高潮だな、ルドヴィンは。俺達が行うのは断罪式ではないんだが。広い意味で捉えればそうなるから、口に出して否定はしないが。
「静粛にしろ。ざわざわざわざわ、騒ぎ立てるな」
偉そうにしながら壇上の中央に立つルドヴィンの斜め後ろに立つ。ルドヴィンには隣に立てと言われていたが、今隣に立つのは違うだろうと思う。
ああ、そんな風に思うのは、単に見栄えがよくないからだ。断じてこいつに遠慮をしているわけではない。幼なじみで身分の違いも何も感じることがない間柄だから、遠慮する気がおきない。
しかし、急にうるさいくらいの音量で物騒なことを言われて、騒がしくしない奴の方が希少だと思うのだが。俺でもおそらく多少ざわつく……とは言い切れないな。悔しい。俺もルミア程とはいかないが、もう少しいいリアクションが取れればいいんだがな。
俺は残念ながらむしろ騒ぐなと言われれば異論を唱えたくなる質なのだが、ここにいる皆はそうではないため、ルドヴィンの一言で押し黙った。
王位継承どころか、出自としても重要視されてない第二王子で、少々なめているとはいえ、威厳くらいは感じられるらしい。
「よろしい、なら話を始めさせてもらおうか。アンドレ!」
俺に投げるな。
「…………、ああ。このパーティーと言うものは仮の催し物だ。俺達は俺達にとっての悪を征するためにこの場を設けた。自ら理解しているだろう、その悪とは、お前だ、コナール・ニコラ」
いくら憎い相手と言えども、人を指差すのは失礼に当たる。その為、ニコラを目だけで指し示すと、大袈裟に身体を震わせた。何だ。まだ睨んでないだろう。そしてルドヴィン、笑うのをやめろ。
だが、さすがは悪なだけある。すぐに反抗的な目をしてこちらへと近づいてきた。
「なんだい、アンドレ! こんな公共の場でいきなり僕を悪呼ばわりなんて、失礼じゃないのかい? 突然冗談を言う人でもなかっただろう」
「気安く名を呼ばないでくれないだろうか」
飽くまで冷静に、事を運ばなければならない。だが譲れないこともある。だから笑うのをやめろ、ルドヴィン。他の奴らは気づいてないかもしれないが、俺は気づいているからな。
「くくっ、悪い悪い、アンドレ。だが冗談じゃあないぜ。有り体に言っちまえば、オレたちは罰を犯したお前を制裁したいと言っているんだ」
「罪を犯す? 僕がそんなことするわけないじゃないか。もしそうだったとして、君達は僕をどういう罪で糾弾するつもりだい?」
あいつの言葉を聞いてルドヴィンは、ニヤリとしながら俺を見た。お前は俺に全部言わせる気か。少しは仕事してくれないか。
「……そんな目で見るなよ。お前の方が言いたいことだろう?」
俺の気持ちを理解した上で任せているのも質が悪い。これだからルドヴィンは。
それでも確かに俺が言わなければならないことだ。ルドヴィンにはほんの少しだけ感謝しておく。
「…………、ルミアを、」
「うん? 何かなアンドレ? 声が小さくて聞き取りにくいねぇ」
「俺の妹を侮辱した」
ああ、俺もまだまだ青いな。苛立っても表に出すのは未熟者がすることだ。
「まずお前は俺の妹の悪評を振り撒いた。機嫌が悪くなったら影で平民の生徒に暴力を振るっていた、とか、俺達と他の生徒が話している間に割って入ってくる、だとか、そういう類いのものだな。俺達があの子の耳に届かないようにしていたからあの子自身にダメージを受けなかったが、俺達にとっては相当気分を害するものだった。
もちろんその噂はどちらも虚偽だ。前者はあの子の見た目から連想したのか? わざわざ連想ご苦労だったな。あの美しい小麦色の肌を程度の低いものだと考えるのはどうかしているが。
後者はあの子が割って入ってきていたのではなく、俺達が逆に招き入れていたんだ。生憎、聞いても聞かなくてもいいようなくだらない話や、他の者に聞く方が早いのに俺達に聞いてくるような質問等に相手している間に、あの子が一人でいるのは耐えられない。だからこれに関してはあの子よりも俺達の悪評になるはずだ。そうならなかったと言うのは、あの子を貶めるために流す噂へと変換したかったからだろう。
他にも言いたいことはあるが、この件に関しては省略させてもらう。」
あえて心の中で、加えて語るのなら、噂に関してはルミア本人を攻撃するのと同時に、イリス並びにセザールを使用人間で孤立させる狙いもあったのだろう。ルミアを孤立無援状態にするために、使用人にルミアに従っていると不利益を被ると思わせたかったのだ。
だがそこはさすがルミアの世話係とも言うべきか、避けられていることに全く気づいていなかった。元々使用人が二人だったから少々遠巻きにされていたこともあったのだろう、二人ともこれっぽっちも堪えてはいなかった。例え二人だけでできないことがあったとしても、エドモンドもいたのだ。何の不便もない。
ああ、今考えると、そもそも使用人が主人に対して好意的な思いを向けることは少ないから、二人をルミアから離そうとしたのが本当の狙いだったのかもしれない。普通だったら上手くいってたんだがな。俺達の周りが例外だらけだったせいで気づかなかった。
そしてあいつが何かを語ろうとしていたが、俺はその前に、一息に言ってしまおうと言葉を続けた。
「班決めの際もそうだ。やれ俺の妹に肌が浅黒いだ、品位に欠けているだ、と、ぬかしてくれたな。さらには洗脳されているだと? 洗脳なんて、お前に救われなくてもとっくの昔に解かれている。全世界の女性は信用に値しないという洗脳から。それを解き放ってくれたのはあの子だ。俺の救世主でもあるあの子に対して、お前なんぞがあることないこと言っていいはずがない」
そこまで言うと、ルドヴィンが俺を制した。熱くなりすぎたな。これでは恨み言を言うだけで今日という日が終わってしまう。不本意だが、後はお前に任せるとしよう。
「つまりオレたちは、コナール・ニコラ、及びお前の仲間たちからの、我らが姫君への対応に、怒り心頭に発しているというわけだ。今まで見過ごしてきたが、先ほど彼女が出ていってしまったのも、お前たちの行いのせいだろう? それに対してオレたちもそろそろ堪忍袋の緒が切れちまった。初めて本人に直接、危害を加えたわけだしなあ?」
形的にはラフィネが連れ出したのだが、原因を作ったのはこいつらだ。実際に初めて危害を加えられたのは修学旅行の時だろうが、おそらくあれはフォンダートが単独で計画したことだと踏んでいる。あれに加担しているなら、呼び出されたルミアの前に奴も姿を表すだろう。よって、ニコラに対してはその事を換算しない。
「な、何を言っておりますの? わたしはぶつかられた側なのだから、わたしが被害者ですの! 危害なんて加えてませんわ!」
ああ、誰かと思ったらニコラの妹か。懐かしいな。あいつのことが昔は二度と会いたくないほど嫌いだったが、今では一切興味がないから存在を忘れていた。
わざわざ発言してくれたところ悪いが、それを至近距離で見ていたエドガーからの報告によると、お前がわざとぶつかったことはわかっているんだが、見てない俺達がそれを証明するのは難しい。エドガーやフランの証言も、身内の証言と言われたらそれまでだ。
だからこそ、これはただのきっかけにすぎない。そして、俺達にとってはきっかけで十分だ。
「ルドヴィン、アンドレ、残念だよ。僕達にとっては君達が悪にしか見えないじゃないか」
ルドヴィンはクスリ、と妖しく微笑んだ。
「ああ、そうだな。だからどちらが正しいのか、白黒はっきりつけようじゃあないか。この学校全てを使ったーー鬼ごっこでな」
そういえばルミアと初めてした遊びは鬼ごっこだったな、と、その言葉を聞いてふと思い出した。




