楽しみだけでは始まらない
パーティーまでの日にちはそんなになかったのに、待ち遠しく感じていたのはきっとラフィネのお陰だろう。
ボクを選んでくれたドレスの袖に腕を通して、鏡の前でくるりと回ってみた。うん、やっぱりボクに似合っているかは自分ではわからない。でもラフィネ的に言えば、このドレスが一番ボクにぴったり合うものらしいので、間違いはないだろう。それにこういう服が文句なしに似合っていると言われると、やはり嬉しいものだ。
「ルミアちゃん、お待たせしました」
そう声が聞こえたので、後ろを振り返ると、そこには髪を綺麗にまとめて、いつもより大人っぽい雰囲気のフランがいた。ドレスもかわいらしさが前面に押し出されたものではなく、落ち着いた色合いだ。フランはかわいい服が似合うとばかり思っていたが、こういうのも似合うのか。
「今日のフランはかわいいと言うよりもかっこいいね!」
「本当ですか!? 実は私、今日のパーティーではいつもとは違うお洋服が着たくて、少しラフィネさんに無理を言わせてもらったんです。今回ばかりはさすがに苦戦していましたね」
確かにこれは苦戦するだろうな、と思うくらい、フランのいつものイメージとは違っている。よく見つけ出せたな、ラフィネ。ラフィネの頑張りのお陰で、こんなにも普段とは違った魅力があるフランを見れたんだから、後でお礼を言っておこう。
「ラフィネはいい仕事したなぁ」
「本当、ラフィーには感謝しかないっすよね! もうこんな素敵なフランさんが見られるなんて……生きてて良かったって思えるっすよね~!」
「えっ、どこから現れたのエドガーさん」
この場には二人だけしかいないと思ってたのに、急にフランの横にエドガーさんが出現していた。いつのまに。
「ええーっ! どこからって、フランさんの隣にずっといたじゃないっすか! あ! もしかして、フランさんが美しすぎてフランさんしか視界に入ってなかったんすね!?」
「うーん……そう言われるとそうかもしれない」
「る、ルミアちゃんが他の人を認識できないほどですか!? そんな、つまり、今のルミアちゃんは私のことしか見えないと言うことですか!? きゃああああああ、ルミアちゃんが私だけを見てくれるなんて、夢のようです!」
さすがに認識できないほどではないと思うのだけれど、なぜか喜んでくれているようなのでよしとしておこう。
でも今日のフランは珍しくて、ついついまじまじと見てしまうのは確かだ。フランが照れくさそうにしているけれど、遠慮はしないで、改めて見ていると、フランの髪飾りには、小さな花がついてることがわかった。
ボクが花を見ていることに気づくと、エドガーさんはボクが何かを尋ねる前に、花の説明をしてくれた。
「それはネモフィラって言うお花なんすよ! 小さくてかわいくて、でも今日のフランさんにぴったりな、澄んだ空のような青色でしょう? フランさんのこのドレスを見た瞬間、びびっときたんすよ! 今のフランさんに似合うのはこの花だ、って! あ、言うまでもなくおれが作った髪飾りっす」
「うん、まあ花だからエドガーさんが選んで……って作ったの!? すごっ!」
いつのまにこんなものが作れるようになったんだろうか。こんなクオリティのものができるなら、ラフィネと一緒に装身具担当で服飾屋できるんじゃないだろうか。エドガーさんはルドヴィンの従者という立場だから、その場合はルドヴィンに解雇された場合ということになるけれども。
「エドガーさん、私たちが知らないうちに、とっても手先が器用になりましたよね」
「そうなんすよ。おれもびっくりっす。いやあ、やっぱり持つべきものは厳しく冷たい師匠っすね。あ、安心してください、一年に一度くらいの割合で褒めてくれるっす」
何も安心できない情報だよね。エドガーさんのその師匠とやらが誰かは知らないけれど、その話を聞く限りでは絶対に弟子入りしたくない。何でエドガーさんは弟子入りしてるんだ、いつから弟子になってるんだ、そもそも何の師匠なんだ、と、聞きたいことはたくさんあるけれど、壮絶な話を聞くことになりそうなのでやめておこう。
「ところでラフィネはいないのかな? まだ来てないけど」
パーティーは六人で楽しむ予定である。本当はティチアーノさんとも一緒に過ごしたかったが、ティチアーノさんは絶対出たくないらしく、化学室に引きこもってしまった、とルドヴィンが言っていた。修学旅行では強要してしまった負い目もあり、今回は諦めた。次のパーティーには出てきてくれるといいんだけどな。
という訳でティチアーノさんはいない。それにルドヴィンと兄様も、一応主催者ということで、始まりの挨拶くらいはしとかないといけないらしいので、最初から一緒に過ごせるのはフランとエドガーさん、そしてラフィネだけなのだが、待ち合わせ場所であるここにラフィネの姿はない。
「ラフィネさんですか。私は知りませんが……」
「んー、おれも、あっ、ちょっと待ってくださいっす! そういえばさっきラフィーに、忘れ物したの思い出したから先に会場入っといて、って言われてたの思い出したっす! 確かその時、フランさんはお着替え中だったすからねえ」
「あら、そんなことを言われていたんですか」
つまりラフィネは少し遅れるということか。一応指定されているパーティーの開始時間までには間に合うといいけれど。こんなときに忘れ物をしてしまうなんて、ラフィネも案外抜けてるなぁ……ボクに言われたくはないか。いや、ボクは抜けてるわけじゃないんだけど、ラフィネは絶対にそう言ってくる。
「それならお言葉に甘えて入ってしまいましょうか。ラフィネさんがいつ来るのかわからないのに待ってるのも癪に障りますし」
「そうだね、先に楽しんじゃおうか」
中でラフィネを待つとしよう。そう思いながら会場に入ると、中にはもうたくさんの人たちが集まっていた。皆が皆、目一杯おめかしをしていて、楽しそうに賑わっている。次いで、美味しそうな料理の匂いが鼻孔をくすぐった。
「うわっ、やっぱり人多いっすねー……こういうところは苦手っす」
中の様子を見て、少しげんなりとした様子でエドガーさんはそう呟いた。
「ならエドガーさんだけ帰る?」
「嫌っす! 仲間はずれだと寂しいじゃないっすか!」
「ふふっ、かわいいですね」
フランがくすくすと笑うと、エドガーさんは恥ずかしそうにしながら笑った。何か二人の様子見てると……和むな。いつまででも見ていられる気がしてくる。
「あ、二人とも! あの辺りすいてますよ。あそこでおしゃべりしてましょうか」
そう言ってフランは少し遠くはあるが、人があまりいないところを指差した。それを見てエドガーさんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そうっすね! あんまり人が密集してるところだと声出しにくいっすもんね」
「それはエドガーさんだけだと思うけど」
そんなことないっすよー、とやはり小さな声で言うエドガーさんのためにも、早いところあの場所へ向かおうか。
そう思いながら、そこまで歩いていく途中で、横から、どんっ、と衝撃がきた。人を避けながら歩いていたが、ぶつかってしまったのだろう。突然のことでふらついたが、倒れることはなかった。
「っルミアちゃん!」
前を向くと、フランが血相を変えてボクの名前を叫んでいた。ちょっとぶつかっただけだから大丈夫だよ、と言おうとしたが、それは叶わなかった。
びしゃり、と言う音と同時にボクの腕やドレスに冷たいものがかかった。驚いて見ると、その部分だけドレスは変色していた。かかったのはジュースか何かだろうか。
その状況を把握してすぐに、人とぶつかった方を見上げると、そこにはたくさんの女の子たちがいた。ボクの一番近くにいる子のグラスには何も入っていなくて、その中身がボクにかかったのだとわかった。その子の顔はさも愉快そうに笑みを作っていた。




