つまりはいいから全部着ろと言うこと
ボクは今、絶体絶命の危機にさらされている。
「うーん、こっちもありかな……。じゃあ、ルミア、これも追加ね」
ラフィネがまた追加のお知らせをしてきてしまい、一層心が沈んだ。そう、ボクはパーティーのドレス選びと言う問題に直面していた。いや、ラフィネがルドヴィンに、色んな服が見たいって言ってパーティーになった時点で、こうなることは薄々予想がついてはいたのだけれど、ボクとしてはさっさと決めてしまって、以前兄様に紹介してもらった秘密の場所で、体を動かしたいわけである。泳ぐのも楽しいけれどやっぱり走るのが好きだからね、ここらで思いっきり走っておきたい。
けれどラフィネは絶対にそれを許してはくれない。ラフィネに服を選んでもらうこと自体は嫌いではないのだけど、今のようにドレスとかを選ぶときは、人に見せるものと考えるため、より気合いが入るのか、試着が非常に多くなるのだ。兄様とかフランにはこんなにも試着させないくせに、なぜボクだけこんな量なのだろうと疑問に思い、本人に聞いてみた結果、
「アンドレやフランソワーズにはさすがの僕でも遠慮するよ。あんまりストレスを感じさせたくないし。まあそもそもすぐに決まるんだけどね。
でもルミアはなかなか決まらないし、なんだかんだ言って全部着るでしょ? はい、こんなこと聞いてる暇があったらこれも着てきて。着たら呼んでよ」
と言われ、もう何着目になるのかわからないドレスを持たされ、試着室に押し込まれた。ちょっとはボクにも遠慮しろよ! 扱いが違いすぎるだろ! まあ素直に着てしまうボクもボクだけど。
ラフィネに文句を言われる前にささっと着替えて、また出ていく。すると、ラフィネが納得いってなさそうな顔をしたので、このドレスはおそらく選抜から外されるのだろう。かわいらしいドレスなのに、何て悲しい運命なのだろうか。ボクが着こなせないばっかりに! やっぱりボクにドレスは似合わないから……。
そんなことを思っていると、ふいにラフィネがこちらを見て、口を開いた。
「あのねえ、ルミアが着こなせてないってことじゃなくて、もっとルミアの魅力を引き立たせられる服があるって判断したから、その服は候補から外してるの。似合ってない訳じゃないから。勝手に自分が似合ってないからダメなんだって考え方しないで」
「一言も発してないのに何で思ってることがわかったの!?」
「わかりやすいんだよ、行動も表情も」
いくらわかりやすいと言っても、そこまで細かくわかるものだろうか。もはやボクの考えてること全部表に出てしまってるみたいじゃないか。さすがにそれはないと思いたい。もしいつも考えてることが筒抜けだったら、恥ずかしくて迂闊に行動できなくなる。……うん、ラフィネがすごすぎるだけということにしておこう。きっと他の人にはわからないはずだ……自信はないけど。
それはさておき、ラフィネはそう言ってくれるが、試着する度に積み上げられるドレスの残骸を見ていると、嫌でもそんな気がしてくる。本当に一瞬でも似合ってたんだろうか。どれもこれもかわいくてきれいなドレスばかりで、何だか申し訳なくなってくる。
「ううーん……いや、やっぱりボクには似合ってなかったんでは?」
ボクとしては極力小さな声で言ったつもりだったが、ラフィネには聞こえていたのか、吟味していたドレスから視線を外し、すっと顔をこちらに向けた。そして強く睨み付けられた。
「は? 僕の見立てを馬鹿にしてるの?」
「そういう訳じゃないんだけど、ボクにはもったいないくらいのいいドレスばっかりだから、こうして山積みになっていくのが切なくて」
ボクがそう答えると、ラフィネは、はあ、と深くため息をついた。怒っていると言うよりは呆れているらしかった。
「そうやって服の心配をしてくれるところは好きだけど、そうも自分に自信がないのは良くないところだよね。あのさ、勘違いしてるみたいだけど、服がその人にふさわしいかどうかって言うのは、僕が判断してる訳じゃないよ」
? どういうことだろうか。今まさにラフィネがドレスを選んでボクに着せているのに。
「僕が判断してるんじゃなくて、服が判断してるわけ。その人にぴったりだと思ったら、服はその人をよりいっそう輝かせる。他にいい服があると思ったら、服はその人の一部にならないで、ただ着られているだけ。ただ服がその人にとって最高のものなのかは、着てみないとわからないから、僕がしてるのはその手助けってところだね。ルミアを輝かせることができるかもって、訴えている服を選んで着させて、自分じゃなかったって言うならまた違う服にお願いしてるの」
「ふうん……?」
つまりは服に意思があると言うこと……? 山積みになっているドレスを見ても、全く意思があるようには見えなくて、いまいちピンとこない。
「まあよくわかんなくていいよ。僕も子供の頃母さんに教えてもらったときはわかんなかったし。最近になったわかるようになったって言うか……とにかく、その試着された服たちは、ルミアに似合わないから選ばれなかったんじゃなくって、似合ってるかもしれないけど、ルミアにはもっといい服があるから、服自身がルミアに着られることを辞退したってこと。
うーん、まあ、言っちゃえばルミアの方が服に拒否されてるってことかな」
なるほど、ボクの方がドレスに着られることを断られてたってことか。ラフィネの言っていることは理解できている気がしないけれど、そう考えた方が気が楽だ。
ん? と言うことは、ボクはめちゃくちゃ服に拒否されてるのに、兄様やフランは全然拒否されてないってことじゃないか! それはそれで切ないような……いや、でもラフィネの言い方的にボクに一番似合うと思ってくれている服もいるみたいだし! うん、絶対どこかにいるはずなんだ。ドレスとラフィネを信じよう。
「だから服のことはあんまり気にしないで、何回でも試着して……あ、ルミア、これ着て。この服も、ルミアの魅力を引き出せるかもって、言ってるからさ」
また一着、ドレスを渡されてしまった。だけれどさっきよりはなぜかわくわくしていた。もしかしたらこのドレスがボクにはぴったりな一着かもしれない。そう思うと、何だか宝探しをしているようで楽しくなってくる。……おかしいだろうか。
そんな気持ちで渡されたドレスに着替え、ラフィネに見せると、満足そうな顔で頷いた。
「今回はこの服だったみたいだね」
「え? と言うことは?」
「パーティーのドレスはこれで決まり」
やったあ! 思っていたより早く決まったことも嬉しいけれど、ボクにぴったりなドレスが見つかったっていうのも何だか嬉しかった。
「似合ってる? 似合ってる? ラフィネ!」
「うん、似合ってる似合ってる。その服も喜んでるよ」
ラフィネの言い方は若干、小さな子供をあやすかのようだったが、表情はボクに負けず劣らず嬉しそうな笑顔だった。自分にぴったりな服が見つかった訳ではないのに、こうやって喜んでくれているのは、本当に服が好きなんだなぁ、と感じる。まさに服飾屋と言うのはラフィネの天職なんじゃないだろうか。
「はー、何だかパーティー楽しみになってきた!」
「それは良かった。自分に一番いい服を着ると気持ちも前向きになるよね。でもパーティーか……、確かに色んな服が見たいとは言ったけど、もっと別の方法があったと思うんだよね。まあルドヴィンのお陰で権限を得たんだし、文句なんて言いようがないけど。でもパーティー、憂鬱だな」
そうか、ラフィネはパーティーに出るのが初めてなんだ。何回か出たことはあるボクですら嫌だったのだ。ラフィネはもっと不安で仕方ないだろう。でも大丈夫だ! 今回のパーティーは皆がいるし、学園だから知らない大人がいるわけでもない。そして何より、このドレスを着たボクは無敵のような気がする。
「ふっふっふ」
「急に何笑ってるの、気持ち悪い」
「ラフィネがそんなに憂鬱なら、ボクがエスコートでもしてあげようかなと思って」
ボクがそう言うと、ラフィネは心底嫌そうな顔をした。
「余計なお世話だよ。それにしてもらうとしてもルミアは絶対ないから。不安すぎる」
「ボクだってそれくらいできるもん。全く、信用ないなぁ」
「うん、ないよ。むしろドレス汚さないかひやひやしてるから」
「汚さないよ!」
言われていることは非常に心外だが、どうやらラフィネは緊張がほぐれたようで、先ほどのような不安そうな顔はしていなかった。そうか。パーティーはパーティーでも、いつもはいないラフィネも一緒なんだ。ドレスのことも相まって、よりいっそうパーティーが楽しみになった。




