ただいま
「ただいま、イリスさん、セザールさん」
「お帰りなさいませ、ルミア様」
「うっわー! お久しぶりです、ルミア様! 三日間って本当、長すぎですねえ!」
学園に帰って来ると、イリスさんとセザールさんが出迎えてくれた。他の使用人さんたちもいて、二人のことを探さなきゃいけないかな、と思っていたが、馬車を降りてみると、すぐ目の前にいて驚いた。帰りの時間はほとんど飛行機の人と被るはずだから、使用人さんたちも混雑するものだと思っていたけれど、そうではないらしい。
と思ったが、それもどうやら違うようだ。ちゃんと他の使用人さんたちも、イリスさんやセザールさんのずっと後ろの方にいた。なぜかそこから動かないせいで、生徒たちの方が使用人さんたちに駆け寄っていっている。……あれが普通なのだろうか。だとすると、この状況、大分浮いてしまっているのでは?
「ちょっとちょっと! どうしたんですか、ルミア様。そんなによその使用人のことばっかり見て! しばらく会わないうちに俺たちに愛想尽かしちゃったんですか!?」
急に視界が遮られて、びっくりして声がした方を向いた。どうやらセザールさんが目の前に来て、向こうの使用人さんたちを見えなくしてしまったようだ。上を見上げると、セザールさんは嬉しそうに、にっこりと笑った。イリスさんとセザールさんに愛想を尽かすことなんて絶対にないし、そんな笑顔を向けてくるということは、セザールさんもそれがわかっているからこその発言だろう。ボクも否定はせずにただ微笑み返した。
「あ、そうだ。二人にお土産があるんだ。後で渡すね」
「えー! やったー! さすがですねルミア様!」
「お心遣い、ありがとうございます。ルミア様に頂けるものなら何であろうと大切にいたします」
そ、そうも喜ばれると渡しにくいなぁ。そんなに大したものでもないのに。二人が期待してくれているくらいに、喜んでくれたらいいんだけどな。……多分二人なら喜んでくれるとは思うけれど。
そうだ。お土産と言えば、父様や他の使用人さんたちへのお土産を送ってもらわなきゃいけないんだった。セザールさんだと忘れそうだし、イリスさんにお願いしておこう。
「イリスさん、イリスさん。家にお土産送ってほしいんだけど、いいかな?」
「ああ、それでしたら執事長にお願いしていただいてよろしいでしょうか。……昨日、セザールが執事長を怒らせてしまって。何かを行う際には些細なことでも必ず執事長を通すように、と」
「急にその話はやめろよ! 俺に昨日の記憶を思い出させるな!」
えっ、エドモンドさんって怒るか。いつも笑顔で、柔らかい話し方してくれるから、あんまり怒らない人かと思っていた。何より目線を合わせて話してくれる。ボクに対して、何と目線を合わせて話してくれるんだ。この人以上にいい人なんていないんじゃないか、ってその時思ったくらい嬉しかった。
まあ、それはさておき。エドモンドさんもセザールさんが思い出したくないくらいの怒り方をするのがわかった。でも多分大声をあげたりはしないんだろうなぁ。何か冷静に淡々とお説教されそう……それも怖いな。……セザールさん、ご愁傷様。
さて、そうとなったらエドモンドさんに頼みに行かなければ。エドモンドさんと言えば……当然兄様のところだろう。エドモンドさんは兄様大好きだからなぁ。家にいた頃は、たまに兄様の話に花を咲かせてたっけ。懐かしい。兄様はボクが乗っていたのと同じ馬車から降りてきたから、おそらく近くにいるはずだ。
ぐるりと周囲を見渡すと、二人はすぐに見つかった。なんて言ったって、他の誰よりも目立つのである。昔初対面のラフィネに言ったように、兄様一人でもきらきらしていて、あっこの人絶対普通の人じゃないな、って感じなのだけれど、エドモンドさんも一人でも華やかな雰囲気で……つまり二人でいるとさらに目立つと言うことである。しかもどっちも近寄りがたいタイプのため、さらに近寄りがたさも増していた。
だけどエドモンドさんに会う機会ってなかなかないんだよなぁ。家にいた時も、ボクが誰とも過ごしてなくて時間を持て余してる時に、たまたま出会ったりするだけだったし、学園にいる間はそもそも話しすらいない気がする。それなら今行かないと機会を逃してしまうかもしれない。……行こう。
「ちょ、ちょっといいですか!」
思わず敬語になってしまった。もうちょっと自然に話しかけるはずだったのに。二人とも真面目な顔で話をしていたのが、元の近寄りがたさと相まって、さらに近寄りがたくなっていたので、つい怖気づいてしまった。何だか悔しい。
謎の緊張で次の言葉が出せないでいると、エドモンドさんが屈んで、ボクと目線を合わせた状態で、柔らかく笑った。
「如何されましたか、ルミア様。アンドレ様にご用事でしょうか」
「あっ、ううん。エドモンドさんに頼みたいことがあって。お話しの邪魔をしちゃってごめんなさい」
そう言って兄様に向かって頭を下げると、兄様はいつものように優しく微笑んでくれた。何だかその笑顔は酷く、久しぶりに見たような気がした。
「重要な話でもないから構わないぞ。それよりお前がエドモンドに用事とは、珍しいな」
「うん。家にお土産を送ってほしいって、イリスさんに頼んだんだけどね」
ボクの言葉を聞いて、エドモンドさんは、おや、と小さく呟くと、合点がいったかのような表情をして、言葉を紡いだ。
「ああ、セザールくんのせいでベフトォンさんには頼めなくなった、と言うことですね」
「セザールのせいで? 一体何の話だ。俺のいない間に何があった」
「ああ、いえ、アンドレ様のお気を煩わせるようなことはございません。ただ少しばかり、相手の気持ちを推し量らないお馬鹿さんに、罰を与えたまでのことですよ」
お馬鹿さん、って言うのはセザールさんのことなんだろうなぁ。正直ボクよりも頭いいと思うんだけどね。それだったらボクは何になってしまうんだろうか。
それにしても、やっぱり兄様、ちょっとぴりぴりしてるな? 昨日は不機嫌なのかと思ってたけど、よく見ていると、警戒している、と言う言葉の方が正しいのかな。でもやはりどうしてなのかはわからない。
「それではルミア様、お品物を頂けますか?」
「うん、ちょっと待ってね」
あらかじめ家へのお土産は分けておいたのだ。こっちが皆へのお菓子、父様にはこれも渡して、と。あっ、そうだ。
ボクは、キーホルダーを一つ取り出して、エドモンドさんに差し出した。
「はい、これはどなたへお渡しすればよろしいでしょうか」
「これはエドモンドさんへのお土産だよ」
ボクがそう言うと、エドモンドさんは目を丸くした。まさかエドモンドさん個人にお土産があるとは思っていなかったようだ。何にかはわからないけれど、勝った気分である。
「これ、ボクとイリスさんとセザールさんでお揃いのキーホルダーにしようと思って見てたんだけど、あんなにもたくさん種類があるならエドモンドさんにも買ってちゃおうと思って」
「そう、なのですね」
何だか反応が悪いような……はっ、大事なこと言ってなかった。
「エドモンドさんが喜ぶと思ってちゃんと兄様の分も買ったからね! はい、兄様! どうぞ! あっ、ついでって訳じゃないからね! ボクも兄様やエドモンドさんとお揃いのもの欲しかったし!」
「ああ、わかってる。優しい子に育ったな」
兄様はそう言いながらくすくすと笑っていた。まるで子供のような扱いである。ぐぬぬ、やっぱりお揃いにしたいって言うのは子供っぽいのだろうか。
けれど、そんな兄様とは対照的に、エドモンドさんは未だにぽかんとしたままキーホルダーを持っていた。……買った後で薄々思っていたけれど、エドモンドさんはこんなものいらなかっただろうか。あんまりこういうの好きな人じゃないだろうし、やっぱり失敗してしまったか……?
「ルミア、そんな深刻な顔しなくていいぞ」
「でもエドモンドさんが……」
兄様はエドモンドさんに駆け寄っていくと、その背中を、バンッ、と力強く叩いた。めちゃくちゃ痛そうだけれど、エドモンドさんはよろめくこともなく、我に帰ったかのように、はっ、と目を開いた。
「こう見えて喜んでいるんだ。そうだろう、エドモンド」
兄様がそう語りかけると、エドモンドさんは神妙な面持ちで頷いた。
「……っはい。このようなものを頂くのは初めてなのです。アンドレ様もくださりませんので」
「そうだな。これからも渡す気はない」
「……ですから、この気持ちをどう表現したらよいのか、わからなかったのです。申し訳ありません、ルミア様。それと、ありがとう、ございます」
エドモンドさんはそう言って深々と頭を下げてくれた。どうやら本当に喜んでくれたようだ。それが嬉しくて、つい顔が綻んだ。
それから、キーホルダーの色を見せ合っていると、ボクが帰ってくるのが遅くて、痺れを切らしたのか、セザールさんとイリスさんがやってきた。キーホルダーを、二人より先に兄様とエドモンドさんに渡してしまったことを知られて怒られてしまった。それくらいいいんじゃないだろうか、と反論したが、結果的に多数決で負けた。何で兄様とエドモンドさんも向こうについたんだ。四対一は卑怯である。
そう言えば、五人で一緒に話をするのは、実は初めてだった。ずっと同じ家にいたのに、何だか不思議である。けれど、その時間はとても楽しくて、気がつけば日も傾きかけていた。色々なことがあって疲れていたのもあるかもしれない。何事も考えなくて済む時間が過ぎていくのを感じて、少し名残惜しい気持ちになっていた。




