使用人たちの三日目
ごきげんよう、皆様。私はエドモンド・サジタリウスと申します。この世で最も美しく気高い、アンドレ・カルティエ様の僕でございます。
昨日までの大会で、我々は見事、アンドレ様のご期待に添える成果を得ることができました。ですので、本来ならこの一日は我々が通常通りに、するべき業務をただ行う日なのですが、どうやらベフトォンさんとセザールくんは何やら企んでいたようです。
「……というわけで、ここまでがルミア様の幼少期のお話です。何か質問はございますか? ……では、そちらの方」
「おい、ちょっと待てよお前。今寝てやがったな。表出ろ」
何なのでしょうか。この目の前で繰り広げられる地獄絵図は。セザールくんに目をつけられた方が恐怖で悲鳴もあげられないようですが、彼は可哀想だと思わないのでしょうか。
彼ら二人は、早朝から他家の使用人たちを、連行するような形で徴集すると、何時作ったのかもわからないスライドを見せながら、延々とルミア様の話をし始めました。さらにきちんと聞いていない方には容赦なく鉄槌が下ります。ルミア様に興味のない方々にとっては、一種の拷問のように感じられるであろう時間が長らく続いているのです。
これには一体何の理由があるのか、もちろん私も聞いてみました。理由によっては、というよりも、無駄であろうこの事態を止めようとしたのです。権力をひけらかしてこのような苦行を強いるのは、およそ上に立つ者のすることではありません。同じカルティエ家の使用人として恥ずかしいですからね。ですが返ってきたのは至極真っ当とでも言うような表情でした。
「俺たちが任されたのは使用人たちへの規制と、計画実行時の無力化ですよー? 大会で優勝したごときで、常識のない使用人たちは、そんなこと関係なしにアンドレ様たちのすることに首を突っ込んでくるかもしれないじゃないですか」
「そうです。そのためにはルミア様のことを少しでも多く知ってもらい、ルミア様を貶めることがいかに罪深く、愚者がやることであるのかを理解してもらうためにこのような手段をとっているわけではありません。決して、わたくしたちがルミア様の素晴らしさを語りたいがために、このような場を設けたわけではありません。決して」
決してが強調されていたので、九割は語りたいがための行動であるとわかります。それを言及しようとすると、セザールくんは私の耳元で囁きました。
「あんただって、アンドレ様の話をする機会があったら、するでしょう?」
それはまさに悪魔の囁きとも言えるものでした。その一言のせいで、私にとってアンドレ様とは何か、アンドレ様が私の人生においてどれほど必要な存在かを、語るのがどれほど喜ばしいことなのかを想像してしまったのです。
アンドレ様……ああ、目を閉じるだけであなた様のお姿が目に浮かびます。今あなた様は最愛の彼女の側にいらっしゃるのでしょうね。いつもは無表情で己の感情を見せることのないあなたが、唯一、わかりやすく表情を表す。何と健気な思いでしょう。あなた様の切なるその思いに、私はいつも……、話が逸れましたね。
とにかく、私には彼らをとやかく言う権利が完全に失われてしまっていると言うことです。私がこのようなことに関してこれほど無力だったとは……、なんてことでしょう。ですがこればっかりは彼らを咎められはしないのです。お許しください、アンドレ様。
「しっつっじっちょーう! どうしたんですか、難しい顔して」
気がつくとセザールくんがいつの間にか傍まで来ていました。全く、気配を隠すことについてはずいぶんと上級者ですね。いえ、無意識に殺している、と言った方が正しいのかもしれません。
「セザールくん、いえ、ただ自分がいかに意思の弱い人間なのかを嘆いていただけですよ」
「えっ、何ですかそれ。深刻ですねー」
そう言いながらもちょこちょこ隣に並んでくる彼は、出自が怪しくはありますが、物怖じせず肝が据わっているところは高く評価しています。それに、このように親しみやすいところも彼のよさなのでしょうね。
「ふふっ」
「うわっ、急に笑いだした! もう、本当にどうしたんですか? 気持ち悪いですね」
「言い過ぎですよ」
心の中で褒めた後に……全く失礼な子ですね。それでも嫌いになれないのは私が甘いからでしょうか。より精進せねばなりません。
「はーい、すみませーん。それより、ね、ね、執事長、ちょーっとお話ししましょうよー」
「おや、私と話をしていていいんですか? 君もルミア様について話したいことが多くあるのでしょう? 私と話をするなんて、どういう風の吹き回しですか?」
「いいんですよ。いつもイリスと話してるし、それに執事長と話す機会って、中々ありませんしねー。折角なんで、ただ単に雑談したいだけですよ」
一昨日のことについて何か言いたいことがあるのかと思いましたが、どうやらセザールくんの言葉に嘘は混じっていなさそうですね。本当にただ雑談がしたいだけのように感じられます。それなら、応えてあげるのが執事長としての義務でしょう。
「ならばよろしいでしょう。君に付き合います」
「おっ、嬉しいですねー。じゃあ、改めて言わせてもらいたいんですけど、この度は本当に!ありがとうございました!」
おやおや、一体どうしたのでしょうか。急に頭を下げて。なんて、惚けても無駄でしょうね。今回の任務協力への感謝ですか。
「今回の件に関しては我が主が望んだことですから、君にお礼を言われる筋合いはありませんよ。君達はルミア様のために、私はアンドレ様のためにしたまでです」
「いーや、それは違いますよ。執事長」
セザールくん、急に顔をあげないで下さい。風が来るでしょう。それに違うとはどういう意味でしょうか。場合によっては、人体には耐え難いお仕置きを行いますが。
「確かに俺とイリスはルミア様のために、執事長はアンドレ様のために頑張りました! けどそれだけじゃないですよ。俺とイリスはアンドレ様の命を受けてこの作戦に乗り出したんですから、アンドレ様のためにもやってるわけですし、広い意味で言えば、ルミア様のご友人たちのためにも頑張ったわけですね! ……エドガーのためって言うと、ちょっっっっと癪ですけど」
ああ、そういうことが言いたいのですか。違うと言うほどでもないでしょうに、訂正するとは。少し軽めのお仕置きが必要でしょうか。
「それに! 執事長だって!」
「……はい? 私ですか?」
「はい! 執事長はアンドレ様のためだけじゃなくて、俺たちのためにもやってくれたんですよね!」
……この子は急に、何を言っているのでしょうか。
「執事長が今回、嫌なことでも自ら進んで協力しにきたり、イリスのことフォローしたりしたのは、俺たちのことを心配してのことですよね! アンドレ様のためだけとか言っちゃって、俺にはお見通しなんですから! 俺らのためにらしくないことするなんて、正直に言ってくれてもよかったんですよ!」
……セザールくん。君は本当に聡い子ですね。言いたいことは正直ほとんど図星ですよ。私だってらしくないことだとは思っていましたが、まさかここで全部看破してくるとは……やはり侮れない子ですね。とりあえず、
「君は今夜お仕置きしますから、覚悟しておいて下さい」
「ええっ!? 何でですか、嫌ですよ!」
セザールくんが騒ぐ声がしますが、それは今置いておくことにしましょう。
ああ、アンドレ様。明日、何事もなく帰ってくるのを私は心待ちにしております。どうか心穏やかでありますように……。




