今はまだ
「それって、フランとのこと?」
エドガーさんの、普段見ることのない真剣な表情に少し驚いたが、ボクがそう返すと、エドガーさんはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。慌てふためいたようなその顔は、すっかりいつものエドガーさんに戻ってしまっていた。
「きゅ、急にそういうこと言わないでほしいっす! それもあるかもしれないっすけど! 今はそうじゃないんす!」
てっきりこういうことを話したいのかと思っていたが、どうやら違うようだ。エドガーさんは、こほんと、一つ咳払いをした後、真剣な表情を作ろうとしながらボクに話した。
「質問の仕方を変えますね。ええと、ルミちゃんがもし結婚するとして、平民はありっすか? あくまでルミちゃんの話っすよ! おれとかフランさんがどうのって話じゃないっすからね!」
今度はボクの方が驚く番だった。突然結婚と言う単語が出てきたことにも驚きだが、何より、エドガーさんがこういうことを聞いてくるのに驚いている。イリスさんやセザールさんならまだしも、エドガーさんと、将来結婚する相手など話したこともないのだ。どちらかと言うと身にならないような話ばかりしているし、そもそも二人で話すこと自体が珍しい。
だとすると、だからこそ今二人だけの瞬間にこういう話がしたいのかもしれない。ボクにこんなことを聞いて何になるとも思えないが、真面目に答えておこう。
「そうだね……もし添い遂げたいと思える人が平民だったなら、ボクだったら結婚すると思うよ。まあ正直、自分が結婚するって感覚があまりないんだけど」
「それはまだ、おれたちの中でも誰もいないと思うっすけどね。でもそうっすか。相手が誰であっても結婚してくれるってことっすね」
その言い方は語弊がないか。まるでボクが、結婚できるなら誰とでも結婚するようなやつのような言い方じゃないか。それは違うからね。本当に、ずっと一緒にいたいって思えるような人としかしないからね。
と、今は思っているけれど、実際は父様が婚約者を決めてきたりした場合は、承諾してしまうような気がする。その場合はボクの気持ちより父様の気持ちが優先だ。けれど、幸運なことに、今その兆しはない。父様にそうする気がないようだし、そういう申し出があっても兄様がはねのけているそうだ。兄様は内緒にしているらしく、こっそりエドモンドさんから聞いた話だから、兄様にお礼は言えないけど心の中で感謝しておく。本当に優しい兄様だ。
「それで、他に何か聞きたいことはあるの?」
ボクがそう聞くと、エドガーさんは悩むような素振りを見せ、しばらく考えていたようだった。そして、うんうん唸ってから、やっと決めれたのか、顔をあげた。
「うーん、そうっすねぇ、なら一つ、心理テストみたいなものをしていいっすか? おれが考えたやつなんで、正確とは言いがたいっすけど」
心理テストか。そういえば昔クラスの間で流行ったことがあったなぁ。友人も一時期よくやってきてたっけ。あの頃も当たってたような当たってないような感じだったし、エドガーさんの考えたものとは言っても、そこまで変わらないような気がする。気軽にやってみようか。
「いいよ、どういうやつ?」
「ありがとうございますっす。じゃあ、机の上に一枚の大きなお皿が置かれているところを想像してください。その上には三つ、ケーキが乗ってるっす」
エドガーさんに言われた通り、その状態を想像する。思っていたより言われた心理テストが普通だったから、簡単に想像できた。
「ケーキの種類はバラバラっすよ。一つ目は一見苦そうなチョコレートケーキ! でも一口食べると濃厚で、胸焼けしそうなくらい甘いっす~」
ふむ、チョコレートケーキか。さすがに胸焼けしそうなくらいなのは食べたことがないけれど、チョコレートケーキは好きだ。それに甘いのは嫌いじゃないし、きっとこのチョコレートケーキも美味しいのだろう。
「二つ目はふわふわとしたチーズケーキ。だけどひかえめな甘さの中にちょっぴり酸味があるっすよ。ただ甘いだけのケーキじゃないってことっすね!」
チーズケーキか。ちょっと酸っぱいチーズケーキは何度か食べたことがある。確かセザールさんが作ってくれていたっけ。あれもとっても美味しかった。あれと同じようなチーズケーキなら美味しいに違いない。
「そして、最後のケーキは今までに見たこともないようなケーキっす! 見ただけでは甘いのか苦いのかも判別がつかない。選んでみなきゃわからないケーキっす!」
「急に未知のケーキ出してきたね!?」
「そうっすよ、心理テストだからなんでもありっす」
なんでもありなのか。見たこともないケーキなんて、想像しろと言われてもできないのだけれど。ううん、でもそう言われると逆に惹かれるものがあるというか……どちらにしろ、お目にかかったら一度は食べてみたいようなケーキだ。
「この中から一つケーキを選んでほしいっす。ただし!」
「ただし?」
「一つ選んだら、他の二つのケーキはもう一生食べれないものとするっす。そのケーキに飽きたから、他のを食べる、なんてことをしてほしくないっすから」
……なるほど? ある種究極の選択というわけだ。ただのケーキの話かと思っていたが、エドガーさんの目がおふざけのように感じないから、そんな感じがしただけだけど。三つの中から一つ、他のケーキは一生選べない、か…………。
「ねえ、エドガーさん?」
「なんすか、ルミちゃん」
ボクは考え付いた一つの意見を伝えてみた。
「選ばない、って言う選択肢はないかな」
ボクがそう言うと、エドガーさんはどこか悟ったような表情でボクを見つめた。その表情はほんの少し、諦めが滲んでいるような気がした。
「それはどうしてっすか?」
「ええと、そう言われると難しいんだけど……、何だか簡単に決めちゃいけない気がして。絶対にこれって、言えるようになるまでは選べないって言うか、保留、にさせてもらってもいいかな」
「そうっすか」
エドガーさんはそう呟いて、少し黙った後、なぜか苦しそうな、涙を堪えるような顔で笑った。
「ずっとこのままが続けば、いいんすけどね」
それは何のことなのだろうか。そして、どうしてそんなに苦しそうに笑うのだろうか。やはりボクは答えを間違えてしまったんだろうか。そう思ったが、ボクにはさっきの心理テストで、他に自分らしい回答ができるようには思えなかった。適当にケーキを選んでしまうのは簡単だ。だけれど、それじゃあ心理テストの意味がないように思えるから、やっぱりボクには選ばない以外の選択肢は、ない。
「……でも、よかった!」
「えっ?」
急にエドガーさんが、今の彼の表情には似つかわしくない言葉を声に出したので、思わず声をあげてしまった。驚いて凝視したエドガーさんの表情は、やはり苦しそうではあったが、どこか嬉しそうな笑顔にも見えた。
「ルミちゃんが、全部選ぶって言うような人じゃなくて!」
「全部?」
それは全く考え付かなかった選択肢だった。実際、考えついたとしても選ばなかった答えだろうし、心理テストとしても成り立たないものだろう。それでもその選択肢を選ぶ人は大勢いるような気がして、背筋がぞくりとした。その答えはあまりにも、欲が深すぎる。
そんなボクの気持ちも知らず、エドガーさんはすっかり吹っ切れたような表情で笑うので、ボクもつられて笑った。
「ありがとうございますっす、ルミちゃん。おれの見る目は間違ってなかったっす!」
「あはは、なにそれ。いつエドガーさんに品定めされてたの、ボク」
「へへっ、さーて、いつっすかね~。あっ! そろそろルミちゃんを部屋に戻さないと! フランさんに怒られるっすよ~!」
ほらほら、と何事もなかったかのように、いつものような屈託のない笑顔を向けるエドガーさんが、目の前で楽しそうに手招きをした。ボクはまだ何が何だかわからないでいたが、この話を心の隅にしまいながら、ボクもいつものようにエドガーさんを追いかけていった。




